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中学最後の冬休みの始まりはユリの登場によって始まった。

ユリに叩き起こされて、今日は何に付き合わされるのだろうと思う。

時計を見ればまだ8時すらなっていなかった。

両親は現在親戚の家に泊まりにいっており、折角だらだらした休日を過ごせると

昼間で寝る気満々でいた矢先のことである。

寝起き故の不機嫌さと億劫さにユリの存在を無視して再び布団の中に潜り込むと

容赦なく布団を引き剥がされて、寒さに身震いした。

やっとのこと開かれた視界には黄色いマフラーをぐるぐる巻きにして、

白い毛糸の帽子を目深に被ったユリが目の端に映る。

随分重装備な格好をしているとぼんやり思っていると、

「ほら見て」

とカーテンが勢いよく開けられて、銀世界が飛び込んできて、その眩しさに目を細めた。



「もっと手加減しなさいよ」

「ユリに言われたくない」

数時間前にはいなかった大きな雪だるまが俺たちの様子を見て笑っているようだ。

そんな雪ダルマを、瞳に南天の赤い実をつけた雪兎たちが取り囲んでいた。

俺は着ていたパーカーと手袋を脱ぎ捨てる。

手袋はユリに手渡された黒い毛糸のもので、長時間雪に触れていたせいで

びしょびしょに濡れており、中の手はふやけていて痒い。

ユリも同じだったらしく普段は滑々の指が奇妙な形に膨張しており、

ユリのものじゃないような不思議な感じがして、思わず握る。

「温い」

「シャワーを浴びないと風邪引くわね」

先に使うわと言って、立ち上がった背中を見ながら『結局自分が先かよ』と

内心で悪態を吐くももの、実際にそう言った後の反応を想像すると気分がげんなりして、

いつものように心の内に留めるにいたった。





シャワーから上がってユリの姿を探すと、ユリは暖房器具も照明も一切付けず、

白い毛糸のポンチョを着こんで三角座りで縁側に腰かけていた。

部屋は何も点けていないのに、雪が光を反射して灰色に滲んでいる。

さっきまでふやけていた手の平を見ると、いつも見ている影よりもずっと輪郭の曖昧な

それが指の動きと共に揺らめいた。

ユリの白い肌は庭から差し込むぼんやりとした白光を弱く反射する。

「風邪引くっていったのどこの誰だよ」

「せっかくなんだから」

ふふっと悪戯っ子の笑みを浮かべると、俺の服の袖を思い切りひっぱる。

軽く転びながら腰を下ろすと、いつの間に用意していた毛布をかけられ、

マシュマロがぷかぷかと浮かぶココアを手渡された。

まだ淹れたてであるらしく、マグカップごしだというのに熱さを感じる。

試しに口をつけてみたが熱過ぎて結局飲めず、

寒い日だからすぐに冷めるだろうと手に持ったまま外の景色を見た。


雪を振らせ続ける雲は綿飴よりもずっと重厚で、

鼠色の上に白い釉薬をかけたように単色のようでいて複雑な色味をしていた。

植えられた植物の間から見える隣家の真っ赤な屋根は、綺麗に白粉を塗されている。

「入れよ」

ユリの体ごと纏めて毛布に包めると、懐いた猫の用に擦り寄ってくる。

ユリはきっと高貴で毛並みの良い、赤い首輪のついた黒猫だ。

その首輪の主人は時々によって変わる。

結局の所、その首輪の主人は猫であるユリ本人に違いないだろう。

誰にも縛られない。

こうやって1つの布団に包まって身を寄せ合ったとしていても、

重みに耐えられなくなった木がしなってばさりと雪を落とす音をきっかけに

するりと懐から逃げていってしまうのだろう。










はーっと一度深く息を吐いた。

立ち上っていく白い息は、ぼったりと重たく重なり合う灰色の雲に滲んで消えていく。

空は天候のせいで酷く暗いが、そうでなくても22時を回っていた。

沙穂とだらだら過ごしていたらいつの間にこんな時間だ。

かといって、もはや母親にどやされなくなり良い身分だと呑気に鞄の中から鍵を探り当てる。

ふと聞き慣れないブレーキ音がしたので、挿そうと鍵を持っていた手を引っ込めて、

外の様子をうかがうとユリが助手席から降りようとしている所だった。

ユリの自家用車でないその黒塗りの車から想像できることは1つだ。

「おやすみなさい」

ユリは外用の微笑を浮かべて手を振った。

何度かその光景を見たことがあるが、毎回、大人っぽい笑みだと思う。

俺に向けられる生意気な子供のそれでもなく、悲しげなそれでもなかった。


ユリがドアを閉めて程なく、車はエンジンを唸らせ遠くへと消えていく。

振り出した雪にタイヤ跡だけを残して姿は見えなくなってしまった。

今夜は一晩中雪が降るらしく、今ははっきりと見えるその跡も朝には消えてしまうだろう。

「不良者」

ユリはこっちの様子に気付いていたらしく振り向いて、笑った。

お互い様だと言えば、そうねと言って食い付きもしない。

俺は深く溜息を吐いた。

お互いの関係を詮索するなど今更なのだ。

俺は幼馴染にしては十分過ぎる程にユリの男のことを知っているし、

ユリだって沙穂の友達以上に沙穂のことを知っている。

そういった情報は今までの俺たちの関係性を左右する性質のものではなかった。

だから知ったとしてどうなることでもない、と流して終わっていくものであった。

そのはずだったのに。

割り切れてきた感情の整理がいまいち上手くいかなくなっていることに

もどかしさを感じ、思わず唇を噛む。

痛みで誤魔化すもどかしさの正体に気付きながら、

吐露できる性質のものでもないことは理解していたし、

そもそも俺の口から発されたとして、

何かしらの指針を示してくれるような前向きなものでは全くなかった。



黙りこくる俺の様子をじっと深く見つめるユリの飴色の瞳があった。

時折ふく冷たい風に赤いマフラーは少しだけはためき、

ユリから吐き出される白い息は流された。

何を求めているのか、さっぱり考えが読み取れなかったが、

寒風にさらされた頬は痛々しいまでに赤く染まっていたので、

冷え切った手でユリの頬にそっとあてがった。

ひんやりとした頬の感触は、寒さで肌が引き締まっているのか

ただでさえ肌理細かいユリの肌を更にさらさらにした。

ユリはいつも、俺が頬に触れると猫のように擦り寄ってくる。

「シュン」

また甘ったるい声。

俺は何もすることなくポケットに突っ込んで温かくなった手で

完全にユリの顔を包みこむと、

外灯の光に黒曜石のように光るユリの瞳に誘われて顔を近づける。

顔の距離が近づくにつれて俺もユリも瞳を閉じ、

唇がつく頃にはお互いの顔はすっかり見えなくなってしまった。



(あいつの男と間接キスかよ)

童貞みたいな考えがふと頭を過ぎっていった。








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