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お気に入りの音楽を流しながらだらだらと土曜日を過ごす。

1人ってなんて素晴らしいのだろうと、振り回されない喜びを感じていたのを

見透かしていたかのように急に部屋の扉が開けられて、

ユリが不機嫌そうな顔で立っていた。

「ノックぐらいしろよ」とかなんとか言った瞬間、

喰らいつかれそうなくらいに眉間に皺が寄った顔の迫力に圧されて何も言えずにいると、

どかどかと部屋に入ってきて、

俺の寝転がっているベッドにラメのバッグを投げつけてどさっと座りこんだ。

「・・・珍しく機嫌悪そうで」

「当たり前よ」

いつもみたいに余裕に満ちたユリとは空気が違った。

横暴なことこの上ないのは元々であったが、

子供みたいに苛立ちを露わにするのはごく稀なことだ。

「最悪」

ついでに言えば、あからさまな悪態も稀な出来事だった。

そもそもにおいて、ユリは自分の思い通りにできないことがほとんどなかったし、

思い通りにならなかったとして、思い入れ自体が少ないために

自分以外のものに対して強烈な興味や感情を抱くことが無かった。

そんな、同年代女子に陰口を言われてもさっぱり気にしていないようなユリの怒る理由は、

自身に直接の危害や不快感が与えられた、ただその1つである。


髪の毛にささるピンと装飾を一個一個投げ捨てていく荒っぽさ。

折角綺麗にセットしてあげたとにと心の中で呟いて、

今朝行われたやりとりの一部始終を思い返した。









朝帰りをしてきた俺のもとに、ユリは髪の毛をいじれと乗り込んできた。

だるい眠いと言って跳ね返したかったが、

ユリがデートの時に髪の毛をセットするのはもはや毎度のことであったし、

黒くてさらさらしたその髪に触るのも嫌いではなかった。

差し出された道具を受け取って、鏡の前に座る用に指差すと満足そうな笑みを浮かべる。

ユリはお気に入りのクッションを俺のベッドから取り上げると、

鏡の前にぽすりと落としてそこに座った。

「今日もデート?」

「そう」

コテに髪の毛を巻きつけて、ランダムな巻き髪をつける。

「例の会社員?」

「一応そうね」

手に取った適量のワックスを髪に馴染ませて、毛先を綺麗に散らばせる。

「相変わらずよろしくしてるの?」

「どうかしら」

髪を捻りながら左耳を中心にしてアップサイドに固定していく。

「別れるかも」

最後に白いリボンを耳からたらすように留めれば完成。

「ありがとう」と言って立ち上がったユリは無表情だった。

すぐにでも出て行くかと思ったが、何を考えているのか俺の顔をじっと見つめ、

何?と視線で問うと裾をひっぱられた。

ユリがいつも使う合図だった。

俺は目線の高さをユリに合わせると、ユリは俺の首に腕をまわしキスをしてきた。

「おい、ちょ、」

軽く済むものかと甘くみており、思いのほかディープで怯んだが、

意外と力強く引き寄せられていたために、ユリのやりたいようにやられた。

「あーあ」

いつものように意地悪げな笑顔。

鏡を横目でみると、ユリの塗っていたピンク色のグロスが俺の唇に移っていた。

苺の香りのするそれが、ユリにしては幼く思えた。








「私おしつけがましい男って嫌い」

それがヤりながらいう女のいうことかと思いながら、ユリにキスをした。

たしなめても暫らくは気が収まらないのは知っている。

むしろ、ストレスをぶつけるためにしているといった方が正確だろう。

「仕方ないだろ」

相応の好意と同意によって交際は成り立つ。

好きすぎるが故に、少しくらい過剰なサービスをする男の気持ちも理解できなくはない。

一方で、過剰が別れの原因にもなるし、片方が耐えられなければそれまでだ。

少なくとも恋愛における感性は俺もユリ寄りだった。

「携帯鳴ってる」

ユリの鎖骨に唇をつけた所で、ベッドサイドの上にあるバイブがぶるぶると振動し始める。

ディスプレイには今付き合っている彼女の名前が表示されていた。

「出ないの?」

ユリの目に、悪戯をたくらむ少年のような光を見つけ、焦って携帯を取りあげた。

「また後でかけなおす」

「彼女、哀しむよ」

ユリは隙を見て俺から携帯を奪い取り、通話ボタンを押した。

もしもしとユリよりも高めで甘ったるい声が聞こえた。

俺はその電話に出ざるを得なくなり、頭を押さえたい気分だった。

面倒そうな俺とは逆に、ユリはとても面白そうだった。

今日というこの日以上に、ユリのことを鬼だと思ったことはないだろう。

「もしもし」

あ、シュン君?電話に出たのに声しないからびっくりしちゃった。

諦めの溜息一つの後に聞こえてきたのは、

俺とユリが如何わしいことしてるなんて思いもしないだろう、明るい声。

スピーカーを通して彼女の声が漏れ出し、会話は筒抜けだった。

内容は聞かれても大したことのないような、明日のデートのことだった。

用件を事務的に済まして切ろうとすると、まだ話したそうな雰囲気であったが、

適当な言い訳をつけると、分かったと健気に言った。

うん、じゃあまた明日といって俺が電話を切るその瞬間まで、

ユリはいつものように大きな二重を意地悪げに薄っすらと細めて俺を見つめるのだった。

「切ったよ」

「デート楽しんできてね」

いっそ純粋に見えるまでの笑顔を向けられ、手に持っていた携帯はベッドボードに置かれ、

俺の横に寝そべっていたはずのユリはいつのまにか跨っていた。

「彼女のこと大切にしてあげなきゃダメよ?」

そんなことをいうならば、こんなことを止めるのが一番なのではと脳裏で思うが、

俺とユリにとってそういうことをするということは、

一緒に遊ぶとかスポーツするとかと次元が同じことであった。

一緒にテレビ見たり、ゲームしたり。

それをやめなければならない理由がないのと同じことであった。









やめなければならない理由はないけど、続けなければならない理由もなかった。

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