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チャイムを押しても何の応答もなかったので、ドアノブを回すと扉が開いた。

その非常識な行動を咎める者は俺の家にもユリの家にももはやいない。

慣れた用に靴を脱ぎ、そっと邪魔にならないように揃える。

もはや俺の素行に口を出さなくなった親だったが、

礼節を守ることに関しては厳しかった。

普段は穏やかな母親であるが、小学校の頃、ユリの家に上がる時に靴を

脱ぎ散らかしたままにしたら強烈な拳骨をかましてきた。

痛いな、と口応えしようとしたが母の黒い影を追った笑みに何も言い返せなくなり、

それがトラウマになってからと言うもの、どんな気の知れた家でも靴を揃えないことはない。

「ユリー」

春は青空、夏は向日葵、秋は紅葉、冬は雪。

今時の高校生にしては随分と風流な趣味の持ち主なユリのことだ。

昨日降り始めた雪はまだ止む気配がなく、

きっとそれを眺めているのだろうと想像するのは難くなく、

考えるよりも前に足は自然と縁側へと向かっていた。



「遅いわよ」

予想通り、ユリは縁側に三角座りで腰かけていた。

昔のように白い毛糸のポンチョは来ていなかったが、相変わらず、

ユリの横にはもくもくと湯気の上がるマシュマロの浮いたココアが置かれていた。

「ほら、焼き芋」

「ありがと」

普段は性悪な笑みしか浮かべないくせに、食べ物の時だけは純粋に嬉しそうに見える。

いつもそうだったら楽なのに、と心の中でぼやくと

「何か言った?」と俺の考えを読み取っているかのようなことを言うから怖い。

ユリの隣に腰を降ろしてからがくりと肩を降ろすと、

ユリは小さなゲームに勝って喜ぶ子供のように軽やかに笑い声を立てた。

「シュンはココア飲む?」

「大丈夫」

「じゃあ毛布使って」

「天変地異でも起きるかな」

「最近難癖ばかりつけるのだから」

ユリは不満そうな声を出しながらも、毛布を広げて俺の肩にかけ、

余った部分にするりと自分の体を滑りこませてくる。

その様は、俺の体が作った隙間という隙間を漆喰で埋め合わせるかのようで、

お互いの熱がお互いの熱を引き出し、

毛布でできた歪なカマクラによって存外の心地よい温もりを生み出した。

「今年はどれくらい雪が降るのかしら」

「天気予報では結構降るとか言ってたけど」

ここ3日程、青空は厚い白灰色の雲で覆われており、姿をちらりとも見せない。

「そうしたらまた、雪ダルマ作りたいわ」

「南天の実探してこなきゃ」

「シュン、男のくせに雪兎作るの上手よね」

見慣れた笑みは、寒さで頬どころか目尻さえも化粧を施したかのように赤く色付き、

表情は相変わらず悪戯っ子のような幼さが見え隠れするというのに、

妙に色っぽく見えた。

何故こうもユリの色ばかり鮮やかに見えるのだろう。

電車の窓から見える、原色緑のTシャツを着て自転車をこぐ青年も

薄汚れた政治家の名前がかかれたピンクの看板も青で彩られた標識も

ユリ皮膚の赤みに比べれば、全て掠れて見える。

それは、色がないとさえ思えるほどに。









(嗚呼、この程度か)

腰を振る浅ましい俺の脳裏で冷静な俺がいつも興醒めしている。



帰りがけにカラオケに寄ろうと算段して昇降口に向かう途中、

俺と乾を除く仲間が赤点をとってお説教を食らうことになってしまった。

仕方がないので、俺と乾は教室に戻り適当に時間を潰すことにした。

乾は口数の多い人間ではなかったが、淡々とした切り替えしが妙に面白かった。

俺たちは暫らくの間、テレビや学校の話で普通に盛り上がっていた。

しかし、ふと会話が途切れたのをきっかけに予想だにもしない言葉が乾から発せられた。

「シュン、沙穂のことどう思ってる?」

くだらない遣り取りの合間に挟まれたその言葉に俺は思わず怯んだ。

怯まざるをえなかったのは、普段人の恋愛に関してとやかく口出しをしない乾から

質問めいた詰問を迫られると思っていなかったことが大きな理由であった。

「どうって普通だけど、何で?」

それを補足するとすれば、俺がサホのことをどう思っているかは別として

表向きは仲の良いカップルをサホ自身にさえ装っていたし、

それを疑う奴が誰もいなかったからだ。

俺はいつものように曖昧な笑みを浮かべる。

そんな子供騙しで乾を騙せる気はさらさらしていなかったが、

パブロフの犬のように俺は習慣的な反応を返してしまっていた。

「ケイスケたちがどう思ってるか知らないけど、お前白々しいよ」

乾は俺の返答を予測済みとでもいうかのように、手元のバスケ雑誌をぺらぺら捲る。

視線は俺の方に向けられていなかったが、

心の目と言うものがあるとすれば、俺は今確実に乾の鋭い視線に曝されているのだろう。

時々思う、乾の全てがナイフみたいに鋭い。

元々人好きするような柔らかい表情ではないが、挙動は酷くのんびりとしている。

加えて、人に興味がないのもあるが、追求する言葉を使うのをほとんど聞いたことがない。

何の琴線に触れるのであろうか、

ふとした折にやましさを見抜く鋭い眼差しを投げかけ、鋭い言葉で事実を表す。



上手くごまかしていたつもりだったのだろうか。

そうだとしたら俺はなんて滑稽なんだ。

「・・・実際、あんまりかな」

肩膝を抱えて大きく後ろにそると、後頭部がこつりと窓に当たった。

見上げた天井はさほど綺麗でもなく、埃の溜まった蛍光灯をぶら下げている。

誤魔化すことをやめた俺に話す意思を読み取ったのか、

乾は雑誌から視線を上げ、真っ直ぐに俺を見つめてきた。

「天邪鬼だな」


そのたった一言に、全てが集約されていた。


思春期といえる時代を謳歌するために、それなりに女の子と付き合ってみた。

可愛いと思うし、ヤりたいとも思う。

でも、それは自分にとって相手が都合の良い場合に限る。

面倒くさい態度に出られたり、図々しい要求を迫ってきたと少しでも思ってしまえば、

どんなにその子が可愛いと思っていても丸投げしたくなる。

面倒くさいの基準のなんと理不尽なことか。

「明日も会いたいな」とか「後でメールしても良い?」とか。

そんな些細な一言でさえ自分の行動を拘束しているかのように思えてきて息苦しくなる。

結局女の子と付き合って分かったことは、

俺が真性の女好きではなかったということだ。

元を辿ってある一点に行き着いてしまうことを俺は分かっていながら

できるだけ見ないで済むようにやり過ごしたくて、

女好きの真似事をせざるをえなくなったというのが真相に一番近いのだろう。




「結局、必死に守りたいものは何?」


乾は組んだ顎に顔を乗せて、薄っすらと細めた双眸で、

馬鹿のように見開かれた俺の瞳の裏を見透かそうとしているようだった。

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