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18

車のゆったりとシートに体を埋めて、横に流れていく街灯を見ていると、

似ても似つかないのに揺り篭にゆられながらがらがらに夢中になる赤ん坊のようだと思った。

「疲れた?」

「全然」

運転席からかけられた声に窓に向けていた顔を振り向かせて少し笑う。

そうしてまた私は街灯が流れていくのを何度も見送る。

今度は流星群のようと思って、ゆっくりと瞼を下ろして、その裏に光を探す。

揺り篭よりも車よりも、シュンのこぐ自転車の後ろに乗っているのが一番幸せ。





私はいつも閉じた瞼をスクリーンにして、記憶の海に沈んでいく。





おばさんが、見つけたからと言ってシュンのアルバムを手渡された。

少しだけ日焼けした表紙を捲るとたった数年で激変を遂げたシュンに紛れて

変わり映えのしない私が所々移りこんでいた。

昔の自分を見る恥ずかしさを隠すために不機嫌そうに取り繕うシュンを想像して

堪らなく愛おしいという感情が溢れ出した私は

おばさんに感謝の言葉を一つ述べてシュンの部屋へと上がっていく。

扉を開けると休日の昼だというのにだらだら寝ているシュンの背中が見えて、

子供の悪戯みたいだ、と思いながら鼻の頭を摘んで口を口で塞いだ。

始めは寝ぼけているのか得体の知れないものを払いのけるように方向違いな方へ手を左右に払う。

寝ぼけた手は人一人を跳ね飛ばすには不十分な力しかなく、

次第に息苦しさに眉間に皺を寄せて薄っすらと目を開く。

やっと起きた。

まだ、私だと認識していないのだろうけれど、

今シュンの目に浮かぶのは間違いなく私の顔だ。

「・・・ユリ?」

寝起きの掠れた声で呼ばれて酷く満足する。

「良いもの持ってきたの」

訳が分からないといって寄せられた眉毛にまた、酷く満足した。




「いがぐり頭、懐かしい」

「せめてスポ刈りって言えよ」

私はゲームをするシュンの背中に寄りかかりながら、ぺらぺらとページを捲る。

シュンは過去の振り返るのも恥ずかしい自分についてこれでもかと語られることに耐え切れず、

隙を見て奪おうとするが私は身を翻して届かないようにした。

「可愛くねー奴」

シュンが不貞腐れて呟くその一言が嫌いじゃなかった。

面と向かっていったら仕返しされるから大きな声で決して言わない。

本人は気付かれていないと思っていたようだけど、

人が傷付くその言葉がむしろ嬉しかった。

私は、よく言えば聞き分けのいい愛想の良い子供だった。

可愛いと挨拶のように言われた。

言われるのは少なくとも全く言われない子よりも実際に可愛いからなのだ。

しかしながら他人の発する可愛いから突き放した響きを感じた。

説教や暴言を口上に乗せる程の親密性を欠く、外面だけの遣り取り故に生じる賞賛であったからだ。

だから、シュンから発せられる「可愛くねー」は真実で心地良かった。

突き放してない、いつも真っ直ぐな言葉をシュンは私にくれる。


今も可愛げの無さが変わったとは到底思えない。

煩わしさから逃げるために私は良い人のフリをする。

どこかで悪口を言われても構わないが、少なくとも体育館裏に呼び出されて

複数の女子に取り囲まれるという直接的被害から自分を遠ざけたかった。

喜怒哀楽に振り回されることは無力感と疲労感を感じた。

感情の赴くまま、冷静な判断を下さずに行動をすることはあらゆるものを私に消費させる。

ある意味で私は酷く快楽的なものが好きだった。

楽しいこと、気持ち良いこと、目新しいこと、自分に都合の良いこと。

シュンにはよく能面みたいな愛想笑いだなんだと嫌味を言われたが、

私が笑うときは正しく私の感情が表面化されている。






幼稚園から小学校、中学校と年次が上がるごとに私の写る写真も減っていった。

それに加えて、中学高校と撮り始めたプリクラの中には私は一枚も写っておらず、

シュンの友達だったり、その時々の彼女だったりが写っている。

大げさだけれど私はお化けにでもなった気分だった。

過信ではなく確信をもって私はシュンの心の占有率、特に女というカテゴリーにおいて

大きな比率を占めていると言えるだろう。

しかしながら、シュンと共にいる記録としての私はその間一切存在せず、

虚ろ、むしろ無いに等しいものなのだ。

「ねぇシュン」

寂しいと思ったわけではない。

「写真撮らない?」

独占欲と言うにはあまりにも軽やかにその言葉は私の上を滑った。



「母親が忘年会の景品でもらってきたみたい」

玩具のようなポラロイド写真にフィルムをはめながら独り言のようにいらない説明をするが、

大抵そのような経緯は聞き手にとって何の興味も誘引しないもので、

返ってきたのは「ふーん」という当たり前の生返事だった。

「こっちむいて」

私は嫌がるシュンの顔の横に自分の顔をぴったりとくっつけた。

通常よりも小さいフィルムに上手く写すために多少押し付けるような形になり、

私の頬にシュンの緩くパーマのかかった柔らかい髪が当たった。

「はい、チーズ」

典型的な掛け声と共にフラッシュの眩しい光が一瞬だけ視界全てを覆い、

そのあと少し間をおいて、焦点が実像を結び始め、

先程と何も変わらないシュンの部屋を写しだした。

フィルムに絵が浮かび上がるまでの間、団扇で扇ぐようにひらひらと上下に振る。

「そんなに嫌?」

私は口の端を上げる。

シュンが不機嫌そうに眉間に皺を寄せてるからだ。

歪んでいるとは分かっているけれど、そういう顔をされると胸いっぱい満足感に浸される。


「見て、上手く取れてる」

安物の割に比較的綺麗に浮かび上がった写真には、

少しだけそっぽを向くシュンと、相変わらず均質な笑みを浮かべる私が写っていた。

彼女に見られたら喧嘩になるかしら、と言いながら私はシュンに写真を手渡す。

渋々受け取りながらそれに手にとり、数秒の間無言で眺めてからシュンは口を開く。

「お前性格悪くなったけど、やっぱ女なんだな」

反射的に続きを聞きたくないと思った。

「綺麗になったと思うよ」

自分の言ったことに気付いてシュンは気まずそうに視線を私と逆方向に向けた。

私はそんなシュンの様子とその言葉にに小さな絶望を感じた。




照れながらも真っ直ぐに届いたシュンの視線が少し斜めに走るようになった。

シュンは男になって、私を女として見るようになった。




望んでいるようで、それは私の求めているものとかけ離れ始めているように思われた。

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