14
四角い、黄色のラブレター。
シュンは下駄箱から舞い落ちたそれを拾い、私に手渡す。
今時こんな古風なことをする人がいるのだろうかと興味深く思われた。
封筒を裏返すと名前は書かれておらず、シャイな男性かしらと推測する。
便箋を取り出して、几帳面に折りたたまれたそれを開くと
『今日の夕方5時に体育館裏に来て下さい』と書いてある以外に何もなかったが、
その名前もないラブレターの主の筆跡に酷く見覚えがあった。
脳裏を過ぎるうすっらとした笑顔。
「少女漫画の見すぎだろ」
後ろから手紙を除いたのであろう、シュンは一言悪態を吐いた。
確かにそうかもしれない。
いかに興味深いとはいえ、ラブレターの主に心当たりがなければ笑っただろう。
もう一度手紙に目を落とすと、やはり見慣れた文字が並べられているだけだ。
「行くのか?」
返事のない私に不安を掻き立てられたのか、シュンは少しどもった声で尋ねてくる。
今更誤解も何も言い訳すらもない。
私がいかにシュンのことを思っていたとして、
甘ったるい女を演じることなど到底無理な話なのだ。
「多分、その方がいい気がする」
耳の奥で、静かに私の名を呼ぶ彼の声が聞こえるような気がした。
呼び出しされるままに体育館裏へ行くと、私の予想していた人がそこにはいた。
「ベタな呼び出しをするのね」
「君なら面白がるかなと思って」
いつも通り、幸せなのかそうじゃないのか分からない笑顔を浮かべていた。
ラブレターの主は私と当番を共にする他のクラスの図書委員だった。
週に1回の当番で多くは話さなかったが、意外と本の趣味は合うらしかった。
また、彼自身それほどおしゃべりなタイプでもないらしく、
物腰は至って柔らかく、むしろ消えてしまいそうなくらいに思えた。
常に顔は笑顔で、少しからかってみてもその表情はあまり変わらない。
声もどこかハリにかけて、何よりも地毛だというのに色素の薄い髪が
彼を普通の高校生とどこか遠いものにしていた。
「片瀬さんって木村君のこと好きでしょう」
放課後の図書館で彼から唐突に発された一言だった。
幸いなのか、我が学校には読書熱心な人がほとんどいないらしく、
閑散とした中で、その言葉を聞いた人がほぼ100%いなかった。
「どうして?」
私はいつも通りの笑顔で言っている意味が分からないというフリをした。
動揺しなかったのは、女の子から幼馴染と言うだけでその手の話をされるからだ。
根掘り葉掘り聞かれても、随分と的外れなことばかりで面白くもなんともない。
好きとか嫌いとか、恋愛とかそういう秤で言うなら今付き合っている人の方が
よっぽど彼女たちにとって興味のありそうな話ができそうなものを。
「時々、眩しそうに木村君のこと見てるなって」
当たってる?と笑う、その下に何だか喰えないものを感じる。
「そうだとしたら?」
私も大概そのときはどうかしていたのかもしれない。
「あの時、答えなかったから」
だから、今更こういう形を使って答えたというのか。
「俺、夏休みに転校するんだ、ここからずっと遠い学校に」
初耳だわ、といつものような軽口でも1つ叩けば良かったのに、
何故か彼には酷く調子を崩されてばかりだ。
私は彼が結論に行き着くまでの一言一句を聞き逃すまいというように、
じっとじっと目を見つめ、耳を澄ます。
彼はそんな私の様子に理由もなく笑い、口を開く。
「だから、それまでの時間を俺にくれないかな」
薄っぽい唇が、スローモーションみたいに開かれ、窄まれ、歯を見せる。
「呆れてものも言えないわ」
呆れている、少女漫画のようなそんな申し入れに、
そして途中から展開が見えていたくせに何も遮らなかった自分に。
「で、どうする?」
どうするも何も答えなど分かっているから呼び出したのでしょう?
私は少なくとも彼に対して、同年代に抱く特有の嫌悪感を抱かなかったし、
最後で期限付きでなんて言われたら強く拒絶する必要もない。
私は首を縦に振るばかりだ。
噂の伝達速度は酷く速いらしい。
教科書を取り出していると、ふと机の上に影ができたことに気付き視線をあげると、
シュンが何だか不機嫌そうに立っていた。
こんなことを本人に言ったら怒るのだろうけれど、
小学校の頃、シュンが楽しみに最後まで取っておいた唐揚げを
私がそれを知っていながら食べてしまった時の表情に似ていて少しおかしかった。
「どんな気まぐれ?」
何のことと聞かないのは、シュンの怒髪天を衝いてしまうからだ。
昔から隠し事をしようとしても私にはできないシュンは、
私がいとも簡単にシュンに隠し事をしてしまうため、彼はそれを嫌った。
「さあ」
敢えて抑揚の押さえた声を出した。
いつもだったら話すだろう、秘密を嫌がるシュンのために、
聞いてない、と言われるくらいに細かく話すだろう。
しかしながら、今回の件に関していえば、
秘密を嫌がるシュンのために話せる99%から漏れる1%の出来事だった。
何も言わない私に隠せない憤りで、少しだけ肩が揺れているように思えた。
「あと、暫らくは家まで送ってくれなくて良いから」
私はなんて冷たく酷く出来上がってしまったのだろう。
教科書を出してとんとんと綺麗に揃えてから、筆記用具と一緒に腕に抱えて立ち上がる。
次、移動教室でしょ、と抑えた声のまま言えば、
泣き出しそうなイラついた表情を一瞬顔に浮かべてすぐに無表情になった。
シュンに慰めの言葉1つもかけなかった。
私の一挙手一投足に振り回されるシュンを見ていると酷く満たされた。
背を向けてさっさと教室を出る。
シュンと彼の友人たちのはしゃぐ声が廊下の方まで響いてくるのを後ろに聞いた。