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そう、それはどこにでもありふれた話。









僕とユリは、僕の家の縁側に座って大きく育つ向日葵を楽しみ、

暑さを冷たく冷やされた麦茶で紛らせながら何気ない話をしていた。

話の途中までは僕たちのありきたりな会話だったのに、

いつの間にかユリにとっては日常の、僕にとっては理解を超えた話にすりかわっていたのだ。

「は?」

僕はユリの言った言葉を理解することができずに、酷く間の抜けた返事をした。

凡庸なリアクションが面白くなかったのであろうか、ユリはだからー、と眉を顰める。

「気持ち良くなかったの、キスが」

それを僕に言ってどうなるんだ、というのが正直な意見だった。

中学校1年の夏、女の子の恋愛に対するモチベーションとか行動について

全く興味がなかった。

中1男子なんて男同士でつるむのが楽しいし、

女といちゃつくとかいう考えなんて露ほどもなく、

あったとしても川原でぼろぼろになりながらも官能的に笑うエロ本の中身くらいだ。

だからひどく、そのエロの前段階であるはずのキスというものが非現実的であった。

僕の非現実をユリは現実で、日常の一行動であることに動揺が隠せなかった。

「だからなに」

混乱した僕の率直な感想だった。




「キスしてみよう」



ちりんちりんと風鈴の音が涼しげに鳴ったが、風情もへったくれもない。

僕は酷く目を見開いて、口をへの字にきつく結ぶ。

そんな滑稽な様子を見てユリは面白そうに目を細めて、口の端をあげた。

「ね?」

ねじゃないよ、と思っても口は縫い合わされたかのように開かないし、

首も石像になったかのように縦にも横にも動かなかった。

本当にとんでもない幼馴染である。

我が侭なことは最初から分かっていたが、まさかこんな無茶苦茶なことまで言われるとは

正直思っていなかった。

少なくとも、ユリは僕がファーストキスもまだなのを知っていて言っているのは明白で、

僕は僕なりにそういったものに対する憧れも多少なりあるわけで、

見事に土足で青春を踏みにじられた、途方も無い気持ちになったのだった。

「シュン」

「・・・やだよ」

「何で?」

「なんでっ・・・」

僕がうだうだ言っているうちにあっさりファーストキスは奪われてしまった。

喪失に涙が出そうになったが、実際のところ、単純に気持ち良かった。

5秒くらい触れていただろうか、僕は驚きのあまり目を閉じられず、

間近にあるユリの睫毛の長さに心振るえた。

「どう、だった?」

普通だったらユリが訊く台詞だろうが、何故か酷く反応が気になった。

「全然違った、びっくり」

ユリはやや頬を上気させて、珍しく興奮気味だった。

そんなユリに、僕は「そっか」と言う代わりに、自分からキスをした。











女豹(むしろ女帝)ユリにも多少可愛い時代というものがあったのかと

しみじみ思い出される。

それは今にしてみればという話で、本質的に昔も今と同じで、

年齢による経験値の差から見れば全然可愛くない。

それでもキスにドキドキするユリなんて今のユリからは到底創造できない。

「シューン」

「なーに」

「今の彼女とは上手くいってるのー?」

「行ってるよー」

むしろ幼馴染とは言え、女の子を自転車の荷台に乗せて毎日登下校してるのにも関わらずだ。

中学校で初めて女の子と付き合った時からそうだった。

理由は当然ユリにある。

昔からかなり頻繁に告白されるという場面に行き当たってきたユリだったが、

同年代と実際に付き合ったのは中1の時に初めて告白してきた2こ上の先輩くらいだった。

しかも理由が「経験として」という酷く殺伐としたもので、

先輩としたチュウがかなりお気に召さなかったらしく、

俺のファーストキスを華麗に奪い去った次の日にはあっさり別れていた。

それ以降、「同年代は面倒だ」とかいっていつのまにかちゃっかり高校生と付き合っていた。

以来ユリの思考は見事なまでに年上思考になり、

ものの見事に同年代をフリ続ける話はすっかり広まっていった。

そのユリのふりっぷりが余りにも見事でかつ、俺に対する態度があまりにもだったのもあり、

俺と付き合う女の子はもはや『ユリ=男』くらいに捉えていることがはっきりと分かった。

「たまには自分の足で登校しろよ」

下り道のためにこがなくても軽快に回り続ける車輪の音が、

夕方の少し涼しくなった空気とあいまってか心地良い。

ユリは珍しく横乗りではなく、背中を俺に預けるような格好で荷台に乗っていた。

「いやよ」

「お前なー」







「だってシュンは私のものでしょう?」






思わず、ききっと急ブレーキをかけてユリの方に振り返った。

彼女は不敵な笑みを浮かべる横顔だけを俺に見せた。

あまりにも綺麗で、性格の悪い笑みに心臓がどくりと不健康な脈を打った。


「荷台も体も彼女に貸してあげるわ」


「・・・」


「でも私のものだから貸してあげるだけ、あげたりしない」


なんて自分勝手なもの言いなんだ。

言葉も出ず、立ち止まる俺に「ほら、早く」とこともなげに帰宅を促すユリが

酷く憎らしく思えた。

振り回されるだけ振り回して、

人のこと人と思っているのかも怪しいのに、

年頃の男と女なんて理由をつけてしまえば簡単なのに、

俺はユリから離れる選択肢を選ばない。

「猫かぶり」

悔し紛れに悪態をついて、ペダルをこぎだせば、

「猫ってかぶるために有るのよ」

と分かるような分からなことを鼻歌のように言った。









ユリの胸元でパタパタと揺らめく黄色い団扇が俺を嘲笑っているようだった。

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