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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第十三話 『コード』


 「行きましたよ陽太くん!」


 「――よし」



 力いっぱいに踏み込まれた左足。

 気合を込めた右足から放たれた蹴りは足元で蠢く水色のスライムを捉えており生命力の少ないスライムにとってそれは死を意味している。



 聞こえたのはピチャッという水音。



 想定通り裸足には水を蹴ったような感覚があり、目標のスライムはすぐに弾けた。

 そしてすぐにスライムの体液特有の僅かな酸が俺の右足にヒリヒリとした痛みを残す。



 だがそれほど強い痛みというわけでもない。

 俺にとっては、我慢できるくらいのものだ。



 スライムの消滅を確認した俺は今回の戦果を確認すべく心でステータスと唱えた。



 ====================


 名前  秦瀬 陽太 LV5


 スキル  コード


 ====================



 目の前に現れたのは本人にしか見えないという半透明の小さな画面。

 自らの情報を示した俗に言うステータス画面というものだった。



 「陽太くんやりましたね! レベルが上がっていますよ!」


 「やっとか……5レベルになるまでにスライムを何体倒したことか……」


 「ここにくるまでにレベル2と3のスライムを合わせて14体ほどですね」


 「今のは答えなくても良いんですよ気が遠くなるだけなので」



 スライム狩りがあまりにも非効率的過ぎて1レベル上がったのに素直に喜べていない自分がいる。

 振り返ってみれば最初のスライム一体を倒すのにも時間がかかり過ぎた。



 生き物を殺すということに少なからず抵抗があった俺は此処に来てすぐの頃あれだけロマンを与えてくれたスライムをすぐに殺すことが出来なかった。

 それゆえ実際に殺すことが出来たのはこの世界に来て四日後のこと。



 そもそもスライムは魔物であり体内の酸によって周辺の植物を枯らすという生態と、生き物を人間が食べて血肉とするようにこいつらも倒すことで俺たちの経験値(血肉)となるのだというリザの話を聞いてようやく決心がついた。



 ゲームで言うところのHP、つまりは生命力が少ない彼らは蹴られたりするだけで簡単に殺すことができるのだが、その際に攻撃した側の者は微弱な酸を浴びることになる。

 それも靴を履いてしまえば簡単に防ぐことが出来るのだが俺は敢えて裸足でとどめを刺すことを選んだ。



 その理由についてリザには靴が汚れるからと言ってあるが本意は別のところにある。



 「まだ魔物を殺すことに抵抗がありますか?」



 レベルが上がったというのに浮かない顔をしていた俺に神妙な面持ちで語りかけてくるリザ。



 「いや、流石にもう慣れてきたつもりですけどね。 それでもやっぱり気持ちの良いものではないかなって」



 そう、気持ちの良いものではない。

 現実として目にした本物のスライムは普段アニメや漫画で表されているような可愛いものではなかったけど、それでも元いた世界では人気を持った敵キャラで雑魚キャラの象徴で。



 それをいざ殺すとなるとある程度の罪悪感のようなものはどうしても拭えない。



 「右足の痛みは死んでいくスライムへの償いのつもりですか……?」


 「――――」


 「――すみません余計なことを言って」


 「いいんですよ、俺が小心者なだけですから」



 不安にさせないよう少しリザに笑って見せる。

 リザの方はまだ先の発言を悔いているようだ。



 彼女の常識ではスライム一匹すら殺せない臆病者なんていないだろうから、それを咎めてこないどころか四日に渡って励ましてくれた彼女は本当に優しい子だ。

 だからこそ彼女との同盟とその使命は果たされなければならない。

 ともすれば俺は、



 「よし、じゃあ今日は小屋からもう少し離れたところまで行ってみましょうか! 日が暮れるまでにはまだ時間がありますし」


 「ええ!? 大丈夫なんですか陽太くん?」


 「大丈夫ですよ。 もう魔物を殺すのには慣れましたしさっさとこの森を出てしまいたいですから」



 レベルが上がったというのにすっかりしんみりしてしまった空気をなんとかせねばと意気込んで彼女にもう少し外側へ向かおうと提案する。

 リザからは心配の声が上がるがわかっていた話だ。



 しかしこのままでは森を出るのに更なる時間がかかってしまうというのも事実である。



 このままレベル2のスライムを倒し続けたところで大したレベルの上昇は見込めない。

 それにこういったステージでは外へと近付けば近付くほどに敵が強くなるのがセオリーだ。

 実際にリザは俺が此処に来るより以前、小屋より少し離れた場所でスライム以外の存在を確認しているらしい。



 だとすれば外に行くにはある程度強くなることが必要で、小屋の周辺のスライムを狩っているのでは強くなれる見込みが薄い。

 強くなるためにも外に出るためにも小屋の奥へと進むことほど理にかなった行動はないはずだった。



 しかし俺が小心者過ぎるせいでリザはこれまでそれを提案してこなかった。

 彼女の心中を察するならここは俺から先へ進もうと言ってやるのが正しいだろう。



 リザは少し考えこむような素振りをするとこちらに目を合わせて頷いた。

 了承を得られたようだ。



 「ですが危なくなりそうだったら撤退しましょう。 何故かこの辺りの敵は小屋までは追ってきませんから」


 「もちろん」



 ()()()()()()がある限り特に危険になる気はしなかったがそれでも約束を交わした。

 そうしないと彼女は無理やりにでも俺を小屋へと連れ帰るだろうからな。



 話もまとまったところで俺が先行する形で森の奥へと進むことにした。



 * * * * * *


 俺とリザが歩き始めてすぐ。

 何もしゃべらないのもどうかと思った俺はこの世界に来て一番の悩みであるスキルについての話を持ち掛けることにした。



 「リザさん」


 「何でしょう?」


 「どうしてリザさんのスキルは『レベル吸収(ドレイン)』なんてとんでもないスキルなのに俺のスキルは『コード』という名前だけで詳細すらステータス画面に載っていないんでしょうか?」


