3:弱さ
ビートの気遣いを得て俺はラーナの待つ自宅へ戻った。
ラーナとは未だ子供がいない。
これから起こること、起こさなくてはいけないこと、すべて理解した上でその選択をとっているからだ。加え、もし子供ができてしまえば守るべきものが一つ増え、避難などが安全して行えないという致命的欠点があった。
まぁ、俺ら以外の家族はよく子を成しているが・・・。
この街の次の世代を担う存在が一人でも増えることはとても喜ばしいことだ。
俺らはいつ死ぬかわからない、だからその先を見据えるのは今からでも遅すぎるほどだ。
すっかり夜も深まり暗くなったところ、ようやく自宅の灯りを見つけた。
自宅をみつけてからは足取りが一歩一歩踏みしめるごとに早くなっていくのを感じた。
「ラーナ、帰ったぞ」
「今行くから待ってて!」
家の奥から愛しい声が返ってきた。
家の中なのに走っている声がする。急いでドアを開けてくれる彼女の優しさが身に染みる。
今日はずっと隠していた、しかしもうとっくにばれている現状をすべて話してしまおう、とそう思った。
人を殺している。惨殺に近い形で、それも相手の境遇を聞き出したうえで。
そんなこと言えるはずがなかった。
いったん胃にまで含んだものを吐き出してまた食べるような行いができるはずもなかった。
甘えだ、驕りだ、怠慢だ、そんなことはわかっている。
『大丈夫だ、グレンは間違ってない』そんな甘美な一言を聞き出したい気持ちも。
一周回って俺ではなく殺されたあいつら自身が悪いんだ。とか、本当に一側面しか見れていないような言葉を俺は欲しがっている。
胸が苦しくなった。
カランカラン
ドアの端についている鈴が音を鳴らす。
「グレン、おかえり」
「うん、ただいま」
ラーナがドアを開けてくれた。俺はドアの中に広がる自分の世界がやけに掠れて見えた。
ラーナの姿をみただけなのに、泣きそうになる。日々積もっていく汚れを日々洗い流してくれる妻の存在はとてもおおきいものだった。
「御飯ができてるよ、食べてからシャワー浴びてね」
自分の家のシャワーは、魔法が使えないため雨水や井戸の水を屋根の上の釜に入れておき、必要な時に蛇口をひねって水が出てくるようになっている。
しかし水はやがて腐り、ひどいにおいを放つようになる。
したがって俺はこまめに水を汲み取って釜の水を交換していた。
「はいどうぞ、今日はどうだった?」
出されたのは近場でとれた葉野菜とさつまいも、そして飼っていた牛と山羊を使ったキッシュだった。山羊のミルクはあっさりとした味わいで、濃厚なキッシュが少し淡白なあじわいになっていて、別の料理に感じられた。
牛はそのままでは道理であれば腐ってしまう、そこで塩漬けした上で香草を添えて保存しておく。これで大分保存期間が延びてくれる、非常に大切な食料だ。
塩漬けなので味が非常に濃い。だから調理に利用するとき細めに切っておいてミルクなどに塩味を移す。だからこのキッシュも非常に程よい味の濃さに仕上がっていた。
「やっぱりうまいよ・・・俺も一人だった時よく作ってたけどこんなにおいしいのはラーナが来てからだ」
「ありがとう、うれしい」
口にして感謝を伝えるが、まだ足りない。不完全燃焼な気持ちが心にくすぶる。
これに加えて、俺が隠してきた秘密をラーナに開示しないといけない義務感も重なり変に胸が苦しくなる。
急いで美味しいキッシュを口に運んでいく。麻痺していく口内は次第にキッシュの味をわからなくさせていった。
コン
木製の器に大きめのスプーンが当たって陽気な音が響く。
しかしラーナのキッシュは半分しか減っていない。早く食べ過ぎた。焦りのせいだ。
「お皿は今日は俺が洗うよ、ラーナ疲れてるだろ?」
「ううん、大丈夫、私がやるよ、大丈夫」
「・・・そっか、わかった」
ラーナは不思議そうな表情を浮かべる。何故俺も皿を洗おうとしたのかがわからない。このよくわからない間を埋めるためか、ただ皿を洗いたかっただけなのか。
――ラーナが食事を終えたら話そう。
話すまでの期間を頭のなかで延長させていく。非常に情けないが仕方がないとそう思える。
最後の一口が彼女の口に運ばれる。そのスプーンを非常に凝視していた。
「なぁ、ラーナ」
「ん?」
「隠していることがある」
「うん、聞くよ」
「ありがとう」
一言の応酬。それだけでも彼女は俺の心情をすべて知っているような深淵を思わせる表情をしている。
「悪いことから先に話すよ。――俺はこの街以外の人をかなりの人数殺している。しかも残虐な形で」
「うん」
彼女の反応は変わらない。何故だ?読めない。
「でも、それは。街のみんなを守ろうとした結果でだ。意味もなく人を殺したりなんかしない。ラーナもこの街の人口がほかの国の人間のせいで減ったり、行方不明になっているのは知ってるよな?」
