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第三話 うう……泣きたくなってきた

 入学初日から――というより入学式で講堂に集められたその時から、自分がここに入ったのは間違いだと痛感した。四〇人ほどいる新入生の集団の中で、俺のところだけ見事に凹んでいる。カーチャはあまりにも小柄だった。一年生は十四、五歳の男子だと聞いてナメていた。その年ごろなら日本だと子どもと大人の中間くらいだけど、ここでは誰もが大人の男性に見える。背丈も、腕や脚の太さも、胸板の厚さも逞しい人ばかり。きっとセリョージャも彼の学年の平均からすると身長こそあるけれど華奢な方に分類されるのではないだろうか。いわんやカーチャをや。

「うう……泣きたくなってきた」

ぼそり、と弱音を漏らす。お前は場違いだと言わんんばかりの、周囲の男子からの視線が痛い。どうしようもなく目立っているのは、ひしひしと感じていた。これが女の子だったら可愛さのあまり視線を独占しているに違いないが、この格好じゃモヤシみたいな男の子として悪目立ちしているに違いない。


 式が終わって教室に行く頃には、これから無視されるんじゃないだろうか、いじめられるんじゃないだろうか、と不安ばかり胸に押し寄せていた。みんなが早速打ち解けて賑やかに喋っている中、俺はポツンと席について俯いていた。

つんつん、と腕をつつかれ顔をあげる。

「ダイジョブ? 顔色悪いけど」

紅葉のように鮮やかな赤毛をサイドで編み込みにした青年が俺の顔を覗き込む。明るい茶色の瞳はつり目気味だけれどくりくりして人懐っこそうだ。一目で友達には困らなさそうなタイプと分かる。

「うん、俺は大丈夫。ちょっと緊張してただけ」

こういう人間関係の立ち回りが上手そうな奴は、俺みたいに浮いてる人間とは当たり障りのない接し方しかしないからすぐにこの場を去るはず、と思っていたのだが。

「ほー、そりゃ緊張するよな。入学式だもんな」

なんて一人合点しながら彼は俺の席の横に椅子を持ってきて、座り込んだ。

挿絵(By みてみん)

「オレ、ニカ・リジースっていうの」

「よろしく、ニカ。俺はカーチャ」

ここではカーチャという名前は男でも珍しくない名前だとセリョージャに聞いたので、本名を名乗ることにしていた。慣れない偽名を使ってもボロが出る可能性が増える。

「カーチャは専門クラスどれにした? オレは創造コースにしたんだけど」

「あ! 俺も一緒」

人当たりの良さそうな友人を早速見つけられるなんて幸運だ。

「お父さんとお母さん、香癒術師(こうゆじゅつし)だったんだ。それで跡を継ごうと」

「へえ、珍しいじゃん。オレん家は農家だぜ? 赤ダイコン育ててんの」

つり目をキュッと細めて笑う。

「畑仕事手伝うのも好きだったんだけどさ、オレ三男だし別の仕事やってみたいから」

「三男なんだ、なんとなく分かるよ」

愛嬌があるというか、いい意味で愛される立ち振る舞いを習得しているところとか。

「まじ? じゃあオレもカーチャが兄弟いるか当ててみるわ」

ニカは長い前髪を引っ張り、考え込む。

「えーとねえ、弟! そうか妹!」

大真面目な顔して宣言するニカに、思わず吹き出した。

「それじゃ何もわかんないよ。俺が弟なのか、俺に弟がいるのかどっち?」

「え……?」

ニカは不思議そうに眉を寄せたけれど、言い方を改めた。

「じゃあカーチャに下の兄弟がいる、どうだ!?」

鼻息を荒くして前のめりになるニカに向かい、指をバッテンにして見せる。

「ブッブー! 俺にはお兄ちゃんがいまーす」

前世には妹がいたからある意味では正解だけど、それで半分正解なんて答えるわけにはいかない。今の“私”にはお兄ちゃんしかいないのだから。

「ええー、そうなんだあ。オレの勘が外れたかあ」

悔しそうにニカは口を尖らせていた。


 入学式から三日後、ついに授業が始まる。創造コースのメインとなる香癒術のクラスは調合室で行われる。調合室なんて厳しい名前からは想像する無機質なイメージとは異なり、居心地のいい空間だった。白を基調とした部屋で、大きな窓からは冬の低い日差しがたっぷりと差し込んでくる。温かみのあるチーク材でできた作業台は広いのに傷一つなかった。教室の後方にある扉は温室に繋がっているようで、ガラス戸の奥には緑が広がっている。おまけに、教室全体からほのかに甘い香りが漂っているのだ。