 「さ、さあ……。 私にもよくわかりません」


 「挙句リザさんは見ただけで相手のレベルや能力がわかっちゃうなんて流石に凄すぎだと思うんですよ」


 「本当にどうしてなんでしょうか……。 で、でも私の能力が凄いのなら陽太くんの『コード』だってきっとすごい能力のはずですよ!」


 「そうだといいんですけど」



 そう、俺の一番の悩みがこれ。

 リザと比較して俺が弱すぎるということなのだ。



 森脱出同盟を組んだ時には肉壁くらいになら、と考えていたはずなのに今ではスライム狩りをサポートされてこの世界のことについて教えて貰ってとおんぶにだっこの状態。

 お互いに利益となる関係を築くはずが完全にお荷物になってしまっているのである。



 リザの持つ『レベル吸収(ドレイン)』は特定の相手のレベルを半分吸収するというもので吸われた相手は当然弱体化するしスキルを使用した本人は吸ったレベル分一時的にではあるが強化されるというもの。

 そして本人のレベルに相手の半分のレベルが加算されるというわけなので確実に相手よりもレベルで上回ることが出来るという完全にやっちゃっているスキルなのだ。



 ちなみに二日前レベル3のスライム相手にスキルを使ってみたところ吸うことの出来たレベルは2で残ったスライムのレベルは1だったらしいので、レベルで確実に上回れるという理屈は奇数レベルの相手においても間違いない。



 「それに私自身のレベルが1から上がらないのも言ってしまえば弱点みたいなものですから」



 リザは逆に自分の欠点を示すことで俺を励まそうとしてくれる。

 まぁ、レベルが上がらないという欠点を抱えていてもスキルが全てを帳消ししてくれるのであまり励ましにはなっていないのだが……。



 リザなりの励ましを受け入れつつも心でステータスと唱えれば目の前にはやはりさっきと一言一句違わぬ自分の情報が。

 そこに記されたスキルの項目にはやはり『コード』というスキル名が書いてあるばかりで詳細も発動条件も記載はされていない。



 つまりは謎でしかない名前だけのスキルだということだ。



 思えばせっかく異世界に来たというのに何ら良いことのないまま時間ばかりが経っている。

 森を脱出するための兆しは見えないままだし俺たちはここを出ることすらできないのではないか。



 幾つかの不安が段々と募っていく矢先、それは空気を読むことなくやってきた。



 「陽太くん! ゴブリンです!」


 「えっ」



 先行していた俺よりも後ろにいるリザの方が気付くのが早かった。

 リザの指差した先には言葉通り人型で深緑色の魔物がいて、それを彼女の言うゴブリンであると認識するのにそう時間は要さない。



 周りに生い茂った草と体の色が合っているせいで一瞬わからなくなりそうだが見た目が目立っているので何とかわかる。



 なるほど確かに姿はゴブリンっぽい。

 体にはぼこぼことふきでものみたいなものができていて正直見た目は不潔そうだ。

 服を身に纏うということもしていないし――ってあれ、じゃあ股間とか丸見えじゃないか!

 リザの教育上どうなんだろうかそれは!



 辛うじて今は周りに茂る草木で隠れていて下半身は見えていない。

 それなら今俺が打たなければならない手は一つだ。



 「リザさん、あいつはまずい。 ここは俺に任せてくれ」


 「え、いやでもあのゴブリンは――」


 「いくぞ!」



 ゴブリンは既にこちらの気配を察知しているようで完全に目が合っている。

 であればこちらから先制を仕掛けた方がいいはずだ。



 リザが何か言おうとしていたが今はそれどころではない。

 露出狂に正義の鉄拳を喰らわせなければならないのだ。



 俺は走ってゴブリンに接近するとありったけの力を込めてパンチをお見舞いする。

 狙いは当然顔面一択だ。



 「おらっ!」



 勇ましい声とは反対に何故かぼすっと力ない音がする。

 自分でも驚くほどの手応えの無さに恐る恐る拳を引いてゴブリンを見ればなんだ今のは?とでも言いたげなゴブリンの顔が。



 冷や汗が背筋を伝ったのが分かる。



 「陽太くん、そのゴブリンのレベルは8です! まだ戦うには――」


 「そういうことはもっと早く言ってください!」


 「ごめんなさい~!」



 いや違う。

 これは完全に早まった俺が悪かった。

 せっかくリザには相手の情報を見る力があるのだからきちんと確認をするべきだったのだ。



 というわけでこの日森の探索を行う上での教訓を得た俺たちは鬼の形相で追いかけてくるゴブリンから逃げ回る運びとなった。



 小屋に帰ってからはリザに本気の土下座することで早まったことを許してもらうことに。

 全然気にしていませんよと微笑むリザを見て天使か?と口にしそうだったことは言うまでもあるまい。



 リザさん、足を引っ張って本当にすみませんでした。


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