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ありふれた話の右隣のお話1

ユリとシュンの友達Aの出会い。

学校にいる間、騒がしい輪に混ざって悪乗りを傍観してるのも楽しいけれど、

ふらっと抜け出して屋上で昼寝をするのがなにより好きだ。

日陰になる場所を選んで仰向けになり、目を閉じると心地良い風が眠気を誘う。








何かを咀嚼する音がする。

寝ぼけた頭の中でその異常事態を認知する。

昼寝をし始める前に人はいなかったし、そもそもに置いて屋上は立ち入り禁止だ。

そんな状況化で人の気配がするのはどういうことだろう。

未だに意識ははっきりとせず、眉間を顰めながら重い瞼を開けると

黒髪をさらさらと風に揺らしながら、無心にあんぱんを頬張る背中があった。

「・・・」

才色兼備を欲しいままにする春の幼馴染、片瀬ユリであった。

彼女の噂は興味がなくても耳に入ってくるくらいだ。

尾ひれはひれついているだろうその噂から想像される片瀬ユリは

どこぞのお嬢様というお淑やかそうなイメージが強かった。

実際、廊下などで時々すれ違う彼女はうっすらとした微笑を常に浮かべているし、

話かけられている時の態度は賞賛に値するほど優しく、均一であった。

だから、俺が見つめている後ろ姿は春から聞く彼女のイメージと近い。

意外とずぼらで肉喰らいで、あと小悪魔みたいに可愛いものじゃなくて女豹だとか。

女豹かどうかはあんぱんを食べる姿からは想像できないが、

少なくともリーマンが好きそうな100円あんぱんに齧り付く姿はお嬢様ではないだろう。

「起きた?」

彼女はゴミをビニール袋にしまうと、こちらを向いてにっこり笑った。

「片瀬さん何してるの」

「見ての通りよ」

「あんぱん食べようと此処に来たら俺が寝てて、起きるまで待ってみたってこと?」

「少し興味があったから」

あんぱんと同じくらい意外な言葉だった。

「貴方、乾君でしょ?」

「知ってるんだ」

全てに等しく優しいように見せて、全てに対して何の興味を抱いてない。

人を喰らうために、冷たさを綺麗で温かい皮で隠して人を惑わす妖怪のようだと思っていた。

「俺、何も面白くないけど」



不躾にその白くて細い指先が伸ばされて頬に触れた。

爪は手入れされているのだろうか独特の光沢を帯びており、

綺麗な楕円を描く桜貝のようだと思った。

片瀬ユリの指は柔らかい皮膚質で少しひんやりとした。

「肌、綺麗ね」

「男に使う褒め言葉じゃないよ」

「そうね」

何が面白いのか、それとも何でも面白く思えるのか

話ながら始終強かな笑みを作っている。

あくが強そう、というのが率直な感覚だった。

躊躇いもなく男に触ってくる女は、下心じみたものを常に感じるというのに、

彼女の指が齎す感覚はそんな青春っぽいものではなかった。

子供が抱くような単純な好奇心といった方がしっくりくる。

それこそカブトムシに触る小学生の方下心よりはずっと的確なように思われた。

「髪質は意外と固いのね」

昆虫の体を観察して、ひっぱったりしながら反応を見る小学生そのものだ。

片瀬ユリは彼女の中の俺と実物の俺の誤差を修正中のようだ。

「シュンと真逆ね、あの子長くて猫っ毛だから」

「あいつとは仲悪いの?」

「どうかしら」

「誰かに触ってないと安心できない?」

絶え間なく、こそばゆいまでに俺の頭を触っていた手が止まった。

何気なく言った言葉だったが、彼女の何かに触れたようだった。

困っているようだ、初めて片瀬ユリの眉毛が八の字になっているのを見た。

彼女のそんな姿を覆い隠すように突如として強い風が起こり、

黒くて艶やかな髪が彼女の表情を分からなくしてしまった。

目にゴミが入らないようにと目を細めて俯くと、

何もなかったかのように風は止み、再び顔を上げれば、

相変わらずの晴天といつもどおりの片瀬ユリがいた。

「乾君ってエスパー?」

「小学校の時スプーン曲げにはハマったけど」

「給食の食器でやってる子多かったわね」

「実は誰でも簡単に曲がるっていう」

「そうそう、シュンが曲げすぎて折っちゃって先生に怒られてたわ」

ほんの少しの時間しか話していないというのに、随分と片瀬ユリの印象が変わった。

食い意地を張るというシュンの説明はそのままだけれど、

世間が噂するような優等生よりも、シュンが言うような女豹よりもっと普通だった。

キャラクターや容姿が普通というわけでなく、

普通に誰かに好意を抱き、普通に哀しい顔のできるという意味で普通の女の子だった。

「春が誰かのものになるのは嫌?」

「どうかしら」

片瀬ユリはそっぽを向いてしまい、表情がすっかり分からなくなってしまった。

声色からは、なんの感情の起伏も読み取れない。

「俺は嫌だよ、自分のお気に入りが人のものになるのなんて」

「意外と独占欲強いのね」

「何にも執着しないと思う?」

「そういう風にも見えなくないわ」

すっかり心を閉ざしてしまったらしく、少し残念に思われた。

言うなら、レアポケモンを捕まえるためにあと1回ダメージを加えるか加えないかで

うっかりコマンドを間違えて攻撃して倒してしまった感じだ。

リセットしてやり直すのは面倒だけれど、このまま流してしまうには勿体ないような。

もう少し関わっていたいような、そんな感じ。


「寂しくなったらおいで」


言ってすぐ、何を言っているんだ自分と思わず口を押さえた。

片瀬ユリの方も意外な人間の意外なお誘いに驚いているようで、

凄い勢いで振り返り、目を1回ぱちくりさせて、おかしそうに笑い始めた。

すぐに止むかと思った笑いは意外としぶとく、いい加減にやめてくれと言って

初めてぜーぜーと呼吸を整えるに至った。

「乾君、やっぱり変な人ね」

片瀬ユリは目の端に溜まった涙を拭いながらまだ笑いを堪えている。

「そうでもないさ」

あまり笑われ続けるのは性に合わないと、

無言で眉間に皺を寄せると「ごめんなさい」と大して謝る気のない声で謝られる。

「また、屋上にいる?」

「天気の良い日は大抵」

「そう」

相槌を打ちながら立ち上がって、スカートについた埃を丹念に払う。

下に傾けられていた視線は、しっかりと俺の視線に合わされた。




「また来るわ」

にっこりと笑ってくるりと身を翻す。

校舎の影に隠れてしまう瞬間に小さく手を振るのを見て数秒後には、

階段を下りていく音が聞こえる。

「・・・」

俺は自分から1人で居眠りする時間を放棄したのだが、


(まぁ、良いか)


片瀬ユリには興味が引かれた。

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