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15

レモン色のビニール傘。






とりあえずカップルらしいことをしようということに収まり、

昼ご飯を一緒に食べたり、一緒に帰ることにした。

行動を共にする時間が長くなっただけで、

している会話は図書委員の当番の時とそれほど変わりはなく、

変わったといえば、残り少ない思い出作りのための計画を話すことだろう。

「映画見に行こうよ、あと遊園地とか、海とか」

「ベタな所ばかりね」

「ベタなことをしたいからね」

呆れた、と心の中で呟くし、あえて顔にも出したけれど、

私は彼のしたいようにするまでだと思ったし、

それを分かっている彼はやっぱり笑うだけだった。



「雨」

話の流れを遮るように小さく呟かれた言葉に促されるまま窓の外を見ると、

景色に藍色を混ぜたように薄暗く、雨垂れは世界の輪郭をぼんやりとさせた。

あまり気に留めていなかったけれど、随分と前からしとしとと

雨の降る音を耳にしていたように思う。

「もう、閉館の時間ね」

私は自分の腕時計に目を下ろす。

「傘持ってきた?」

私は軽く一度だけ首を横に振る。

彼はそんな私に嬉しそうに、ちゃんと天気予報見なきゃと言って笑った。

図書館から下駄箱に向かう間、誰一人の生徒にも先生にもすれ違うことはなかった。

ただでさえ、放課後で用事もない生徒は雨降りのために

普段よりも早く帰っているようであった。

授業中では声を張り上げる先生達も、今はただただ静かな大人であるらしく、

下駄箱からすぐ入ったところにある職員室からは光が小さく零れ落ちているだけで

大きな音は何一つせず、雨に吸い込まれているような静寂だった。

「暗くて、静かだね」

当たり前のことを彼の口は発しっているのにも関わらず、

酷く、染み入るような、波紋を広げるような響きに聞こえた。

なんとなく、蛍光灯の消された廊下を歩いている時に目の端で捕らえた蛇口を思い出す。

ステンレス製のどこにでもあるそれは、闇を孕み鼠色に鈍くくすんでいるのに、

丸みの所で外から入る外部の光を一点に集めて、冴えるくらいの白さに見せた。

締まりが悪く、零れ落ちた水滴の音は廊下の端から端まで響いたように錯覚された。



開かれたレモン色のビニール傘に2人で入る。

小学生カップル2人には丁度良いのかもしれない、というくらいの大きさ。

随分前に、原油高騰によってビニール傘の大きさを小さくしたというニュースを

たいして興味もなく聞き流していたが、もしかしたらその影響を受けた傘なのかしらと

どうでも良い思案に一瞬更けた。

「肩、濡れているわ」

考えれば高校生2人が入るには小さすぎる傘なのだ。

ぴったりとくっついていれば問題もないのだろうが、

今は腕と腕が時折触れ合う程度の距離感を保っていたわけで、

こちらが濡れていないとなれば彼が必然そうなることは分かることだった。

「気付かなかった」

そんなこと、見え透いた嘘だなんて分かっている。

それでも笑って気障なことを言う彼が嫌いじゃなかった。

「良ければこれ使って」

私はハンカチをポケットから取り出して、肩についた水滴を払う。

「洗って返すよ」

「早く帰りましょ、雨が強くなったら厄介だわ」

「デートの日は晴れだと良いね」

そうね、とは言わなかった。

きっと彼は晴れようと雨が降ろうと、やっぱり気障な一言で私を呆れさせるのだろう。









小さな、黄色いバラ。






約束の最後の日。

だからといって私達は改めて「今日が最後だね」というような言葉も態度も一切ださず、

今までの外出でしてきたように、

駅前で待ち合わせてランチをするためにどこかの店に入り、

とりとめもない会話をしながらご飯を口に運ぶ。

いつもと違ったことと言えば、お互いがお互い饒舌だったことだろう。

だから、今日という日になって初めてしったことの方が山ほど多かった。


一通りお店を見回り、休憩のためにファーストフード店に入った。

入って暫らく話していると、ふと彼は何かを考えに耽るように黙った。

私は変わったものでも見るかのようにずっと様子をうかがっていたが、

急にちょっと待ててと言われて店を出る姿も、

いぶかしむことなく、いってらっしゃいと小さく手を降って飲み物に口を付けた。

彼は言葉通りに程なくして帰ってきたのだが、

先程手には握られていなかったはずのものがしっかりと握られていた。

「とりあえず出ない?」

黄色いバラの花束を抱えた高校生ってとっても滑稽だと思うのだけれど。

それ以上に彼の息を乱す姿の方がよっぽど面白く思われた。


近くの公園にあった噴水の淵に腰かけて、改めて花束を受け取る。

「貴方から貰うものって黄色のものばかり」

「赤だと情熱的過ぎるからね」

私はバラに顔を埋めて匂いを嗅いだ。

強烈な香りではなく、甘くそれでいてさらりとした香りだ。

彼は私のその様子を見て満足げに微笑した。

「ありがとう、短い間だったけれど楽しかった」

「さようならは、言わないわ」

自分から三文小説のような台詞が出るとは思わなかったが、

心を許した人と別れる哀しみを認めたくはないという率直な気持ちだったのかもしれない。

彼はいつもの私らしくない私を、いつもの曖昧な笑みを浮かべて

「きっとまた会いに来るから」

といって、私の頬に手を添え、キスを1つした。

離れていく瞬間彼は何も言わなくて、「じゃあ」の一言もなく、

軽く手を振って笑って、そのまま背中を向けて二度と振り向かなかった。








久しぶりに訪れたシュンの家は人が出払っているらしく静かだったが、

自転車が残っていることや玄関の鍵はかかっていないこと、

シュンの靴が残っていることからも彼が家にいることは推し量られた。

私はあまり音を立てないように階段を一歩一歩登る。

外は真夏で、そこを歩いてきたために滲んだ汗が首筋を伝う。

なんの躊躇いもなく、私はシュンの部屋の扉を開けた。

「久しぶりだな」

シュンはなんとも言えない気まずそうな表情のくせに、

平静を装うかとでもいうように、妙な顔の筋肉の動かせ方をした。

そんなシュンの様子とシュンの部屋の匂いに、

日常に帰ってきたのだ、という妙な実感が私を満たした。

「デートの帰りなの」

「楽しかった?」

「うん、最後だったし」

「別れたの?」

「そうよ」

「珍しく上手くいってそうだったのに」

かなり上手くいっていたのだろう。

実際に相互不理解が理由で別れたわけでもないのだ。

ただ、始まる前から終わりがあっただけのことだ。

「夏休みが始まるまでって約束だったの」

まるで夢のようだった。

醒めると分かっている夢だった。


「シュンは小さな黄色いバラの花言って葉知っている?」






「“笑って別れましょう”」






「最後までキザね」

シュンの顔が歪んだ。

何でシュンが哀しそうな顔をするの、と茶化したら怒らせてしまったみたいだ。

私は花に添えられていたメッセージカードに目を落とす。

たった一言綴られたそれは、ひどく彼らしいと思った。







ありがとう、私は確かに貴方のことが好きだった。

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