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第二話 主人公にノコノコ攻略されに行くわけないだろ!

 この世界で意識を取り戻してから一晩が明けた。冬の朝の柔らかな日差しを浴びながら、枕元でため息をつく。まさか俺がギャルゲのヒロインに転生していたとは、思いもよらなかった。俺は基本的に外遊び大好きでオタクじゃないけど、周りが持っていたという理由でPZPというゲーム機は買ってもらっていた。それを知ったオタクの友達が「ギャルゲって知ってる? 面白いからやってみ?」と『根雪(ねゆき)のあした』を貸してくれたんだ。しかもこのギャルゲ、相当クセが強いゲームだ。全ルートを攻略したわけではないけれど、プレイ前に通販サイト”konozama”のレビューを流し見した。そこには「鬱ゲー」という評価が目立った。

 まず入学から一年生の終わりまでが共通ルートなのだが、その時点でも鬱ゲーの要素は端々から感じられる。攻略ヒロインはカーチャ含む三人で、全員何かしら背負っている。例えばカーチャは愛する両親を竃病(かまどびょう)で失っており、唯一の肉親である兄のセリョージャをとても慕っている。そしてカーチャルートでは二年生になった彼女に追い討ちをかけるように不幸が訪れる。なんとセリョージャまで竃病で亡くなってしまうのだ。主人公のおかげでカーチャはなんとか立ち直り、結婚して幸せを取り戻すというストーリーなのだが……。

「それを知ってて主人公にノコノコ攻略されに行くわけないだろ!」

今でこそ人格が混ざって複雑だが、”私”にとってセリョージャはかけがえのない大切な家族。絶対に死なせるわけにはいかない。

 しばらくゲームの内容に頭を悩ませていると、階下からセリョージャの呼ぶ声がした。

「カーチャ、朝ごはんができたよ!」

「はーい!」

野菜がゴロゴロ入ったスープは湯気を立て、焼きたての白いパンは甘い香りを漂わせている。食欲をそそるが、二人分の食事が並ぶ大きなダイニングテーブルは少し不釣り合いだ。スープを口に運ぶと、野菜のまろやかな味わいの中にヨーグルトのような酸味がほんのりする、不思議な味がした。

「美味しい。お兄ちゃん、料理上手だね」

正直な感想を口にすると、セリョージャは目を細めた。

「ありがとう。でも、どうしたの? 初めてじゃないでしょ」

セリョージャが家にいる間はいつも朝ごはんを作ってくれてたんだ。いけね、変なこと言っちゃった。

「だって、寝込んでいた時はろくに食べてなかっただろうし、久しぶりって感じがして」

「ああ、そうだったね」

言い訳にあっさりと納得してくれたみたい。

「それでね、カーチャ。大事な話があるんだ」

セリョージャはわずかに身を乗り出し、表情を引き締める。俺は口の中のものを飲み込み、話を促す。

「君の通う学校についてなんだけど」

セリョージャの話はこうだ。カーチャは名門ウートレニア学院の入試に合格し、入学を控えていた。だが入学手続きの最中にカーチャは不治の病を患ったため、手続きを中断したまま期限を過ぎてしまった。一度入学を辞退すれば、今年ウートレニア学院に入ることはできないという。

「どうする? 大抵の学校なら、あそこの合格証明書を持ち込めば今からでも受け入れてくれるはずだけど。でも、もしウートレニアがいいならまた来年入試を受け直せばいい」

ウートレニア学院――『根雪のあした』の舞台だ。もし入学すればギャルゲの世界そのままで、下手するとカーチャルートに突入してセリョージャが死んでしまうかもしれない。他のヒロインのルートは攻略していなかったけれど、その場合にカーチャとその兄の身にどんな災難が降りかかるかも分からない。あそこに入学するのは、できれば避けたかった。