少しづつ口調が強くなっている。自分を正当化するためだろうか、悪者を演じているような気もした。涙をこらえながら話しているせいもあるかもしれない。
「うん」
「そう、それなんだ。だから巡回してみんなを守ってた。今まで黙っててごめんなさい。心のどこかで、ラーナが失望してどこかに行ってしまったら、嫌われてしまったら。そんなことッ・・・ばっかりっ・・・考えて――」
涙が零れる。ラーナの前では堪えや強がりが効かない。弱い自分がさらけ出されて汁がこぼれていく。
「ひぐっ・・・うぅっ」
まともにしゃべれない。何をしゃべっていいのか判断さえつかない。
――でも言葉を紡がなければ、言葉にしないと伝わらなくて。
変な空気を破ったのはラーナの言葉だった。
「ねぇ、グレン。私買い物に行くよね?だから市場の噂とかよく耳にするの。どす黒い赤の服を着た男が夜に郊外で歩いてるとかそんな情報。グレンが洗濯し終わった服とかパンツを2枚もっていったり、フォークがいつのまにか一本なくなってるとか、そんなことがあってからは勘ぐったりしてた。まあそんな情報なくたって旦那の異変くらいは気づくよ」
少しどや顔で話す彼女。誇らしげな顔からは俺を労う雰囲気を過剰なまでに漂わせていた。
「・・・・・・そうだよね」
「うん、それと。グレンが人を殺したのはグレンだけが悪いわけじゃないよ。本当なら、捕まえて、みんなで話し合って、それからみんなの総意で殺すべきだったけど、現状そういかない。グレンがみんなの気持ちを背負って戦って、グレンや警備の人が殺した人の命を背負うなんてあっていいはずがない」
「・・・」
しゃべることは嗚咽のせいでできないから、目だけで語る。だが俺が今のラーナの言葉に同意できない。それをするのは周りの人間だ。
しかし、魔術師たちを屠ったのは俺だけだ。正確に言えば屠れるのは今の段階では俺だけしかいない。近接武器や遠距離武器しか使えず魔術師よりも少々力や自然治癒力が少し高いだけでは魔術師には到底かなわない。完全上位互換の魔法の手にかかればナイフはただの鉄の塊、矢はただの子供が投げる石ころ程度でしかないだろう。しかし一応は魔術師にも効く。子供が投げる石ころだって変なところに当たれば死んでしまうし、鉄の塊だって全力で頭を殴れば死ぬからだ。
「それで、あともうひとつあるんでしょ?話してよ」
ラーナが促す。俺はそれに従って話す。
「うん、なんで俺が魔術師を殺せたかっていうと――よいしょ」
体に血が固まりかけたような赤と黒を三対一の割合で混ぜた色の光の筋が俺の体から浮かび上がる。体格は変わらない。これは魔法の一種なのか、それもよくわかっていない。
「うわぁ、すごい!でも、模様がなんだか魔獣に似てない?」
「うん、というかほとんどおんなじだと思う。それに、身体能力の向上って点も同じだから、俺は魔獣回路って呼んでる」
「そうなんだ、でも、魔獣って、みんなから結構避けられてるよね・・・グレンはあんまり抵抗ないし、私も抵抗がないみたいだけど、周りの人はどう思うのかな・・・」
この世界の魔獣は、魔法や武具などを使う魔獣は少ない。魔法を使える魔獣は基本伝説とされ、恐れを抱かれている。この街の話だが。武具を使う魔獣は、同時に言葉を用いることができる。かなり高等な脳を持っているからなのかもしれない。
そしてもっとも割合が高い魔獣の保有している能力は、身体能力の向上だ。
だから俺の能力を見た人間は魔獣を想像する。
「まあ、この街の人間は少なくとも怯えるだろうな、それに、魔獣に親族や仲間を殺された奴は少なからずいるからな」
「そうだよね・・・」
「でも、俺は仲間を殺しはしないし、魔獣回路を使ったところで発狂して見境なく人を殺すってことはしないからな」
「そうだね」
言葉が似ていて感情が全く異なるラーナの声は完全なる信頼を彷彿とさせた。
こういう彼女の感情の正直さがとても魅力的だった。
気が付けば俺はラーナを抱き寄せていた。
ラーナは心地よさそうに俺の肩に寄り添う。
「これのおかげでみんなを守れた。それはどんなことがあっても変わりはしない」
「うん」
「だから俺は、できる限りこれからもこの街を守っていきたい」
「うん、グレンならきっとできるし、グレンができなかったらそのうちこの街も陥落しちゃうから、お願いします」
「はい」
この日のグレン家の灯りはいつもよりも早く消えた。
この日から7日が経ち、俺らを襲っていた国が陥落した知らせが伝令兵から届いた。
できる限り早い段階でこれからも上げていきたいと思います。
最後、ガバガバ感が否めないんですけどすいませんまたそこはいい感じに書き直したいと思います。




