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13

夕方まで振り続けた雪は止み、嘘のように星空が広がっている。

寒さは鋭く肌をさすが、身を縮ませるような風は吹いておらず、逆に心地良い。

積もった雪を踏みしめる、長靴の赤が外灯に照らし出されて冴え冴えとしていた。

「あ、」

「・・・見た?」

「うん、見えたわ」

流れ星が零れ落ちるように流れて消えた。

想像していたよりもずっと、静かなものだった。

私は星空から視線を隣に立つ幼馴染の方に向ける。

彼はまだ、流れ星の跡を追うかのようにじっと空を仰いでいる。

(きっと)

この一瞬は私と幼馴染だけのものなのだと思った。







宝物。







赤い金魚の袋、流れ星を共に見る横顔、私を乗せた自転車をこぐ背中。

私のものだと思った、全部、全部、私のものであれば良いと思った。

我が侭をいう私に怒る、私の挙動に戸惑う、笑うシュンが全部私の宝物だった。








私の生い立ちは至って普通だ。

大学時代の同級生だった父と母が結婚して私が生まれた。

兄弟はいない。

父はできる人のようだが、ぼんやりとしたそこら辺にいそうなサラリーマンという風体で、

よく母親のような人を射止められたものだと不思議に思われた。

一方の母は見目麗しい人で、良き母であると共にいつまでも女という感じがあった。

私は母の女の部分を軽蔑しなかったし、むしろ誇らしいものだと思っていた。

老いて女を捨てるよりも、持っているものを最大限に利用する母の生き様が好ましかった。

そうであるが故に、平凡で力強い慈しみを内包する母性に憧れた。


私は努めて手間のかからない子供であろうとした。

母と対等であろうと頑張っていたのだろうか、と昔のことを振り返ることがある。







隣の家とは同じ年の幼馴染であるシュンを通して頻繁に交流があった。

おじさんとおばさんとシュンのお姉さんとシュン。

団欒に満ちた温かい家庭だと思った。

中心にはいつもおばさんがいて、私は抱いていた憧れを投影した。

私がお邪魔しますといって扉を開けると優しくいらっしゃいと微笑んでくれる。

煩くないようにゆっくりと扉をしめるとシュンがばたばたと2階から降りてくる。

「行儀悪い、っておばさんにまた叱られても知らないから」

シュンが反論しようと口を開けた瞬間に、こらっという声が聞こえてきて

悔しそうに口を尖らせるシュンを見て私は笑う。

「で、今日は何して遊ぶ?」

昨日はゲームでシュンを打ち負かしたところだからきっとリベンジを挑んでくるだろう。

何でも良かった。

シュンの悔しそうな顔、嬉しそうな顔。

私のことを『特別』と言わない、そんなシュンが好きだった。


それはもう、いつの頃からだっただろうか。







「キスしてみよう」

何故、キスという行為の中に快楽的なものを見出せるのかが分からなかった。

俗にいうお付き合いを始めた人に請われ、何も考えずに頷いた。

夏の暑さか緊張のせいか、肩を掴む手の平が汗ばんでいることをブラウス越しに感じる。

緊張のために真一文字に結ばれた顔が近づいてきて、私は形式的に目を閉じた。

唇の肉がぼったりとくっつけられる感覚に不快感が走る。

やはり緊張が過ぎているのだろう、震えが唇から伝わってくるのを

冷め切った心で『私なんかに可哀想』と思った。

「シュン」

メドゥーサに睨まれて石化してしまったかのように強張っていた体が、

呼びかけによってびくっと揺れた。

「・・・やだよ」

不貞腐れた声色だった。

「何で?」

キスは好きな人じゃないと気持ち良くないとかっていうけど、別にそうでもないでしょ。

と、いかにも経験者ぽく振舞う同級生が言っていたけれど、

私自身そうでもなくなかったのが驚きだったのだ。

ふと、シュンとだったらどうなのだろうかと思った。

「なんでっ・・・」

煮え切らないシュンの口を塞いで見る。

縁側とは言え真夏、背筋の窪みを辿るようにつっと汗が流れるのを感じた。

同時にシュンの汗の匂いが鼻を掠める。

お風呂上りの石鹸の匂いという類の清潔感に満ちたものとは違うけれど、好きだと思った。

騒がしいはずの蝉の声は、逆に静寂を深めているように聞こえた。

(柔らかい)

私はゆっくりと顔を離し、シュンの顔にできた影を見詰める。

小学校の時に比べてずっと男らしい顔立ちになっている。

膝の上で固まれたシュンの手の平を触ると、

熱くて、心臓の鼓動がそのまま伝わってくるようだった。

「どう、だった?」

どもった声でシュンが問う。

「全然違った、びっくり」

熱が伝染したみたいで、頬が熱かった。

シュンの顔が再び近くなり、私は何の疑問もなく瞳を閉じた。







ノックもせずに部屋に入ると、警戒心皆無で寝息を立てている。

昨日も帰りが遅かったのだとおばさんが嘆いてた。

「シュン、ねぇ起きて」

珍しいことに揺さぶっても中々目を覚まさない。

いつもならばちょっとした悪戯心を出す所だけれど、

あまりに気持ち良さそうに眠っているので見ているのも悪くない気がしてきた。

鼻、顎、無遠慮に触る指先から男の人の骨っぽい硬さを感じる。

唇、瞼や睫毛、そっと触る。





(私の、宝物)




誰にもあげない。

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