「ウートレニアには入らない」

「そうか。それじゃあ学校はどこに」

「お兄ちゃんと一緒のところ」

「えっ」

端正な顔が凍りつく。当然だ。セリョージャの通うラスタチカ学院は男子校なのだから。でも、どうしてもそこが良かった。カーチャとしての十四年間の記憶と、前世の十二年間あまりの記憶。自分の考え方や感情に、どちらも同じくらい大きな影響を及ぼしていた。言ってしまえば、女の子として生きても問題はない。でも男子中学生として生きられなかった未練も強い。だから男として学校生活を送りたかった。一〇歳ごろから急に男女の壁ができて異性と遊ぶのをやめてしまうのを、経験で知っている。前世の分まで休み時間にスポーツしたり、友達の家に行ってお泊りしたかった。だからどうしても男として生きる口実が欲しくて、そのためには男子校に入る必要がある。

「お願い。お兄ちゃんと一緒がいいの」

上目遣いで見つめると、セリョージャは目を泳がせ、頰を赤らめた。兄が妹に弱いのを利用してぶりっ子するのはちょっと罪悪感があるけれど、効果はてきめんだ。

「いや、でも、でもねえ、カーチャ。分かっているだろう、あそこは男ばっかりだよ」

君も女の子の友達が欲しいだろう、と訊かれて首を横に振る。セリョージャは説得を続けるが、俺はどこまでも食い下がる。カーチャの意志が揺るぎないことを悟ると、セリョージャは困ったように微笑んだ。

「仕方ないなあ。僕が院長に掛け合ってみるよ。断られるかもしれないけどね」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「カーチャってば、こんなに強情な子だったかな」

「えへへぇ」

笑ってごまかすと、セリョージャは怖い顔をして俺の頰をむにゅっとつまんだ。

「カーチャは可愛いんだから、その可愛さを学院で悪用したらダメだよ。誑かすのはお兄ちゃんだけにしなさい」

「はーい!」

ゲームでもその片鱗はあったけど、セリョージャ、妹のことを溺愛してるなあ。プレイしていた時はお兄ちゃんが病死するという残酷な展開に衝撃を受けたけれど、確かに彼が生存していては主人公がカーチャを攻略する余地はないだろう。


 セリョージャがどんな手段で働きかけたのかは分からない。だが一週間後、入学手続き書類が届いたので、本格的な入学準備が始まった。

 まずは男装だ。長かった髪は肩の上で切りそろえる。胸は布を巻いて潰し、さらに大きめの制服を注文してボディラインを隠すことで、なんとか少年らしい装いが完成した。モノトーンのシックな制服はカーチャの幼さをうまく誤魔化してくれている。それから、寝ている時に体を締め付けるのは良くないということで、寝巻きはセリョージャのものを借りた。これだけぶかぶかなら、もし誰かに見られても体型は分からないだろう。

 それからクラス選択。ここでの授業は学年別の一般教養クラスに並行して、分野別の専門クラスを選択する必要がある。一般教養クラスは、四年生まであることを除けば日本の学校制度とほぼ一緒。国語や数学など基礎的な学問を同じ学年の生徒と共に学ぶ。特徴的なのは専門クラスだ。こちらは社会に出るための職業訓練的な要素が強い。この世界において職業は4つに分類される。育児や農業に従事する【育む者】、傭兵や軍人からなる【戦う者】、学者や政治家に代表される【()る者】、そして芸術家や職人に加えこの世界独自の職業――香癒術師(こうゆじゅつし)などが属する【創る者】。学校にはそれぞれの職業に対応する【育成】【戦闘】【碩学(せきがく)】【創造】の4コースがある。各コースは履修を終えると認定試験を受験できるようになり、合格するとそのコースに対応した職業に就く資格を得られる。最短一年で1コースを終えることが可能なので、それぞれのコースにはあらゆる学年の生徒が所属しているそうだ。悩んだ結果、まずは創造コースをとることにした。両親のアプチェーカ夫妻は香癒術師でこの家が工房を兼ねていたらしく、“私”としても家業を継ぎたかった。

 かくして俺はラスタチカ学院への入学を認められ、男装して学生生活を送ることになる。

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