第十二話 互いが目指す場所
スライムをこの目で見ることに成功した俺は小屋に戻るまでの道のりで近況を整理する。
何らかの事情で異世界に転移してきた俺はよくわからない森で目が覚めた。
その影響か記憶が混濁しているが特に生活に支障はないし体に何か異変が起きている気配もない。
目が覚めた場所のすぐ近くには金髪美少女の住まう小屋があったが、俺の存在は小屋の前にある泉で出会うまで知らなかったという彼女の話を聞くに俺の異世界転移の件には関与していないと思われる。
そんな彼女は生まれてからの記憶がなく、にも拘らずこの世界の常識は知っているというある種の矛盾を孕んでおりそれについては現状では解明しようがなかった。
が、以前に此処を離れようとしたらしい彼女の口からは小屋を少し行くとモンスターがいるとの言葉が。
どうもモンスターたちは俺たちが小屋の周辺を離れるのを阻むようにこの小屋の辺りをうろうろしているらしい。
長くなったがつまり俺は異世界にいて最初の目標はこの森から出るということのようなのだ。
胸の高鳴りを感じながら確認作業をしているといつしか小屋のそばまで来ていたらしい。
綺麗な円形の泉が往復五分ほどの冒険を終えた俺を迎えてくれる。
そういえばさっきまでこの場であの子は水浴びしてたんだよな。
水に浸かっていて腰から下は見えなかったのでこの泉はそれほど深くないのかもしれない。
泉の輪郭に沿って小屋の前に辿り着くと一瞬の躊躇を破って何とか扉をノックする。
繰り返し言うが俺は花恋以外の家に上がったことがないのだからノックをする際に緊張してしまうのだって当然のことなのだ。
「大丈夫でしたか?」
ノックをしてすぐに戸を開けてくれた彼女は中から心配そうに俺に声をかけてくれる。
その姿がさっきまでのタオルを巻いただけの姿ではなく白のワンピース姿になっているのを見るに俺が家を出ていた間に着替えていたのだろう。
好奇心に駆られて突然飛び出してしまったことを怒っていないだろうかと思っていたが彼女の表情を見るに不安がらせてしまっていたのかもしれない。
「すみません。 モンスターについて興味があってつい」
「そうでしたか。 でも無事だったみたいなのでなによりです!」
それでも輪を乱してしまった俺にも気さくに笑いかけてくれる彼女に申し訳なく思いつつも、目標が明確になった今俺には彼女に話しておきたいことがあった。
「急にこんなことを言われても困るかもしれないんですが」
「何でしょうか?」
帰って来て早々話を切り出す俺に彼女はきょとんと小首を傾げる。
「一緒に手を組んでここを脱出しませんか?」
提案したかったのは二人でここを脱出するということ。
似通った境遇の二人が近い場所で出会えたということを偶然と呼ぶには無理がある。
想像の域を出ないがこれは暗に二人でこの森を脱出しろという神様か何かからのメッセージなのかも知らない。
それに彼女はこちらの世界について知っている様子だったので何も知らない俺にとっても協力というのはすごく助かる形だ。
彼女からは情報を、俺からは……少なくとも肉壁としての活躍を提供することが出来る。
もちろん肉壁なんてならなくて済むならそれに越したことはないが。
だがそう考えれば彼女にとっても悪い話ではないはずだ。
小屋を出たいという意思があれば。
実際提案に対し彼女は一瞬何かを考えるような素振りを見せたが答えを出すまでにはそう時間はかからなかった。
「こちらこそお願いします。 私も外の世界に興味があるんですそれに……あ、そういえば!」
力強い眼で俺にそう言った彼女は途中で何かを思い出したように別の部屋へと走って行く。
何かを取りにでも行ったのだろうか?
