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「私らしいって何?」

クリスマスツリーの前で平手打ちって、なんて惨め。






クリスマス当日に女にフラれるというドラマのような悲劇にあったというのに、

俺の目から涙が流れることもなかった。

渡しそびれたネックレスは綺麗にラッピングされたまま開かれることもなく、

適当に放り投げられて床に転がっている。

勿体無いと思いながらも、さすがに他の女の子にあげるほど最低にはなれず、

仕方なく質屋に持っていくことを画策する。

時計を見ればまだ10時にもなっていない。

早々に帰ってきた俺を見て、これからクリスマスの街に借り出そうとしている姉は

「あんた彼女にフラれたの?」

と、人の傷口に躊躇いもなく塩を塗りこむようなことを言った。

違うと否定しても良かったが、見透かされているのは確実であったし、

プレゼントを買うためのバイトの日々と一年に一度のお祝い事を全て流された徒労で

言い返す気にもならず、姉の横を通り過ぎて階段を登った。



散々なクリスマスは早々に寝るに限ると、部屋に入るなり布団に潜りこんだ。






「シュン起きて」

瞳を開けて視界に入ってきたベッドサイドの上の目覚まし時計は

現在AM1:37と表示されている。

非常識極まりない時間に眠りを妨げられて少しいらっとしながらも、

なれたもので苛立ちは即座に消化される。

右手に向けた顔を天井の方に向けると、俺に跨ったユリの白い顔が

ぼんやりと浮かび上がっている。

ユリはふふっといつものように笑ってから、垂れ下がってくる髪を邪魔そうに

耳の後ろにかけた。

あらわになった耳朶の形があまりにも美しく、

白い砂糖菓子のように思われたので食んでみたいとふと思った。

何してるんだとか、当たり前の質問はとりあえず後回しにして

ユリの細い体に腕を絡めて引き寄せる。

丁度ユリの喉元が俺の鼻先にあたり、下を出して滑らかな陶磁器の曲線をもつ

その皮膚の表面をすべるように舌を這わせた。

ユリは抵抗する素振りを見せず、されるがままという感じで。

俺は俺でそれならばと自分の舌を、美味しそうと思ったユリの耳朶の方へと進めた。

貝殻のような耳朶の裏側を舐めるとユリは擽ったそうに身じろいだ。

甘くはなかった。

ただユリのつけている香水の匂いが脳裏に焼きついて、俺を犯すような心地にした。

「帰ってこないかと思ってた」

「一応高校生だから」

そうじゃなければ間違いなく帰ってこなかったのだろうとか、

野暮ったいことが脳裏に過ぎったが口には出さなかった。

「シュンの方こそ彼女にふられたの?」

「分かってること聞くなよ」

どうせ姉貴にでも聞いて知っているのだろうに、わざわざ人の傷口を抉って

塩を塗り込むようなことを言うのだから性質が悪い。

嫌。意外と傷付いていないのを知っているからそう思うのだろう。

「ユリはなんかもらったの?」

話題の中心をずらそうとしている、いかにもな質問であるのに気付きながらも

ユリはそれ以上の詮索をするわけでもなく

ただ面白そうに、口角をゆるく持ち上げただけだった。

「真っ赤な薔薇の花束」

「男から花をもらうのが趣味なわけ?」

「そういうわけじゃないけれど、形に残るのが嫌なのよ」

何故、と口を動かそうとする前にユリは俺の体の上から逃げるように降りてしまった。

「ケーキ買ってきたの」


ケーキと言えばショートケーキよね、と意外と子供っぽいことを言いながら

ユリはケーキの上に蝋燭を五本立てた。

「シュン、ライター」

「はいはい」

俺は制服のポケットを漁り、コンビニで売っている安っぽいライターを手渡した。

真っ白いクリームの雪化粧の上に赤い服を纏ったサンタが置かれていたが、

1つ1つ灯される光は、どちらかというと誕生日のようだ。

「電気を消して」

良いように顎で使われるのも今日ばかりは少しありがたい。

彼女に振られて大してダメージが無かったとはいえ、

世間がイベントに盛り立っている中家で家族と、なんて時化たことをせずに済んだのは

少なくともユリの我が侭と気紛れがあってこそだった。

言われるがままに電気を消すと、当たり前だが光源は蝋燭の灯火だけになった。

火の光は蛍光灯と違って、橙色で視覚的にも温かいものを感じさせる。

普段は血色の悪そうに見えがちなユリの白さも、安心できる色に見えた。

「一緒に吹き消すの」

ユリが楽しそうに提案した内容が、やはり誕生日じみていたけれど、

いっせいの、の合図で俺とユリは力一杯蝋燭の火を吹き消した。

ユリは軽やかな笑い声を上げた。

まるで子供のようなはしゃぎようだったけれど、実際自分も顔には出さないだけで、

懐かしさやら何やらで意外と悪い気はしなかった。




包丁を持ってこようとしたら、フォークだけで良いと言った。

まさかとは思ったが、小さい頃にユリが「ホールケーキにかぶりつきたい」と

中学校の頃に言っていたことをふと思い出した。

妙に大人っぽいユリの子供らしい発言が、なんだか面白くて

大笑いしてユリを不貞腐れさせた記憶も一緒に浮かぶ。

ユリはフォークを手渡されると頂きますといって、豪快にケーキを掬い取って口に入れた。




「これ」

ユリの手には、サホに渡すはずプレゼントが握られていた。

すっかり記憶の彼方に追いやっていたサホの睨んだ顔が思い出されて、

思わず髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。

「一応買ったんだけどね」

「開けてみて良い?」

人のもの(になるはずだったそれ)を遠慮なく開いていく。

行動は図々しいと言うのに包装をほどいていく動作は丁寧で、

なんだか矛盾しているような感覚がした。

「私が欲しいって言ってたネックレス」

「女モノとかよく分からないし」

「そういうところ、抜かりなくチェックしてそうなのに」

「そこまでマメじゃない」

ふーん、と相変わらずそういうことには大して興味なさそうに話を聞き流したながら、

さも自分のように身につけた。

「似合う?」

と笑ってみせる。

これでそんなことがあるのだから、憎らしいというものだ。

「似合ってるよ」

そもそも、このネックレスを買うときに想像していたのがユリだった。

白くて、少し浮き出た鎖骨に似合うだろうなと思ったのだ。

「やるよ、どうせ質屋行きの予定だったし」

「ありがとう」

子供っぽいものとは違う、心から嬉しいというような笑顔だった。



「ユリ」

「何」

「しよう」

「いいよ」

なんていうか、彼女にフラれた日に幼馴染とことに及んでしまう俺は

間違いなく最低人間なのであって、

しかし、それは元々の姿であると言えば間違いない。

要するに自分の中で何度も噛み締めてきたように全てが今更なのだ。

だから、カップルで過ごすクリスマスの疑似体験に乗じてみることにした。

キスをするとグロスの質感が感じ取られて自分の唇を拭うと、

ユリがいつも塗っているものよりも赤みの強い色だった。

ユリはそんな俺に、ぞっとするような鮮やかな笑みを浮かべる。

「いただきます」

ショートケーキみたいに白くて甘いユリの首筋に、赤い鬱血の後を残してみる。

こういうことは子供じみていてあまり好きではないと思っていたし、したことは無かった。





あげたネックレスがいっそ首輪だったなら良かったのだろうか、と

動きに合わせてきらきらと揺れるネックレスを見詰めながらぼんやり思った。

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