1:侵入者
「行ってくるよ、ラーナ」
「行ってらっしゃい、グレン」
いつもどおりに俺らは行きのあいさつを交わす。テンプレートのような会話だが気持ちはこもっている。
こんなごく普通の会話ができることに幸せを感じている。
「今日も頑張ってね」
「手伝いに行って来るだけじゃないか、頑張ってくるよ」
ラーナは心配そうに俺を労う。俺は少しだけ雰囲気を軽くしようと軽く笑いラーナを気遣う。
俺の妻であるラーナは気づいているだろう。俺がラーナを心配させないために友人の手伝いとうそを吐き、日々この危険な仕事をこなしていることを。
ラーナの気遣いには感謝してもしきれない。
だからこそ、ヴィレンの安全により一層の警戒をかける。
警備ルートはほぼ固定していない。もし敵が俺を監視していた場合、隙ができてしまうからだ。
ここ最近の魔術師の侵入は数を増やしている。
魔術師は俺らを殺すために躍起になっている。奴らの国が俺らを殺すことで領地の拡充、俺らの持つ秘密の開示と解析を行おうとしているからに他ならない。
国の魔術師は俺らの首を狩ることで懸賞金を受け取っている。だから俺らは殺されないように村を守っており、街の命を守るために奴らを殺している。
たくさんの友人を亡くし、大切な人や大切なものを失った人をたくさん見てきた。
炎で焼かれたもの、氷で固められたもの、生き埋めにされたもの、魂を抜かれたもの、数々の死体を見た。どれも悲壮を極めたものだった。
葬式は行われない、ただ無造作に掘られた穴に死体を埋めるだけだ。葬式など行う時間は俺らに与えられてはいないのだから。
「・・・私がこれから頑張らなくっちゃ、グレン、ありがと」
守れなかった俺に対する覇気のない謝辞は叱責よりも俺を締め付けた。
友人はその一週間後四肢だけの状態で見つかった、友人の夫があげた腕輪が彼女を判別させた。この時は俺らの秘密の解析のため必要な胴体だけを持ち去ったのだろう。
奴らと外見がたとえ同じだとしても、中身は明らかに異なっている。一つの要素が異なっているだけでどこまでも見下げ果て、かつ簡単に人を殺してみせるのだから。
人気のなくなった森を抜け、開けた草原へ足を運ぶ。
「そこにいるんだろ、出てこい」
何もない宙へ声をかける。
黒いローブを被った中年の男が姿を現す。続けて俺は言葉を発する。
「何故俺をつけてた?素通りして街の住民を殲滅すればよかっただろうが」
如何にも敵が考えそうなことを代弁してやる、言っていて不快になる。早く報復してやりたい。
「・・・お前が一番分かってるだろ?」
中年の魔術師は初めて口を開く。明らかに俺を試している口ぶりだ、発狂しそうなほどにイライラする。
「知らねぇよ、早くここから出ていけ、さもないと殺しちまう」
勢いを増していく己の殺意をどうにか抑えながら会話を続ける。
「おぉ怖い怖い、理由を話してやるさ」
彼の口ぶりは明らかに高圧的である、俺らを劣等であると信じて疑っていないからだろう。自身の眉間にしわが寄ったまま固定されているのを感じる。
「言え、さっさと」
催促をする。こらえきれず足に力をいれる。すると魔術師は急ぎ言葉を発する。
「――この街で一番強いのは明らかにお前だからな。お前を殺せば必然的にこの土地は我らの国のもの。それにしても合点がいかない。魔法が使えないお前にどうして俺の隠れ身がばれた?それに、俺の精神支配も効かなかった」
先ほど感じた違和感の正体に確信する。そして最近増えていた行方不明者の末路も同時に脳裏をよぎる。
抑制が効かなくなった自分の怒りがあふれ出す。
「素直に教える馬鹿がどこにいんだ?自分で考えろ」
「ほう、じゃあ拷問でもして聞き出してやるよッ」
そう吐き捨て中年魔術師は手を空にかざす。
何もない空中から炎が出現する、その炎は光のように白かった。
その炎は俺へ向かってすさまじい速度で追突する。
周囲の環境が崩壊する。木は爆裂し、草ははじけ飛ぶ。俺もその炎に対抗するべく力を用いる。
――魔術回路を持たざる者は、自然淘汰に近いレベルで迫害されていった。それほどまでに持たざる者の力というものは貧弱であり、家畜にすら道具なしでは劣る存在だった。
しかし、ここ最近で、変異を起こした存在がある。それは――。
「――外道が」
俺だ。俺は先天的にこの力を手に入れたわけではない。魔術回路を持たない、否。持てない者の魔力は果たしてどこへ行くのか?この街の人たちはもともと体が強い。病気になることは滅多にないし、骨折や不慮の事故で切断されてしまった腕も元の部分に引っ付けておけばそのうちに接合される。
外界に直接作用する力が苦手であるならば、体内に関する能力ならば発達させることができるのではないか?
