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ありふれた話の外側のお話3

「Guten Tag」

「Auf Wiedersehen」

2人はそんな仲だと思う、理由はないけど。







「あ、片瀬さん」

「あら、珍しいわね」

振り返った瞬間に片瀬さんの光沢を帯びた黒髪がさらりと舞う。

その時にふんわりと良い匂いがした。

美人は匂いまでというようなことを聞いたことがあるが、片瀬さんは見事実証していた。

「2人とも講義一緒だったの?」

「はい、そうです」

思わずうっとりしかけていた意識を現実に連れ戻され、

いかんいかんと頭を横にぶるぶる振ると2人に「子犬のようだ」と笑われた。

「ユリ、今日来る?」

「今日は用があるから」

「そっか」

何回もそれはしつこく、お互いがお互いから幼馴染だという関係を

確認しているにも関わらず、カップルの会話に聞こえてならない。

ましてや、片瀬さんのある意味素っ気無い返答に対して、

シュン君が普通に振舞いながらも少し寂しげに見えなくもないから尚更だ。

「私、次あるからもう行くわね」

そんなシュン君を余所に華麗に手を振って去っていく片瀬さんは、

相変わらずモデルさんのようだ。

特に何も考えず片瀬さんの後ろ姿を見つめていると、

知り合いらしい男の人が片瀬さんに話かけ始めた。

片瀬さんは清楚な女性らしく口元に軽く手を添えて、

それこそ「ふふっ」と表記するのが相応しい笑みを浮かべている。

「クラスメートさんですかね」

「多分ね」

こちらの静まり返った空気とは反対に、片瀬さんの方は盛り上がっているようだ。

「嫉妬とか、しないんですか?」

楽しげに会話を交えながら去っていく片瀬さんの見て、

思ったままに言葉を発していた。

大したことを訊いたつもりでいなかったが、ふとシュン君の方を見上げると

虚をつかれたような表情をしていたのでしくったと思った。

「あ、いや、その幼馴染でずっと一緒で、なんか寂しいとか、そういう」

毎度のことながら自分の言動の浅はかさには驚かされると同時に、

学習能力のなさと空気の読めなささにはいつもがっかりされた。

私があからさまに慌てふためくのを見て、困らせまいという優しさか、

ふっと眉毛を下げて笑顔を作ろうとしていたが、

それはどんなに空気の読めない私から見ても苦笑にしか見えなった。

「見慣れた光景だから」

「あれでモテないと言われたら嘘になりますよね」

シュン君は、前も見たことのあるようなちょっと間の抜けた表情を浮かべた。

「タカちゃんは面白いな」

ウケられるようなことを言ったつもりはなかったが、

どうやら自分の失態を自分のボケでうやむやにできたようなので深く考えないことにした。







「今日は焼肉定食ですか」

「美味しいわよ」

学食のメニューに親切に書かれている焼肉定食はオーバー1000キロカロリーだ。

前回のラーメンもそうであったが、ハイカロリー大ボリュームの昼食を食べてなお、

服の上からでも分かるようなくびれやら、足の細さを維持できている秘密を聞きたいものだ。

「松野さんはいつも通りお弁当ね」

「はい、今日は自分で作ってみました」

器用ねと微笑まれて、あまりにも恐れ多いと平伏してしまいたい自分を

なんとか押さえ込めた自制心を我ながら褒めたい。

一応、自分の恋敵的存在であるはずの片瀬さんではあったが、

あまりにも相手の格が違いすぎるせいか、

敵対心を抱くどころかむしろ崇拝の念を抱いてしまいそうだ。

「片瀬さんは料理しないんですか?」

「意外と上手よ」

美人で頭も良くて料理もできるだなんて、女の三種の神器を兼ね備えたような人だ。

こんな素敵な奥様に『ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・』

なんてベタな台詞を言われた日には、軽くKOにしてやられそうだ。

「え、なら」

「何」

「あ、やっぱり何でも無いです」

ならば何故わざわざシュン君にご飯を作ってもらうのですか。

その誰でも気付いてしまいそうな矛盾に、

あえて突っ込むのも野暮ったいように思われてしまった。






「Guten Morgen」

後ろから片瀬さんの声がした。

振り向こうとした瞬間に、横に並んで一番後ろを歩いていたシュン君が

誰も気にかけないような壁の隙間に引き込まれていくのをスローモーションで見る。

まるで疾風が目の前を通り過ぎていく様な感覚だった。

体勢を崩すシュン君の肩越しに「内緒よ」と人差し指を立てて

ぞっとするくらいの艶笑を浮かべた片瀬さんが網膜に強く焼き付いた。

「ごめん、後から行く」

と、シュン君が私にしか聞こえないくらい小さな声で謝罪した次の瞬間には、

建物の影に隠れて見えなくなってしまった。


ふと異変に気付いたシュン君の友達が振り向いた。

「あれ、シュンの奴どこ行ったの?」

「なんか友達に声かけられて行っちゃったよ」

素直が唯一の取り柄な私は小さな嘘をついた。

心掛けて偽らないようにしていた訳ではなく、ただ単に性格的に嘘がつけないだけだ。

そんな私が珍しく嘘をついたというのに、心臓は喜びといった類の理由で動悸が激しい。

美しい犯罪者の共犯者みたいな陶酔が心の中を支配していった。





シュン君は授業が始まって30分くらい経ってから教室に入ってきた。

「ごめんね」

急いできたのかはたまた別の理由なのか、服は心なし着崩れて髪の毛がぼさぼさだ。

それは何もしらない人から見れば大して気になるものではなかったが、

連れ去られるシュン君を目撃したことや、

連れ去っていった片瀬さんのことを多少知る人間として

何だかその姿が微笑ましく思えた。

「首元隠した方が良いですよ」

「えっ」

“キスマークが見えている”というバレバレだが一応オブラートに包んだ言葉で

カマをかけてみると、素晴らしいリアクションを返してきたので思わず笑った。

「嘘です」

「嘘って」

一瞬焦りで強張っていた体が、安堵でふりゃりと机の上に伏せった。

まさか私にそういう類の冗談を言われるとは思ってもいなかったのだろう、

実際、自分自身も人を慌てさせるような冗談を言ったのは初めてだった。

脳裏に片瀬さんの、時折見せる悪戯好きそうな笑みが過ぎった。

知らないところで影響を受けているのだろうか。

「片瀬さん、は不思議な人ですね」

私はシュン君に向けていた視線を、遥か先の教壇にたつ教授の禿げ頭に移した。

「人のこと慌てさせて楽しんでるだけ、なのかなって思ったりもするけど」


「実際全然そんなことなかったりして」

分からないところが、また魅惑的だから罪な人。








「こんにちは」

「さようなら」


きっかけを探している、こんにちは、はシュン君。

言葉を繋げさせない、さようなら、は片瀬さん。

学校における2人の仲を表すにはぴったりだと思っていた。

その思い込みは果たして正しいのだろうか。

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