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第十二話 弱点とか知らない?

【10月14日】

 ラスタチカ学院との統合など、私をはじめとしたウートレニア学院の生徒には何のメリットもない。そう思っていた。そして、現実はその通りだった。いや、むしろデメリットしかなかった。男子校育ちの野蛮な男たち、そして何よりあのカーチャとかいうクラスメイト。おそらく女子を含めたどの生徒よりも背が低く、一般的には愛らしいと言われる類の容姿で、声変わりもまだらしい。大きな丸い瞳は童女のような純真さを思わせるが、実際はとんでもない女たらしだ。奴はあの無愛想なエレーナの心を開かせ、妖艶で余裕に満ちたアスマーを誑かした。私だって彼女達のことを気にかけてきた。いや、決してやましい意図などない。彼女らが他の生徒よりも精神的に危ういところがあるのではないかと心配して積極的に話しかけるようにしていた。だが、二人が私を振り向くことはなかった。おかしい。きっとカーチャは自らの少女のような容姿を利用し、彼女らを油断させて落としたに違いない。このような行いが許されるものか!

 エレーナのことを意識するようになったのは、闘技トーナメントの予選だった。文武両道を掲げるウートレニアでは全生徒がこの行事への参加を義務付けられていた。私は予選の決勝まで勝ち進み、一年生代表の切符を賭けてエレーナと戦った。しかし、結果は惨敗だった。私はエレーナの実力を認め、賛辞を送った。

「本当に強いのだな。私は来年に戦闘コースを取るつもりだが、君は一年で試験に合格するに違いない。君と共に剣技を磨く機会がなくて残念だ」

確かこのようなことを言ったと思う。するとエレーナは首を横に振ったのだ。

「試験に合格してもしなくても、来年以降も戦闘コースしか取らないからよろしく」

それだけ言うと、彼女は闘技場を去った。彼女が騎士としての将来を運命づけられているのだと、後に知った。しかし、それを狂わせたのがカーチャだ。あのエレーナが沈黙を破り、カーチャに話しかけるようになった。しかも戦闘コース以外に希望を出したと言う。彼女を一体どうやって唆したというのだ、あの女たらしは!

 エレーナの件に憤っていたら、今度はアスマーだ。学年は違うが碩学コースで一緒になったアスマーは周りの男子生徒からは大変な人気があった。しかし彼女は男好きに見えて、実は誰とも深い関係を築こうとはしていなかった。特定の男子ではなく、すべての人間に満遍なく愛想を振りまいていたし、放課後は仕事があるのかさっさと帰ってしまう。どうやら彼女は幼い頃に親に売られ、過酷な生活をしなければならなかったため、人間不信なところがあるらしい。困ったことがあればいつでも頼ってほしいと私は言い続けていたが、アピールは実を結ばなかった。だというのに、アスマーはあの少年をあっさりと気に入ってしまった。彼らの会話を立ち聞きしたことがある。どうやらカーチャの兄についてよく話しているらしかった。実に巧妙な作戦である。カーチャは一見「アスマーに興味はなく共通の知り合いの話をしている」という体で、本当はアスマーを狙っていたのだ。警戒心の強いアスマーが、道理でカーチャには油断して仲良くしていたというわけだ。断じて許せることではない!




「イザヨイ様の日記がいつになく荒ぶっていらっしゃる」

主の部屋を片付けていたら、たまたま日記が開いていたから読んでしまった。主の日記はカーチャという同級生に対する怒りに満ちていた。

「む、シノブ。いたのか」

「お戻りになりましたか、イザヨイ様」

慌てて日記を閉じ、主に向きなおる。

「部屋の掃除、いつもご苦労だな」

「ありがとうございます」

自分にとって、主の笑顔と労いの言葉は最高の褒美だった。

「そうだ、ちょうどいい。シノブ、一つ頼みごとをしてもいいだろうか」

「なんでもお申し付けください」

にこやかに主の言葉を待つが、大方予想はついていた。エレーナの家系やアスマーの過去について調べたのは自分だ。主は人と接する前に下調べを欠かさないお方だ。きっと次は――

