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第九話 お兄ちゃんにもそういうことしてるんですか?

 ここ最近、まともにセリョージャと会話していない。顔を合わせると気まずい雰囲気になってしまう。お互いにたった一人の家族なのに、さすがにマズい。でもなんて言えば仲直りできるのか分からなかった。ニカとはもう遊ばないから、なんて約束はできないし。

 困り果てた俺はアントンの元に相談に行った。

「――て訳でさ、お兄ちゃんがニカを嫌がる理由がわかんねえんだよ」

「あいつがそんなことを言ったのか」

アントンはボリボリと頭をかき、一緒に考えてくれた。

「そもそもセリョージャとニカに接点があるのか? 学年もコースも違うだろ」

「そうなんだよ……毎日会って話してる俺でも知らないことを、お兄ちゃんが」

それが余計に俺の頭を混乱させていた。

「あいつら、カーチャをスニェクレースで探しに行った時に初めて会ったはずだ」

「その時はどうだった?」

「よく覚えていないが、二人とも協力していたはずだ。必死だったからな」

いがみ合う暇なんてなかったということか。

「だが……そのあとは少し様子が変だったかもしれない」

「えっ、どうおかしかった?」

「お前が診察を受けている間、最初は三人で会話していた。だが俺がトイレに行って戻ってきたあと、二人はどこかぎこちない感じだった」

俺の気のせいかもしれないがな、とアントンは付け加える。

「そうだったんだ。じゃあアントンがいない間に二人は喧嘩したのか」

「わからん」

アントンは首を横に振る。

「とにかく、本人たちに聞いてみないことには何も解決しないだろ」

アントンは素っ気なく、でも俺の背中を押してくれた。

「うん、アントンの言う通りだ。ありがとう」

やっぱり、もう一度セリョージャと話してみよう。


 放課後に三年生の教室を訪れる。廊下側の窓が空いていたから、背伸びして教室の様子を覗き見る。

「あ、お兄ちゃ」

呼び出そうとして、慌てて声を引っ込める。誰かが先にセリョージャと話していた。大人びた美しい女性だった。赤茶色の髪は揺れるたびに煌めいて夕焼けのような鮮やかさ。つやつやした褐色の肌はこの学院ではとても珍しいし、何よりもメリハリのあるボディラインがとてもセクシーだ。こちらからは後ろ姿しか見えないけれど、セリョージャと並んでいると絵になる。

「だから、今日はお願いしてもいいかしら」

「構わないよ、僕がやっておく」

「ありがとうネ、このお返しは必ずするから」

甘ったるい声で礼を言った美女は、手に持っていたホウキをセリョージャに押し付け、教室から出てきた。もしかして、パシリ!?

「ちょっ、ちょっと、あの!」

俺は慌てて美女の行く手を遮る。真正面から彼女の姿を見て、ハッとする。制服を着ていてもはっきり分かる大きな胸に、うすピンクの厚い唇、それに、猫みたいな愛らしい目。この美女――アスマーもまた、『根雪のあした』のヒロインだった。

「あら、どうしたの?」

アスマーは俺に目線を合わせるように腰を屈める。

「あなた、セリョージャに何したんですか?」

非難の色を込めて尋ねると、くすくすと笑われた。

「うふふ、お掃除をお願いしただけよ。正義感に溢れていて可愛いのネ、おちびさん」

真面目に取り合ってもらえず、頰が熱くなる。

「誤魔化さないでください、人に掃除を押し付けといて」

「ごめんね、あたし急いでるの。それじゃあまたね!」

「あっ」

ひらりと俺をかわし、アスマーはすたすたと去っていった。油断ならない女だけど、あんなのに誑かされる兄も兄だ。またセリョージャに関して悩みが増える前に、直談判しに行った。

「ちょっとお兄ちゃん!」

「わあっ、カーチャ?!」

いきなり声をかけられてセリョージャはホウキを落としそうになった。

「お兄ちゃん、今日は掃除当番じゃないでしょ」

「どうしてそれを……もしかして、さっきからそこにいた?」

怖い顔をして頷くと、セリョージャは苦笑した。

「心配してくれてありがとう。でも、アスマーは悪い人じゃないよ」

「どうして?」

「アスマーは事情があって放課後に働いているから、掃除が仕事の時間と重なったら誰かと代わってもらっているんだ」

「それ、本当なの?」

疑り深く尋ねても、セリョージャの答えは変わらなかった。

「本当じゃないかな。もし嘘だとしても、代わった分はアスマーが暇な日に僕の掃除当番をしてくれるから問題はない」

働くこと自体が校則違反だけれど、性別を偽って入学している俺が言えた立場ではない。

「早とちりしてごめんなさい」

指をもぞもぞさせて謝ると、セリョージャはいつもの優しい笑顔を浮かべていた。思わぬトラブルだったけれど、おかげでセリョージャとの話しづらさはなくなった。……ニカのことはなんにも解決してないんだけどね。


