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後一ヶ月もすれば大学入試が始まる。

都心では雪が1センチでも降れば混乱するインフラに悩まされる受験生も多いだろう。

来年は上手くいけばそんなインフラに4年間仲良くすることになる。




俺はこの街から出て、ユリとも離れ離れになるのだろうか。




舞い落ちる雪がそれでも確かに積もって、白髪の老人のようだ。

軽く払い落とすと、ユリの艶やかな黒髪が姿を現す。

何をやっているのだろうと思った。

俺はユリの体をぎゅっと抱き締めながら寒空の下に彼是20分近く立っている。

一方のユリは泣き方の分からない子供のように、ずっと体が強張っている。

「どうしたんだよ、本当に」

ユリが泣いているのを初めて見た。

そして、その動揺は大津波となって俺の心の中をぐちゃぐちゃにした。

どうしろというのだ、とユリに尋ねたところで、

いつもみたいに余裕綽々で、さぁ、とか意地の悪い笑みを浮かべるどころか、

私にきかないで、と駄々っ子のようなことを言うばかりだ。


「シュンの匂いが好き」

凛と響くいつもの声色より少しくぐもって湿った音。

「骨格が好き、肌質が好き」

「体目当てかよ」

悔し紛れに出てくる言葉があまりにも凡庸なのが余計に情けない。

「そうよ、だから、絶対に誰かにあげない」

自分勝手なユリ。

俺の感情は赤だったり、青だったり、紫、黄色、水色、緑と何色にも塗り重ねられて

最終的には真っ黒に何色にもなれない感情に塗りつぶされていく。

泣きたいのはこっちだと突っぱねてしまいたかった。

事実ユリの細い体に回していた腕を緩めて遠ざけてしまおうかと一度体が痙攣したが、

やっぱり俺はゆりの自分勝手さを突き放すことなどできなくて、

ユリの思い通りに動かされていく。

理不尽で、綺麗で、悔しい。

ユリが今日ないても、明日には忘れても俺はずっとユリに囚われている。

言葉の1つ、温度の1つ、色の1つ、全部が俺を雁字搦めにする。

気付きたくなどはなかった。

不毛な片思いよりももっと実のないものだ。

(好きだ、それでもう充分だろう)

喉をせりあがってくる胃酸のような気持ちの悪さをぐっと飲み込んだ。

体の中を不愉快なものが這いずり回っているような気がする。

憎しみとかそんな激情的なものでない。

黒く底に澱む、緩慢な感情。

「何だかすっきりしちゃった」

ユリはするりと俺の腕から抜け出した。

「何だよそれ」

明らかな憤りを感じた。

自分勝手で、悪戯っ子の子供のように笑って、今度はそうやって泣いて。

それなのにも関わらず「何にもない」?

散々気持ちをかき回すだけかき回して、自分の気が済んだら終わり?

「シュン」


「私はシュンが思っているよりずっと」

その次の言葉は紡がれなかったが、ぞっとした。

悪戯っ子のような笑みも涙も全部計算ずくだったのだ。

振り回して動揺を誘うのも全部全部。



だから。

何でだろうずっと異性として触ったり、動揺したり、

曲がりなりにも好きという感情を抱いていたはずなのに

その考えにだけはずっといたらなかったの。

あまりにも当然に、昔と変わりなくいたから。







茫然自失とした俺を魔物の巣窟にでも誘いこむかのように、

ユリは腕を引き、促されるままに俺はベッドに座り込んだ。

だらりと項垂れた視線の先は自分の手元ら辺で虚ろにさ迷った。

ユリが部屋に入ってくるのを視線だけ少し上げて見る。

後ろ手に戸を閉めるユリの優越感に満ちた表情は、

獰猛だが美しい獣そのものだった。

脱力した俺にユリはその淡く白光する指先をのばして

するりと俺の首に腕を回す。

抱きすくめられるまま、先程とは真逆にユリの胸に頭を預けた。

(子供扱いしてたのか)

ある一面、ユリが一般的な女子よりも遥かに大人びているのは分かっていたが、

俺の前にいるユリは当たり前に年相応だと愚かしくも信じ込んでいた。

過去を振り返って、結局俺はユリの良いようにされてしまうくらい、

簡単に騙されてしまうくらいにいつも子供だった。

追いついて置いてかれて、また傍にいくまで待たせている。


首を持ち上げるとユリからキスをされる。

そういえばユリからされるのは随分と久しぶりに感じられた。

ここ最近はいつも自分から触れてばかりのような気がする。

自分の腕が作る檻の中、逃げ出しても必ず戻ってくると信じてうたがわなかった。

それは間違いではないのだろう。

確かにユリが俺をユリのものだと豪語するくらいなのだから、

彼女の恋だの愛だのとは到底言えないが、

普通の人が抱く以上の強い感情、執着は存在する。

だからユリは俺を放そうとしないし、自分から離れようとしないだろう。

飽きているのだったらとうの昔に自分から俺を突き放していたはずなのだ。

(それでも)

何もない。

幸せとか、お祝いとか、大好きだとか。

酷く安っぽく聞こえるけれど、肝心の何かが俺たちには無い。




ボタンを外し終えたユリの手は鎖骨をすっと撫でた。

「ヤってばっかで頭悪くなりそう」

ユリは俺の何の意味もない言葉にふっと軽く笑みを零して、

ゆっくりと俺の肩を押して、ベッドに俺の体を倒す。

ベルトを外す金属音は、自分がするものに比べて遥かに生々しく響く。

ジッパーを開ける音、され慣れた行為のはずなのに

気恥ずかしいような躊躇われるような気持ちに襲われたが、

まるで薬でも飲まされたかのように俺は抗う手を持たなかった。

意識の中に白濁が混ざる。

薬でトリップしてもこんな気分がするのだろうか、と

飛びそうなその一瞬で夢想した。






「おはよ」

今日から受験直前の冬期講習が始まる。

ユリは相変わらずのように、門の前で立っていた。

俺はそれに対して何の怒りもわかなかった。

まだ寒い風を頬に感じながら、だらだらと続くあの道を

ユリを後ろに乗せて、変わらない日常を走るのだろう。

悪いと思わなかった。

俺は相変わらずユリとすることはするだろうし、

離れるのだろうかと思ったけれど結局腐れ縁よろしく

別の大学にいったところで離れられないのだろう。

それで良い。

好き、という言葉ももうどこかへ消えてしまった。

その感情を吐露するのに自分はあまりにも子供だということが分かってしまった。

支えたいとかそんな大それたことは思わない。

ただ、素直に口に出せる日があったら言葉にしよう。








とりあえず、俺はこの街から出よう。

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