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「あーーーーーーーーーーーーー」

僕は何故だか分からないけどまっ黄色に塗装された扇風機に向かって、

小学生がやるみたいに一定的な母音を発する。

回転に合わせて、音の波動が乱れて途切れ途切れになるのを、

今更面白いだなんて思われたら心外だ。

「子供っぽいことしてる」

右目でちらりと幼馴染の様子をうかがうと、

彼女は腰に手をあてて、小首を傾げて立っていた。

彼女の長い黒髪がさらりと肩先から零れるのや、

白いワンピースからのぞく膝小僧の白さが妙に恥ずかしくて

だから別に面白くはないのだ、と心の中で呟いて

また僕は、意味もなく「あーーーー」と声を発した。











そんな青い春な小学校時代を鼻で笑ってやりたい高校生な俺。











「暑いね」

「俺にそれを言うなよ」

むしろ俺の方が暑いんだ、と愚痴を零せば鋭い睨みが飛んでくるだろう。

俺は毎日、毎日、ちょっと口のへらない幼馴染を自転車の荷台に乗せて学校に向かう。

学校までの道は長くて緩い坂の一本道になっており、夏場は相当辛い。

2人分の体重を片足に一歩一歩かけるたびに首筋に汗がじわりと滲んで

時折、鎖骨の方に向かってつっと垂れた。

幼馴染は俺の運転する自転車にただ乗っているだけで学校につける。

暑いと言いながら、黄色い団扇をひらひらとはためかせている。

なんて不条理なんだ。

長い付き合いの中で俺は一度だってこの幼馴染に勝てたことがない。

意味もなく黄色い自転車のベルをちゃりんちゃりんと鳴らすと

「また」

と言って少し非難めいた言葉が後ろから飛んでくる。

「誰もいないから良いだろ」

「屁理屈ね」

お前には言われたくないよ、と俺は心の中で呟く。

長い付き合いの中で一度も勝てたことのない俺は勝つことを諦めた。

諦めこそすれ今みたいに不満に思うことは多々あり、

自分の中で消化させるために、心の中で独り言をいうのはもはや癖だ。

「ユリ」

「なーに」

「少し重くなった?」

どすっと本気気味なパンチが俺の背中に入り、少し咽こんだ。

咽こむと同時にハンドル操作が覚束なくなって、ぐにゃりぐにゃりと蛇行運転をする。

ユリはきゃっと小さく女の子らしい悲鳴をあげて、

それだけだったらまだ可愛げがあっただろうに

「どんくさ」

と余計な一言を発したものだから、さすがにこん畜生と思ってわざと

右へ左へとむちゃくちゃな運転をした。






ユリの全てが手に負えないと思う。

一番手に負えないのが、俗にいう才色兼備な優等生にユリが該当してしまうことだ。


登校に体力を使い果たしてぐったりしている所へ、沙穂が寄ってきた。

差し入れ、と机の上に水滴で濡れたペットボトルをとんと置き、

空いている俺の前の席に腰かけて足を組んだ。

「ユリちゃん相変わらずだねー」

沙穂の指指す方向に、男に声をかけられてにこやかに微笑む幼馴染の姿が目に入り、

あまりの白々しさに思わず寒気が走った。

「何が良いんだよ、あの時代錯誤の女王様」

ユリの特徴的なところは『これさえなければまだ可愛げがあったのに』というところだ。

仮に、ユリがただの才色兼備な優等生で性格も聖人君子様の様に尊ければ良かったが、

実体はそのま逆だ。

性格は至ってわがままで女の割にずぼらな方だ。

化粧もしなくはないが、周りの人がやっているから足並みを揃えておこう程度で、

髪の毛を黒く長く伸ばしているのも手入れが面倒だからとかそんな理由だ。

猫かぶりなんてユリのためにあるような言葉で、手の平の上で誰かを踊らすのなんて

朝飯前という、小悪魔じゃあまりある悪魔のような女だ。

「あーいう人ってエリートと結婚するんだろうねーいいなー」

「サホだって苦労してないんじゃん」

「うん!」

男が好みそうな満面の笑顔を浮かべる沙穂を見て、つくづく自分の周りの女が

強かなことを認識して少しうんざりした。

沙穂は真性の今どきの女の子だ。

髪の毛は明るい茶色で、ふわりとしたパーマが胸の当たりまで垂れている。

耳元からはじゃらじゃらとピアスが揺れている。

手首には流行だかなんだか知らないがシュシュが付けられており、

スカートの丈は目のやり場に困るくらい短い。

「サホは可愛いねー」と言いながら頭を撫でてあげると、

「でしょ」と返すからいっそ清清しい。

ユリに同じことをした時のリアクションを想像するとあながちその言葉も嘘じゃなかった。








「シュン、いつから煙草吸ってるの?」

タオルケットをお風呂上がりの時のように巻きつけてベッドサイドに立つユリは

俺の鞄の中から目敏く煙草を探り当てた。

「勝手に人のもの漁るなよ」

取りかえそうとして、ユリの方に手を伸ばすと

だらりとベッドの上に横たわっている俺の上に跨ってきた。

ユリは長い髪を鬱陶しそうに耳にかけて、俺を見下ろして笑った。

カーテンを閉め切って豆電球だけを点けた部屋は薄暗く、

お互いの輪郭もはっきりしないというのに、どうしてだろうか、

ユリの笑顔はいつも恐ろしく鮮明に俺の網膜に映る。

卑怯だな、と思う。

この笑顔を見て怒れる人間(特に男)など、ほとんどいないだろう。

自信に満ち溢れて少し意地悪げなのに、それを隠しもしない潔さが好ましい、そんな笑みだ。

「ユリ、返せ」

「不良ね」

人の話を聞いているのに、わざと少し線をずらして話すのもユリの癖だ。

「あーもうちょっとだまれよ」

俺はユリの細くて白い腕をひっぱって、腕の中にすっぽり収めると

彼女は小さい子がはしゃぐようにけたけたと笑った。

一通り笑い終わると静かになって擦り寄ってきたので、

可愛いものだと頭を撫でてやると、くすぐったいわと小さく言った。

「シュン」

いきなりがぱりと上体を起こして、何をされるのだろうと思ったらキスされた。

相変わらず突拍子のないことをするものだと呆れたが、

この程度ならばまだ可愛げがある方だ。

「シュン」

「何」

「も1回」

「はいはい」

俺はユリの体に巻きつくタオルケットを剥いで、首に噛み付く。

黄色い扇風機の、羽を旋回させる音が脳裏で低く唸り続けていた。










健全さを失った高校生の俺はそれでもユリとただの幼馴染だという。

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