 明くる日のお昼休み、日直の仕事で職員室に届け物を任された。アスマーと会ったのはその帰りだった。

「あら、こんにちは」

にこやかに挨拶してくれたが、一応謝っておいた方がいいと思ってぺこりと頭を下げた。

「昨日はすみませんでした、勝手に突っかかって」

「まあ! 気にしなくていいのよ」

アスマーはパタパタと手を振る。

「あたしも昨日はごめんねェ、誤解させちゃったみたいで。セリョージャくんから聞いたわ」

「え……?」

「おちびさん、セリョージャくんの弟だったのね。うふふ、お兄ちゃん思いでカワイイ」

鼻をツンツンと触られ、びっくりして半歩後ずさった。アスマーは気を悪くするどころか、ますます嬉しそうにした。

「あの、お兄ちゃんにもそういうことしてるんですか?」

彼女の態度にむっとして尋ねると、「ぜーんぜん」と意外にもあっさりと否定した。

「あの人、女の子とは一線を引くタイプだと思うの。ちょっかい出したら怒られるワ」

それを聞いて、反射的に少し口が緩んだ。

「あらぁ? なーにニコニコしてるのぉ?」

ぐっと顔を近づけられ、慌てて唇を引き締める。

「もしかして、お兄ちゃんに女の子の気配がなくてホッとしてる?」

アスマーの目が三日月型にキュッと歪む。俺は何も考えずに首をブンブンと横に振った。

「別に! そういうのじゃないし」

「うふふふ。ムキになっちゃって、可愛いのねぇ」

からかうような物言いにムッとしたけれど、自分でもなぜムキになったのかはよく分からなかった。


 部屋に帰り、制服を投げ捨てるようにして私服に着替える。どかっと音を立てて椅子に座り、机につっぷした。セリョージャの顔が頭に浮かび、なんとなく制服をハンガーにかけ直す。机に戻って、ため息がこぼれた。学習机とチェストの隙間に薄く積もった埃を指でなぞり、灰色になった指の腹をじいっと見つめる。昼間のアスマーとの会話に、俺は言い表せないモヤモヤを抱えていた。セリョージャは女の子と距離を置いていると聞いたときの俺が嬉しそうだったとアスマーに指摘されて、躍起になって否定してしまった。まあ、先輩相手でも遠慮なく怒るのは元々の俺の性格なんだけど……アスマーはアントンと違って目に見えて敵対的な言動はしていない。

「やっぱ、ゲームでのことがあるから無意識に警戒しちゃってるのかも」

 実は『根雪のあした』を初めてプレイしたとき、カーチャではなくアスマーを攻略しようとしていた。物語開始時点ではエレーナは素っ気ないし、カーチャはお兄ちゃん以外に心を開かないのだけど、その点アスマーは最初から主人公に友好的に接してくれる。だから共通ルートでは積極的に話しかけ、アスマーの好感度が上がりそうな選択肢を選んだ。攻略は順調に行ったかと思われたが――なんと個別ルートに入る直前でアスマーに距離を置かれるようになり、主人公が失恋して悲しみに暮れるという特殊バッドエンドに終わったのだ。

 ゲームを貸してくれた友達に報告したら、

「あー、アスマーは難しいよ。一見すると人当たりがいいんだけど、小っちゃい頃に親に売られたっていう重い過去があるからね。根っこのとこでは人を信じてないんだよ。こっちから親しくしすぎると嫌がられて話しかけてこなくなるっぽい。向こうからアタックしてくるのを徹底的に待ってみ?」

と丁寧なアドバイスを頂いた。でもギャルゲ初心者の俺はこれでアスマーに懲りて、あっさりとカーチャに乗り換えた。

 そういうわけで、俺はモヤモヤの正体を”前世からのアスマーに対するトラウマ”として片づけたのだった。

第三話の挿絵を更新しました。

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