「一年のカーチャを調べてほしい。交友関係や生い立ちなど、なんでもいい。何か弱みを掴んでくれないか」

「畏まりました」

必ず主のご期待に応えてみせる。それが自分の存在意義なのだから。




「困ったな♪困ったな♪勝負を挑まれ困ったな♪種目も決めなきゃ困ったな♪」

「歌ってる場合かぁ!」

苛立ちを隠さないニカはバシバシと机を叩いた。

「うう、だって何なら勝てるのか思いつかねえもん」

「そのために私達を呼んだのでしょう」

エレーナは落ち着いた調子だった。隣に座るアスマーもエレーナの言葉に頷く。イザヨイに因縁をつけられたと相談したら、二人は快く協力してくれた。

「そうだった。ありがとう、二人とも」

イザヨイのことをほとんど知らない俺にとって、彼と同じ学院から来た二人は強力な助っ人だった。

「何だったらあいつに勝てそうか……弱点とか知らない?」

「そうねぇ、学力で勝負することだけは絶対に避けた方がいいかしらん」

「お、イザヨイのやつ頭いいんだ」

ニカは意外とでも言いたそうだった。

「ええ。ウートレニアは名門だけど、彼は碩学コースでも屈指の秀才よ」

碩学コースは幅広い学問を扱う非常に高度な内容だと聞いた。そこで秀才と称えられているなら、ほとんど学年トップみたいなものだろう。

「シンプルに戦ってみるのはどうかしらネ」

「私は彼と一騎打ちしたことがあるけれど、大したことなかった」

「マジか!」

ニカが嬉しそうに手を叩く。

「待って、エレーナの楽勝は当てにならないんじゃない?」

エレーナは生粋の戦士。一方の俺はいくら前世が運動神経抜群だったとは言え、ちっちゃな女の子の体だ。

「確かに、カーチャの言うとおりだな」

しょんぼりとニカは肩を落とした。

「でも、スニェクレースならカーチャも強いぜ!」

「うーん、どうかしらね」

アスマーはエレーナと顔を見合わせる。

「一学期のレース、ウートレニアではイザヨイが代表を務めていたわ」

「エレーナは?」

「私は辞退したから」

「それで、カーチャとイザヨイ、どっちが速いんだよ」

ニカが尋ねると、エレーナは顎に手を当てて考え、「わからない」と答えた。

「たぶん、同じくらいね。カーチャも上達したけれど、彼も速かった。もし彼があのときより上達していたら負けるかもしれない」

「なるほど」

スニェクレースだと五分五分か、それ以下か。選択肢には入れてもいいけれど、最善ではない気がする。

 話し合いを続けても、イザヨイの弱点らしき弱点は見つからなかった。

「どうしよう……スニェクレースにする?」

「でもエレーナ先生のゴーサインが出ないってことはぶっちゃけキツいんじゃね?」

ニカの言うことはもっともだ。俺は頭を抱えた。

「そうだ」

ぽん、とアスマーが手を叩く。

「あたしが面白い勝負を考えてきてあげるわ」

「え、なになに?」

前のめりになって尋ねると、アスマーは俺の鼻先をつんと触った。

「当日のお楽しみよ。大丈夫、悪いようにはしないわ。二人とも同じ条件の方がきっといい勝負になるものね」

「うーん、不安だけど……いい案も出ないし任せる!」

こうして全ての命運はアスマーに委ねられた。


「それで、勝負の内容は決まったか?」

翌朝、イザヨイは余裕たっぷりの笑みを浮かべて俺の席までやってきた。

「アスマーに任せた」

素っ気なく答えると、イザヨイは目を丸くした。

「ま、任せたとは?」

「そのままだよ。アスマーが勝負の内容を考えてきてくれて、放課後になったら教えてくれるって」

「そうか……。ふん、まあいい。どんな勝負であろうと私は勝つ」

相変わらず自信満々だけれど、少しだけ動揺させることができた。肝心の勝負で結果を出さないと意味はないが。果たして勝利の女神アスマーは微笑んでくれるのだろうか。

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