ありふれた話の外側のお話1
自分の無謀さを鼻で笑ってやりたいとさえ思った。
「で、私に何か用件でも?」
特にないのですとは今更言える雰囲気ではなさそうだと、
10分前にしでかした自分の行動を酷く悔いていた。
「あ、いや、その」
言いたいことは自分の中で大まかに固まっているのだが、
果たしてこれを口に出して良いのやらと少し憚られる。
濁したまま話を切り出さない私を大して気にする様子もなく、
白いティーカップに注がれた紅茶に口をつける。
「飲まないの?」
「いや、あの、いただきます」
私が明らかに挙動不審なのは誰から見ても明白だった。
少し気持ちを落ち着ける意味で、
彼女の口にする紅色に透き通ったストレートティーと対照的な
乳白色に少し濁るミルクティーを一口含む。
「美味しい?」
「まあ」
良かったと微笑む姿がびっくりするくらいに綺麗で思わず目が奪われた。
目の前にすわる片瀬ユリは自分が到底叶わないような美人だ。
何故、そんな美人と自分が呑気にお茶をしているのかといえば理由は簡単だ。
私が彼女とシュン君の関係を彼女に問いただそうと声をかけたからにすぎない。
木村春君との出会いは大学で同じ経済学部の同じ語学のクラスになったことから始まる。
背は180センチほどあり、アッシュにくすんだ明るめの茶色の無造作な髪型が
単純にタイプだった。
高校の時に遊びなれているのか(これは私の勝手な想像だけれど)、
女の子の扱いにも慣れているようで、彼の周りにはよく女の子が傍にいた。
大して社交的でも女の子らしいとも言えない私にも優しくしてくれて、
こんな男の子がいるのかと感動してしまったくらいだった。
クラス自体の仲がかなり良かったためか、語学以外の授業であったときに
声をかけても気さくに返事をしてくれる。
そんな典型的にもてそうな感じの彼に私は恋をしてしまったのだ。
この片瀬ユリが私の片思いの人である、シュン君と浅からぬ仲であるということを
知ってしまったことは、私にとっての大きな転機だった。
片瀬ユリは法学部と他学部であったが、見知っている人も多かった。
それは彼女が社交的というよりも、その容姿の美しさゆえに自然と話題になると
いったような類のもので、始めはそんな彼女が自分の片思いの人と
どんな関係であるかなど思いあたりもしなかったのだ。
幸か不幸か、いや絶対に不幸なのだろうが、
キャンパスの一目につかない一角でシュン君と片瀬ユリが一緒にいるところを見かけた。
私は要らない野次馬魂を燃え上がらせて、ばれないように様子をうかがうと
(ホント少女マンガの見すぎみたいな自分の行動が恥ずかしいのだが、)
2人は良い雰囲気で、しまいにはキスをした。
キスをし終わった2人は意外と淡々としたノリであっさりと別の方向へと歩いていった。
変な人間と良く言われてきたから今更だと思うが、何故か私は
自分の好きな人がすでに人のものであるという衝撃よりも
2人のドラマみたいなキスシーンに心を鷲掴みにされた衝撃の方が大きかった。
やはり2人は恋人なのだろうか。
普通はそうあることが当たり前なのだが、私は確認せずにはいられず
片瀬ユリに駆け寄り思わず声をかけていた。
話かけられた当初の片瀬ユリの反応は一般的だった。
見知らぬ人間に驚いて瞳を一瞬大きく開いたが、
シュン君とのことについて聞きたいとその時の私が馬鹿正直にうっかり言ってしまうと、
今度は何故か面白いものを見ているかのように
アーモンドの色彩をした目を細めて
「お茶しない?」
と私を近場のカフェまで連れ出したのだった。
この時すでに、片瀬ユリという人間が変人だという認識が出来上がったのだった。
「松野さんはシュンのことが好きなの?」
唐突にたずねられて、適当な言葉が思いつかずに間誤付いていると
「別に素直に話して」
と、綺麗に尖った顎を組んだ手の甲の上につきながら、
恐ろしいくらいに艶っぽく笑った。
何でこんなに余裕な表情で笑っていられるのだろうか。
妥当な線ならば彼女はシュン君の恋人であるはずなのに、
盗られる危機感とかそういうものが全く無さそうに見える。
それはそうかと、我が身を振り返って思わず納得してしまった。
決してマイナス的な意味でなく、自分が男であったら間違いなく
この素敵女子であろう片瀬ユリに惚れていたという
ある意味でものすごくプラス的な考えなのだ。
「まあ、はい」
隠してもしょうがないと思い、私は至極素直に答えた。
元々の性格が小学校の通知表で「大変素直」と6年年連続で書かれてしまうくらい素直だし、
片瀬ユリの印象からして嘘をついても見透かされてしまうと思ったからだ。
「片瀬さんはシュン君とどんな関係で」
私はフワフワのシフォンケーキを口にした。
ミルクティーにシフォンケーキ。
どれだけ自分は甘いものが好きなんだろうと思った。
もうここまでくると、本当に少女マンガの主人公にでもなりたいのかとさえ疑われた。
「残念ながら単なる幼馴染よ」
「うそだー!」
あまりにもあっけらかんと言い放たれて、「はい、そうですか」と頷けるわけもなく、
うっかり素の自分のリアクションをしてしまった。
私はケーキをほおばりながらしどろもどろに自分のフォローをしようと試みて
「いや、あの、さっきキスしてたじゃないですか」
デバガメした自分の悪趣味を曝け出すような発言をし、見事なまでに墓穴を掘った。
しかしながら、彼女はやっぱり常人と軌を逸しているらしい。
不快そうな表情をするどころか、ひどくおかしそうに笑った。
「貴方面白いわね」
と息も絶え絶えに笑うものだから、「あれ?私なんでこんなに気を遣っているんだろう」と
いう拍子抜けな気分になってしまった。
私はミルクティーを一口含んで、ふっと一息ついた。
「シュン君は片瀬さんのものなんですか?」
「違うわ」
涙を拭いながら、片瀬ユリはあっさりとまたしても否定してのけた。
もうここまでくると本当にわけが分からない。
「シュンは私のものじゃない」
「もう私のものじゃないの」
空気が一瞬にして変わったのが分かった。
素直がとりえで、分からないことはすぐ人に尋ねる私だったが、
どうしてそんな哀しそうに笑うのですかとはさすがに聞けそうもなかった。