 座席は指定されていないらしく、ニカの隣に座る。

「この部屋、気持ちよくてオレ寝ちゃうかも。へへへ」

「ニカが寝たら俺がつまんないだろ! ゼッタイ起こしてやる」

ニカの座る椅子の脚を蹴る。

「ジョーダンジョーダン。初回から寝落ちしねえって」

ヘラヘラと笑うニカだった。

 初老の先生は手始めに教室内を歩き回り、近くに座る生徒を三、四名ずつのグループに分けていった。俺のグループはニカともう一人、見かけたことのない生徒。獰猛な熊のように大柄かつ筋骨隆々とした体格で、鋭い目つきをしている。日に焼けた浅黒い肌や短く刈った髪からも彼がなんらかのスポーツをやっていることが窺える。人を見た目で判断するのはよくないとは分かっているが、正直に言うとこの人と組むのは怖かった。

「しばらく演習はね、このグループでやってもらいます。まずは私が講義をして、それから皆さんに課題を出しますからね、よーく聞いてね、協力して課題に取り組んでくださいね」

先生が話したのは香癒術の初歩だった。香癒術師とは香玉(こうぎょく)を作り、その香りで様々な病気を治療する者のこと。香玉は、香石(こうせき)と言われる特殊な石を削り溶かした液体と、様々な植物から抽出したエキスを原料としている。この世界では特定の香りが薬になるのだが、植物の場合は摘んだら忽ちにして効果は薄れていく。だから香玉に加工して匂いを保存し増幅してから病人の元に届けるのだ。これらは全て、ゲームの中でも度々出てきた説明の範囲内だった。

「今回は初回だからね、簡単な課題にします。えー、解熱に使う香玉を作ってください。これは一番基本のレシピだからね。解熱の香玉はね、万能ですから。最近じゃあ竃病(かまどびょう)っていう、これが完全には効かない病気もあるみたいですけどね」

作り方はしっかりメモしたし、前知識もあるし、初回だから簡単だって先生も言ってるし、大丈夫だろう――なんて甘く考えていたのだが。それが間違いであるとすぐに気づかされる。

 授業終了まで残り一〇分というところで、課題のためにグループで相談する時間が与えられた。

「課題の香玉、来週の授業までに作ってくればいいんだよな?」

「違う、ニカ。この授業は週二回だから次の授業だよ」

「おおー、そっかそっか」

ニカは授業中眠りこそしなかったものの、所々聞き流しているらしかった。俺がきちんとメモを取っていなければニカの誤解に惑わされるところだった。そういえば先生が説明している間、窓の外を眺めている時もあった。あまり集中力がないタイプみたい。

 もう一人の生徒は俺とニカが喋っている間、何も口を挟んでこなかった。確かに友達同士で話してばかりでは会話に加わりづらいかもしれない。俺がどう話しかけようか迷っているうちにニカが行動を起こしていた。

「あの、オレはニカ・リジースっていうんで。ちなみに一年生。よろしくー」

ニカの自己紹介を受け、ゴツい男も渋々といった感じで名乗った。

「アントン・ルィバーク。三年だ。創造コースは二年目だが」

先輩が同じグループにいるとは、頼りになりそうだ。各コース最短一年で認定試験を受けられるが、周りの生徒曰く実際には一年で合格するのは困難らしい。コースごとにばらつきはあるものの、一年半から二年での合格が平均的だそうだ。だから、四年制のこの学校では理論上全コースの資格を得ることは可能だが、分野により得手不得手があることも考慮すると現実的には不可能と言われている。アントンがコース二年目というのは決して不名誉なことではない。

「カーチャです。俺も一年生なので、どうかよろしくお願いします」

アントンは低い声で「そうか」と素っ気なく返事するが、ちらりと俺の顔を二度見した。

「カーチャ。お前、兄弟はいるか?」

「えっ、いますけど……お兄ちゃんのこと、もしかして知ってるんですか」

兄の知り合いかもしれないと、声が弾む。だが、兄の名を口にするアントンは苦虫を噛みつぶしたような表情だった。

「セリョージャか。似てるな」

灰色の鋭い眼差しが刺さる。

「あ、あの、お兄ちゃんがどうか……」

俺の声を遮るように、アントンは荒々しくノートを閉じた。

「俺は課題など手伝わん。去年やったんだ。成績も関係ない。最後に試験に受かればいいだけの話だからな」

それだけ言うとアントンは終業のチャイムも鳴っていないのに荷物を片付けて教室を出ていってしまった。俺が口を開けてぽかんとしていると、ニカは肩にポンと手を置いた。

「感じ悪りぃ奴だけど、ま、気にすんなよ」

オレら二人でなんとかなるっしょ、と笑顔のニカ。いや、ニカも俺の心配の種なんだけど、とは言えなかった。

 注意力散漫なニカと課題に協力しないと宣言したアントン。こんなチームで大丈夫か?

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