プロローグ
対戦よろしくお願いします
幼い頃だったかよく似たような夢を見た。
その身には余る大きな王冠を頭に乗せ、大衆を前に月並みの政策を口にする夢。
きっと俺はそういう何者かに長いこと憧れていて、それでいて自分のことを特別な存在だと確信していた。
ヒーローになりきってリビングを駆け回る幼少期のビデオテープに、「将来の夢:社長」とでかでかと書かれた小学校の卒業アルバム。
中学の頃には多重人格やサイコパスなんかの異質な存在に憧れて、思い出したくもない黒歴史を数々生み出してきた。
現実を見ていないというよりはむしろ見えていなかったのだ。
ある日突然に自分がそういう何かに変わってしまうことを信じていたがために。
神様はいて、信じ続けていればいつかきっと信じられないような力を授けてくれるはずだから。
だけど俺は高校生になった。
十七年が経っても有象無象のままでいた。
いつだったか環境が変わって周りを意識し始めて、現実と直面した時に少しずつ気付き始める。
俺は王様でもなくヒーローでもなく社長になれる器でもない。
ろくに努力をするわけでもなくただ変化を願っていただけの「人間」だったんだと。
そう気付いてからは何もかもが楽になった。
だって何もない俺は周りと同じく何もしなくていいわけで。
突然校内にテロリストが現れた時の想定も、街中で女の子が悪漢に襲われているのを助ける想定もしなくていい。
ただ高校に通って学生をしてさえいればいいのだから。
俺の生きるこの世界ではそれが普通なのだから、それでいい。
ようやっと俺は心から普通の学生になれたのだ。
――そんなことを思っていた矢先に読んだ本が異世界転生物のライトノベルだった。
主人公は転生前に冴えない人生を送っていて、それでも転生先の世界では凄い能力を与えられその圧倒的な力を以て迫りくる問題を解決していく。
そうしていつかは世界を救って人々からの称賛を受けることとなる。
あぁ、なんて素晴らしい世界なのだろう。
初めてそれを読んだ時は感動に打ち震えたものだ。
生まれた世界が違うだけでこんなにも簡単に特別な存在になれるのかと。
もちろん創作の世界であることは理解していたが、死後に自らの魂が何処に行くのかなんて誰にも証明されてはいない。
なんとも夢のある話だった。
「異世界って……いいなあ」
「――コホン。 図書館内ではお静かに願います」
漢、秦瀬陽太十七歳。
異世界に、憧れています。