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ありふれた話の外側のお話4

片瀬さんはきっと、白雪姫の生まれ変わりだろう。

本人曰くすっぴんらしいのだが、艶やかな長い漆黒の髪に、

雪のように透き通った肌、林檎のように色付く頬っぺた、そして真っ赤な唇。

どれをとっても化粧をしている私よりも優れている。

それだけ愛らしいというのに、右手には缶ビール(発泡酒はお断りらしい)、

つまみは砂肝とサラリーマン志向まっしぐらだ。

「何か顔についてる?」

顔に穴が開くくらいに凝視していた私の視線に耐えかねたのか、

テレビに向けていた視線をこちらに移す。

早いものでもう年の瀬、大晦日である。

生まれは北の方で12月にもなれば雪も降っていたので、あまり実感が湧かない。

私が実感を抱こうが抱くまいが、世間は関係なく時を遅らせるようで、

テレビでは年末恒例の紅白歌合戦が行われている。



本当は実家に帰るつもりでいたが、片瀬さんに誘われるがままに

シュン君の部屋で年越しを過ごすことにした。

元々、ホームシックするような性格でもなかったので、

親不孝ながら特に強く帰省する意志もなく、

片瀬さんの誘いもあったので別の長期休みに帰れば良いかと考えていたのだけれど、

電話越しのお父さんの声がとても残念そうに落ち込んでいるのがバレバレなのにも関わらず、

元気ならそれで良いんだという健気なことを言うものだから、

さすがにこれは帰ってあげないと可哀想だと思ったのだった。



そんな紆余曲折は私の心の中に仕舞っておけば充分なことで。

コタツにあたりながら、行く年来る年にチャンネルを合わせ、

煩悩の数だけ撞かれる除夜の鐘をテレビ越しに耳にするのは日本の慣習みたいなもので。

例にならってシュン君と片瀬さんと私は、0時に表示が変わった瞬間、

「あけましておめでとうございます」

と、お互いの顔を見合わせながら、変えようのない新年の挨拶を告げあった。





学校の近くに明治神宮といったような立派な寺社はなく、

1回は立派な所に初詣に行ってみたいと田舎モノな夢を持っていたけれど、

テレビで放映されるように何時間も並ばないと賽銭箱に辿り着けない現実ならば

小さな神社で楽しくお祈りを出来た方がよっぽど言いように思えた。

さすがに外は暖房の効いた部屋と違って頬に冷たく、

通りすぎていった風に思わず身を縮ませたが、

新しい年を迎えたということもあってか、寒さはむしろ心地よくさえ感じられた。

ぺたぺたというシュン君のスニーカーの音と

カツカツという片瀬さんのヒールの音と

ぽてぽてという私の足音は空気の澄んだ新年の夜によく響く。



お正月特有の飾りつけに彩られた鳥居を潜り、

足元に向けられていた視線を上に上げれば、

先程から耳に届いていた新年特有の活気が目の前に広がっている。

あけましておめでとうございます、という言葉。

じゃらじゃらという音の後にパンと乾いた手の平を打つ音。

おみくじに一喜一憂する人々の無数の声。

一年に一度しか感じられないと思うと尚更にそれらの響きが特別に聞こえた。




鳥居を潜り、石畳を踏み、お賽銭に小銭を投げて手を合わす。

お願いごとは浮かばなかったから、

一年健康に楽しくすごせますようになんて平凡なことを考えた。

なんだっていつも容量が悪いのだろう。

歩いているうちにお願いごとの一つでも考えればよかったのかもしれないけれど、

私と並んで歩く2人の存在で頭も心もいっぱいで

手を合わせるそのときまで、願いごとのことなんて思いつきもしなかった。


通例的なその行いを追え、冷え切った体を温めるために甘酒を飲むことになったのだが、

片瀬さんが前にも言っていたようにシュン君は恐ろしくジェントルマンだった。

甘酒を飲もうと提案したのはシュン君で、

一緒に行くよという前にちょっと待ってってと言って買いにいったのもシュン君で

「熱いから気をつけてね」と笑顔つきで渡してくるのもシュン君で。

それら全てに何の免疫もない私がときめくのは仕方のないこと。

片瀬さんのものだと分かっていても好きなのはどうしようもないことなのだ。


きっと片瀬さんは私がシュン君のことを諦められないと言っても怒らない。

私の周りにいる女の子のように、

ただ好きな人が同じだというだけで怒ったりしない。

むしろ、当たり前だと言って笑うだろう。

それでも、私はそう思った自分が酷く醜く思えて仕方がなかった。

シュン君のことは好きだ。

それでも綺麗で少しだけ変わってて、私といることを楽しんでくれる片瀬さんが

シュン君と別の意味で、だけど同じくらいの強さで好きだ。


どうして私は2人のことをここまでも好きになってしまったのだろう、と

後悔に似た気持ちで一杯になった。


胸の中一杯に苦いもので膨れ上がって喉まで競りあがってきたので

私はカイロを包むように両手に持っていた甘酒をイッキに飲み込んだ。

酒粕特有の甘さに少し咽そうになったけれど、

なんとかしょっぱい涙を出さずにはすんだ。

「どうかした?」

シュン君の少し困ったような心配するような声に、私は首を横に振った。


私は片瀬さんの方を向く。

片瀬さんは私の視線に気付き、それに気付くようににっこりと笑った。

深く暗い虹彩の奥に光を孕んで揺れる大きな瞳を縁取る睫毛が夜気にしっとりと濡れ、

寒さで少し赤く色付く目元がなんて綺麗なんだろう。

「あんまり甘酒って好きじゃないけど、なんだか美味しく思えるものね」

それって3人一緒だから?って尋ねたかったけれど、

なんだか野暮ったい気がして、ただ大きく首を縦に振る。

片瀬さんは楽しそうに声を立てて笑ったので、

私の勝手な思い込みであったとしてもそれで良いと思った。





あけましておめでとうございます。

心の中で誰ともなく、小さな声で呟いた。

ああ、今年は一体どんな年になるのだろう。

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