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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第九話 夢の続き


 「んん……」



 長い夢を見ていた気がする。

 はっきりしない意識の中ぼんやりとそんなことを思った。



 最初に感じたのは小鳥のさえずりと懐かしいような土の香り、それから頬に感じる僅かな痛みだ。

 次いでざらざらしたどこかにうつ伏せで寝ているということがわかってくる。



 普通に家のベッドで眠っているにしては有り得ない感覚に朧気だった意識は急速に覚醒へと向かって――。



 「えっ?」



 頭だけを起こしてまだ完全には開かない怠けた瞳を使って周囲を見渡せば辺りには信じ難い光景が広がっている。

 自らの平凡な毎日を思えばこんな突飛な状態は考え難い。

 だからこそ現実に頭が追い付いていかない。



 何故って俺は木々に囲まれ、地べたの上で眠っていたのだから。



 「いやいやいやいや」



 頭を押さえて一体自身に何が起こっているのかを砂利を押しつぶしていたせいでひりひりと痛む頬を他所に懸命に思い出してみる。



 昨日は何をしていた?

 学校には行ったか? それとも休日だった?



 それでも恐ろしいことに何も思い出せない。

 微睡みを脱したばかりだからか、はたまた夢見が悪かったせいか。



 いずれにせよこの感覚は記憶喪失のように忘れているとかではなく、記憶の一部に靄がかかったように今は思い出せないだけのような気がしていた。

 もちろん確証はないのだが。



 まぁ時間が立って頭がすっきりすればきっと思い出せるだろう……多分……おそらく。



 しかし理由もわからないまま見知らぬ場所にいるというのはここまで不安を煽るものなのか。

 今なら酔っ払いの気持ちがわかる気がする。



 ただでさえ自分が何をしたのかも思い出せないのに気が付いたら知らない場所にいるなんて。

 酒に呑まれる大人たちを見ていつもなら憐れに思っていたのだが、今日からはもう少し歩み寄って優しい見方をしてあげるようにしよう。



 不安がっている割にそんな呑気なことを考えている自分の図太さも見上げたものだった。



 右手で体を起こして若干のふらつきこそあれど特に問題なく立ち上がる。

 頭だけでなく体にも上手く力が入らない。

 本調子ではないとでも言うべきか……それとも寝起きはいつもこんなものだったか。



 疑問をそのままに体を引っ張るように伸びをすると全身を心地よさが包み、大きく吸った空気はいつもよりも綺麗に感じたしこの状況でなかったならハイキング気分でもっと楽しめたのかもなと苦笑する。

 ついでに見えた空は明るく起きたのが昼で助かったなと安堵した。



 今は取り敢えず家に帰るためにもすぐにこの場を出るべきだろうな。

 目標を設定した俺は早速足を一歩前へ、と思ったのだが。



 「えっ! 何だこれ!」



 端的に言えば服がめちゃくちゃだった。

 どこか違和感を感じて何気なく服を見たのだがいつも着ている制服が見るも無残な姿に変わり果てている。

 汗のせいか所々が茶色っぽいし嗅いでみるとあちこちから異臭がする。

 汗臭いのと生乾きの匂いとあとは……襟元から謎の酸っぱいような匂い。



 挙句右腕の袖に至っては血がついてしまっているではないか。

 さては本当にお酒でも飲んで酔っぱらって誰かに暴力でも振るってしまったのだろうか?

 それで怖くなって山か森の方まで逃げてしまったとか。



 ――いやまさか。

 平和主義者である俺が人を殴るとかそんなことがあるものか。

 人に殴られたことなら一度だけあるがその際も俺は殴り返すことはしなかったのだから。



 それに未成年である俺がお酒を飲むはずがない。

 流石に杞憂というものだろう。



 平静を保ちつつしかしどうあろうと目標に変化がないことことを確認する。

 結局家に帰らないことにはどうにもならないのだ。

 だから帰る。



 服に付着した砂を軽くはたいて手に匂いが移っていないかを確認すると今度こそ俺は歩き始めた。

 夜までにはまだ時間があるはずだ。

 野犬の餌になる前に帰りつけるといいな。



 長時間歩くことも覚悟して木漏れ日の差す明るい道をずんずん進んだ。



 ――しかし僅か三分後のこと。



 「え……」


 「へ……?」



 長丁場になることを想定していた俺のウォーキングは早々に終了を余儀なくされる。



 歩き出してすぐに現れた開けた視界。

 何かがあるかもと付近まで駆け寄ればそこには木々の中にぽっかりと開けた近所の公園くらいのスペースがあり、中央には漫画で見るような綺麗で丸い泉があった。



 そしてそのまた中央にはまたも漫画で見るような金髪の美少女が水浴びをしていたわけで。



 見開かれた瞳に交差する視線。

 息の詰まる感覚に凍り付く空気。



 これは間違いないから言わせてもらうが今俺の心臓は驚きのあまり止まってしまっていると思う。



 だってこんな光景目にしてしまっては仕様がない。

 あんな漫画の世界から飛び出してきたような美少女がいるはずがない。

 ラッキースケベとかいう馬鹿げた展開を自分が経験することになるとは露ほども思わない。

 


 それでももしこの光景が、満ち満ちた静寂が、痛いくらいの視線が、肌色の裸体が、驚愕に走る胸の痛みが本当だって言うのなら。



 わなわなと口を開いた美少女に犯罪者だと(そし)られてしまうその前に。



 「えーっと。 先に聞きたいんだけどどうしたら許してもらえ――」


 「きゃああああああああ! 変質者あああああああああ!」



 あぁ神様、頼むからこの悲劇(幸運)がいつか見た夢の延長線上だって言ってくれ。


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