鍛錬は楽ではなかった。すでに用意されている魔術回路とは違い、何も無い場所に魔力を通すのだ。激痛などというものではない文字通りの地獄だった。
『づぁ”あぁぁ”・・・』
肉体にじわじわと杭を通すような痛み、失禁、失神、そんなものは当たり前だった。
日々繰り返す麻酔のない外科手術同等の痛みに不思議ながら慣れていった。
そうしていつしか力を使うとき、俺の体には、
「――魔獣と同じ回路!?」
赤黒い毛細血管に似たような光の筋が俺の肌に浮かび上がった。魔力を通すときに俺は全身から魔獣に酷似した光が浮かび上がるようになっていた。
「死ね」
俺はあらかじめ持っていた石を力任せに投げる。先ほど魔術師が放った炎の何倍もの速度で投げた石はすさまじい速度を持って中年魔術師に襲い掛かる。
「お」
言葉を発することなく中年魔術師の肩に石が掠れる。石にまとわりついた殺傷能力を帯びた風で中年魔術師の肩が吹き飛ぶ。魔術なしで魔術まがいのことをするとは思わなかったのだろう。中年魔導士の驕りだ。
「があ“あ”ぁ!」
中年魔術師がバランスと平常心を失い散り散りに地面へ落下する。しかしかろうじて中年魔術師は緩衝材代わりの風魔法を放つ。
「精神支配をされた俺の仲間たちはどこへいった?」
距離を詰めず尋問を開始する。右手には先だけを尖らせた竹を持っておく。
「言うかよぉ!」
魔術師は木を魔法で切り倒し防護壁にする。ない寿命を少しでも伸ばすつもりだ。
「吐け」
防護壁にもならない木を貫通するつもりで槍を投げる。予想通り木は台風に飛ばされるスポンジのような挙動をして吹き飛ぶ。だがその後ろに中年魔術師はいなかった。
「後ろだよォ!」
中年魔術師は転移魔法を使ったのだろう、俺の背後に立ってかなりの大きさを持つ炎をぶつける。
「――強化」
足に力を籠め、巨大な炎をかいくぐる。
足の指、足首、膝、すべての関節を効率よく使い中年男へ間合いを詰め、
「ハァッ!!」
中年男の足を全力で蹴る、中年魔術師の体は扇風機のように回転。そしてぐちゃぐちゃになった肩から地面へ激突する。
中年魔術師の声は出ない。そんな余裕も力も持ち合わせていない様子だった。
死にかけの体に死なない程度のビンタを中年魔術師に浴びせる。尋問するためだ。
「ヴぁっ・・・」
「お前が俺らの街を襲うのはなんでだ」
「・・・答えられるかよ」
中年の皮だけで繋がっている手羽先のような足を拳で殴りつける
「ガあぁ」
「答えないともっといたぶって殺すぞ?早く楽になりたいだろうが」
「・・・」
中年は口を噤んだまま答えない。中年の目には涙が浮かび、只々痛みに耐え続けている顔をしていた。
そのあまりに身勝手な反応に俺は激怒した。
「お前が!被害者ぶったような態度をとるなぁ!!!」
中年の隣の地面を怒りに任せ殴りつける。拳からは血が流れる。握りしめ切った手のひらからは爪が食い込みピンク色の肉が見え隠れしているのが分かった。
「初めから俺らを攻撃しなければよかったんじゃねぇのかよ!!俺らの仲間を殺したり連れ去ったりあらゆる暴虐を尽くしたお前が何今更意志固めてんだよぉぉぁあぁぁぁぁぁあああ!!!!さっさと身内の情報晒して逝こうや!!屑らしくよぁ!!!」
顔に血がたまっているのがわかる。何故か涙も堰を切ってあふれ出す。
「なんで俺らの村を襲うんだ!!国に利益があってもお前には何もないだろうが!これ以上何も言わないんならお前らの家族も皆殺しだ!!!全員殺してやるぅぁ!!投石で殺してやろうか!?四肢をもいで殺してやろうか!??空中に放り投げて殺してやってもいい!!さっさと言えやあああぁああああぁああぁ!!!!!」
肺の中にある空気をすべて吐き出して訴える。何故か俺が懇願しているような形になっているのかわけがわからない。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「家族」
「・・・は?」
「家族だ。とてつもなくベタだが、俺にはこれしかなかった」
「・・・・・・」
俺は黙り込む。一気に全てを吐き出したからではなく、中年の理由に感じるものがあったからだ。
「――金が必要だった。国から送り込まれてくる金はあまり多いものではなかったが、それでも家族を生かす程度の多さは保証されてた。俺が連れ去ったり殺した人数が増えてくごとに金も増えていった。」
死にかけの体を生かすためのエネルギーを説明に使っている中年に俺は耳を傾け続ける。
死にたいがためにここまでしゃべっているのかもしれない。
「俺が人を殺めるたび家族の笑顔が増えてくことが複雑だったよ。裏では殺されても何も言えないようなことをやってきたんだからな。――それももう今日で終わりだ。殺してくれ」
中年が戦っていた理由を聞いたことに胸が苦しくなった。この世は狂いきっている。救いなどありはしない。
「わかってるよ」
俺はこの男の命が一秒でも短くなるように、人生の詰まった頭を殴り潰した。