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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第十一話 憧れの兆し


 招かれた小屋は外から見た通り丸太を組んで出来ていて内装もやはり木造だった。

 太々とした丸太からは温かみが感じられ、扉を抜けたその時から何処か心が落ち着くようなそんな優しい香りを感じ取っていた。



 いや待て。

 女の子の家に上がっていい香りとかいうのは流石に不味いかもしれない。

 思えば花恋以外の家にお邪魔したのはこれが初めてだ。



 妙な気恥しさに駆られつつも俺を招いた張本人である異国の少女に促されるまま席へと着く。

 この子の方は見ず知らずの小汚い男なんかを家に上げても良かったのだろうか?



 返答があるはずもない疑問を胸にとにかく俺は彼女が話し始めるのを待つ。



 「ここはあまり広くなくて申し訳ないです」


 「そんなことないと思いますよ。 いいにお――ごほん! 丸太とかロマン感じますし」


 「ロマン……ですか?」


 「強そうじゃないですか」


 「強そう……?」



 だめだ、今にも頭上にはてなマークが浮かびそうな顔をしている。

 話を変えなくては。



 「それは置いといて……俺の話を信じてくれた理由ですよね?」


 「えぇ、そうでした」



 与太話は控えめにして本題に入った俺たち。

 彼女の話としてはこうだった。



 彼女は俺と似たようにこれまでの記憶がないのだという。



 言語や物の名称、おそらく常識であろう知識などは頭に入っているのにこれまで自分がどう生きてきたのかについては全く覚えがないようなのだ。



 早速驚きの発言が飛び出したわけである。

 まぁ、それであれば高校の存在くらい知っていそうな気もしたがそこは特に深追いしなかった。



 とにかく彼女は二週間ほど前に目が覚めたらこの小屋の寝室で眠っていたようで此処がどこなのか、どうやって自分が此処に来たのかについては全く知らないらしい。



 これだけを聞けば目覚めた場所が違うだけで俺とほとんど同じな気もするが決定的に違っているのは記憶のない期間の長さだろう。



 俺は厳密には高校二年生に上がって数日の記憶ははっきりしているが彼女に関しては生まれてから今までの記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ。



 聞けば家族や友人の名さえ知らないのだという。

 自分と比べれば彼女の方がよっぽどこの状況に困っていることだろう。



 そして若干俺と違っていたのは記憶の有無だ。



 彼女によると記憶はさっぱりないらしく、何かを見て記憶が蘇りそうになったりだとか少しは覚えていることがあるとかそういうのがないらしい。

 つまり記憶喪失の類である可能性が高かった。



 対して俺はというと……これはあくまでも感覚なので確証は持てないのだが。

 記憶がないというよりは一時的に忘れているだけな気がするのだ。



 何というか説明に困るのだが長い間眠っていたような、寝起きでまだ目が覚めていないだけのようなそんな感覚。

 現に先程からずっと()()()()()()を思っている自分がいる。



 それは本当におかしな、おかしな疑問で、口にも出せないような、聞けば誰もが頭の心配をしてきそうな、そんな疑問。



 普通じゃあり得ないようなその感覚を根拠に俺は自分が彼女のような重度の記憶喪失なのではなく忘れているだけなような気がしているのだ。



 言わずもがな失っているのと忘れているのとでは大きく違う。

 失ったものはそう簡単には戻ってこないが忘れているだけならそのうち思い出そうとすれば思い出せるかもしれないから。



 もっともそれは思い出せないのか思い出したくないのかによっても話は変わってくるが。



 いずれにせよ助けを求めていたのは俺よりも彼女の方らしかった。

 確かにその事情を聞けば何でここにいるのかわからないという俺の主張も信じられるかもしれない。

 しかしそうやって話を聞いていく中でもいくつか気になったことがある。



 その一つがどうして二週間ほどの間ここを出ていかなかったのかということだ。



 もしかすると誘拐されてここにいるのかもしれないし、だとすれば第三者がこの家に住んでいるということだってある。

 仮にここが森の奥底でもこの場に残ることに危険を感じたりはしなかったのだろうか、と。



 最初はただのなんてことない質問だったはずなのだ。

 実際彼女がしばらくの期間ここにいるわけだからこの場所は安全なはずだから。



 だから身構えることなく何の気なしに聞いた俺は彼女の言葉に正気を疑ってしまいそうになる。

 だって対する彼女の答えが……。



 「実はこの小屋を少し行くとモンスターたちがいるんです」



 これだったのだから。



 だからこの場を離れることは難しいんです、と淡々と告げる彼女に何を言っているの?と何度聞き返したことかはわからない。

 ただ彼女の表情がマジだった。

 真剣と書いてマジだったのだ。



 彼女の言うモンスターとは俺たちで言うところのイノシシやクマ等でもないらしくそれこそスライムやゴブリンといったゲームに出てきそうなあのモンスターだという。

 とても信じられた話ではない。



 かと言って俺を信じてくれた善良な彼女を疑うのは止めにしようと考えていた手前今更彼女をおかしいのではと疑うのもどうかと思う。



 うーむ……と考えあぐねていた俺が目にしていたのはやはりあまりに綺麗な彼女の金色の頭髪で。

 そう、あまりに綺麗な……綺麗すぎる……?



 刹那、脳裏に稲妻が走ったかのような衝撃を受ける。



 ゲームや漫画の世界から出てきたような抜群のルックスも。

 高校を知らないのにある程度の常識は知っているはずという彼女の発言も。

 小屋の周囲にはモンスターがいるという一見すると頭がファンタジーだと言われそうな意見も。

 そしてここ最近の記憶が朧げな俺という存在も。



 全てが非現実を収束させたパズルのピースになっているじゃないか。



 もしや、もしやとは思うが。

 そこで俺は核心に迫る質問をする。



 「こんなことを聞くのもどうかと思うんですが国ってわかりますか? 日本とかアメリカとか」


 「国ですか? ニホンとかアメリカというのはよくわかりませんがアルメリア王国であれば……」


 「やっぱりだ!」



 興奮に思わず席を立つ。

 日本はまだしもアメリカという巨大国家を知らないという無知と逆に全く聞き覚えのないアルメリアという国の名前。



 まさかとは思ったが彼女とのやり取りで自分の予想が現実にぐっと近づいたのがわかる。

 しかし未だ確信には至らない。



 抑えられぬ好奇心を隠すこともできずに俺は逸る心のままに彼女に、



 「話の途中にすみません! ちょっとだけ席を外します!」


 「え、あ、はい!?」



 それだけを告げると大急ぎで来た道を引き返す。

 彼女の言うモンスター。

 俺たちのいた世界には存在しなかった空想上の生物を目にするために。

 浮ついた自らの見込みをより確かなものにするために。



 そしてその瞬間は存外すぐにやって来た。



 小屋を出て僅かに走ったところにもぞもぞと緩やかに揺れる水っぽい何か。

 本来初めて見るはずのそれは俺にとって親しみすら持てる存在。



 RPGには欠かせない敵。

 物語の始まりに現れこれまで多くの勇者にわくわくとか細い経験値を与えてきたザコ敵の王道。

 その名を――。



 「スライムだ……」



 興奮に体がわなわなと震えているのが分かる。



 プルプルと蠢くこの異形の存在が今目の前にいること。

 それ自体が俺にとって他ならない意味があることなのだというのはもはや言うまでもあるまい。

 つまりこれは、



 「異世界に来たんだー!」



 憧れていた非日常がすぐそばまで来ていることを示していたのだから。


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