取り残された俺は玄関で待つのもどうかと思ったのでひとまず初めてここに来た時に案内された居間の椅子に腰かけて待つことにする。
木製のしっかりした作りの椅子だ。
それから目のやり場がわからずなんとなく辺りを見回せば生活に必要な家具がいくつか揃っていることが気になった。
机も椅子も水道も冷蔵庫も蛍光灯もあるし彼女が二週間ほどここで生活が送れているのも納得の設備だ。
そういえば水は目の前の泉から引いているのだとして電気は一体何処から通っているのだろう。
異世界の化学力と元の世界の化学力とを彼女の話を聞いて比べてみたいなと思った。
「お待たせしました!」
居間にあるものを物色しながらこの世界のことについて考えていると何かを持った彼女が小走りでやって来た。
その手にあるのは……服だ。
「失礼ながらその……新しい服の方が心地いいのではないかと思いまして」
「あ、そういえば」
情けなくも興奮して忘れていたが今の俺の見た目は酷いことになっていたのだった。
というか今までこんな格好の俺を相手にしていて少しでも嫌な顔をしなかったこの子が凄すぎる。
それに服を渡す際にも気を遣って直接汚いという言葉は使わなかったし。
またも気を遣わせてしまったことを猛省しつつ折りたたまれた白いシャツを広げてみる。
渡されたのは無地の白いTシャツに白い下着、それから白いパンツ。
借りておいてこんなことを言うのも気が引けるがなんとも質素な格好である。
「何故か押し入れに白い服しか入っていないんですよね」
俺の心境を察したのか的確に疑問を解消してくれる彼女。
言われてみれば彼女の恰好も白のワンピースだ。
似合っていると思っていたのだがどうやら私物ではなかったらしい。
一般的に考えればどこの世界でも白で衣服を統一するという考えはなさそうな気がするがこれは前の住民の趣味なのだろうか。
思うことこそあれど今は彼女の厚意に甘えて服を着替えてしまおう。
さっきあの部屋から出てきたということは服が置いてあるのはあの部屋か。
そう察した俺は、
「不都合がなければ俺はあっちで着替えてきますからあなたはここに座っていてください」
気を遣わせてしまう前にこちらから部屋を移動することにした。
これ以上色々してもらうのはこちらの心が持たないからな。
彼女から許可をもらって今から繋がる別の部屋に入る。
中は押し入れがあるだけで他には何もない。
おそらくこの部屋は服の収納以外で使われていないのだろう。
目に入る情報が少ない分特に何かを考えることもなく手早く服を着替えると汚くなった服を畳んで部屋の端に置き居間へと戻った。
居間には机上のチェス盤を前に難しそうな顔をする彼女の姿がある。
その盤面は滅茶苦茶に駒が配置されておりとても一人チェスを指しているようにも見えない。
さてはルールを知らないな?
ここは賢そうなイメージを持ってもらうためにも格好良くルール説明を――。
「あ!着替え終わったんですね。 とても似合っていますよ!」
「お、おお……ありがとう」
戻ってきたのがわかったのかこちらを向いて恰好を褒めてくれる彼女にルールを教えてやる余裕はなかった。
返す言葉が浮かばない。
それでも懸命に返す言葉を探していて、パッと思いついたのはずっと俺が気になっていたこと。
これがわからないと協力するうえでも何かと噛み合いが悪くなってしまうからな。
覚えていないと言われることも考えたがその時はその時だ。
味気ない真っ白の恰好を褒められたことに動揺したことがバレないよう注意して彼女に問う。
「さっきから気になってたんですけど、自分の名前ってわかりますか?」
チェス盤で駒を遊ばせていた彼女は朗らかに言う。
「多分なんですけど、リザです。 下の名前は覚えていないので私のことはリザと呼んでいただければ」
記憶のないはずの彼女が名前を憶えていたという事実よりも俺はただ一言。
良い名前だな、と思った。
「俺は秦瀬陽太。 これから一緒によろしくお願いします」
出会いこそあんな形になってしまったが仲良くやっていけそうな気がする。
こうして俺たちの同盟は華々しいスタートを切ったのだった。