調界召喚士のお仕事
フルミネが、俺の後ろではしゃいでキャーキャー叫んでいる。
「風が気持ちいい! この乗り物の名前なんだっけ?」
「バイクっていうんだよ」
俺は召喚したバイクにフルミネを乗せて、街の外に広がる草原を走っていた。
暖かな日差しのもと、涼しい風が身体をなでていく。
フルミネほどじゃないにせよ、俺も顔には出さないけど、気持ちが良くてテンションがあがっていた。
「鉄で出来た馬みたいだね! セージの世界ではみんなこのバイクに乗ってるの?」
「いや、そうでもないなぁ。道路走ってると車の方が多いかな。それに都市に住んでると電車とかバスの方乗るし」
「へぇー、すごい乗り物がいっぱいあるんだね。こんな乗り物がいっぱいあれば、遠い所に簡単にいけるね」
「そうだな。この世界では馬が交通の主役みたいだし、それに比べればはるかに早くて楽にいけるかな」
「そのうち消えちゃう召喚物だから売れないのが残念だね。ちゃんと残るんだったら、あの馬車がすぐお役ご免になっちゃうくらいなのに」
フルミネがそう言った時、ちょうど荷車を引いた馬車とすれ違った。
家の外に出て分かったことだけど、この世界の文明は現代日本に比べると遅れているように思えた。
建物は田舎のせいだからかもしれないが、いわゆるログハウスみたいな木組みの家で、鉄筋コンクリートなんてものは存在しない。
また、交通手段は徒歩か馬くらいしかなく、流通も馬車にのってやってくる行商人便りなのだ。
道路の舗装は石でアスファルトは全く見当たらない。
食糧も基本的には自給自足で、麦の生産と酪農がここの村の主な産業だ。
何となくのイメージでいえば、中世ヨーロッパくらいの技術レベルだろうか。
けれど、そこはさすが魔法とか召喚術のある世界で、文明レベルの低さを召喚術でひっくり返すようなことを平気でするから、驚かされたりもする。
例えば、今まさにその反則級のやつが近づいて来たのだけれど――。
「フルミネー! 上見て上!」
その声に上をちらりと見てみると、赤いドラゴンが俺たちの真上を飛んでいた。
でかい! 大型トラックよりもでかいぞ。二十メートルくらいはあるんじゃないか!?
ノンビリ走っているとはいえ、時速60kmくらいは出ているし、速さもかなりある。
ドラゴンスレイヤーなんて言葉をよく物語で見かけるけど、こんな生き物相手に喧嘩して勝てる訳がないだろ!? と、思わず思ってしまうような迫力だ。
「あ! ルチルだ! 早速、龍配商会のお仕事?」
「そうそう! ちょっと王都までひとっ飛びして、野菜と果物の仕入れに行ってきたんだ。早速こきつかわれてるよー」
フルミネは龍の角に掴まって座る少女ルチルと知り合いだったらしく、ドラゴンなんておかまいなしに会話している。
赤い龍とおそろいの赤い髪を持つ少女だ。
そういえば、フルミネがレッドドラゴンを召喚した人がいると言っていたが、多分この子のことなんだろう。
不思議なことに、春っぽい陽気なのに、頭の上にゴーグルをのせて、ファーのついた毛皮の服を着ている。この独特な格好は上空を飛ぶ際に風が冷たいからだろうか。
「フルミネは何やってんの? 調界召喚士の勉強するんじゃなかったのー?」
「異世界の文明を実体験中だよー」
「あぁ、そのおっさん目が覚めたんだ。それじゃあ、その鉄の馬みたいなのが、おっさんの召喚した異世界の道具なんだね?」
そのおっさん扱いか……。自分で言うのは良いけれど、人に言われるとちょっと凹むなぁ……。
「セージさん一旦止めてもらっていい?」
フルミネのお願いでバイクを止めると、併走していたレッドドラゴンも地面に降りた。
そして、ドラゴンの頭上からルチルが降りてくる。
「セージさん、紹介するね。この子はルチル。私と同じ日に召魂の儀式をやった召喚士だよ。召喚獣を使って商売をする商会の召喚士なんだ」
「ちわーっす。龍配商会所属の召喚士ルチルって言いまーす。このドラゴンは相棒のレドでーす。よろしく!」
随分軽いノリに、日本にもこういう子いたなぁと思わず苦笑いする。
わきまえていない新人とか、怖いモノ知らずの高校生とかにいそうな雰囲気の子だ。
「こんにちは。おっさんじゃない。宮本誠司だ。にしても、すごいドラゴンだな。怖くないのか?」
「別に? 全然? 確かにドラゴンって見た目は怖いけど、見慣れるとかわいいっすよ」
フルミネも横でうんうんと頷いた。
やっぱり俺とこの世界の人たちとでは、埋めがたい常識の差があるみたいだ。
このドラゴンをかわいいだって? 頭おかしいんじゃないか?
「かわいいじゃなくて、格好良いだろう」
「えー。格好良いより、カワイイの方がいいですよー」
さすが年頃の女の子、意味が分からない。くぅ……おっさん呼ばわりされる訳か。
いや、ここであきらめてしまったら、そのままおっさん化にまた一歩近づいてしまう。
ちゃんと若い子とも話が出来るようにならないと。
「ところで、さっき果物と野菜を運んでいるとかって聞こえたけど、わざわざドラゴンで運ぶのか?」
「え? 何言ってるんですか? 鮮度が大事な商品は、ドラゴンで運ばなかったらどうしようもないでしょ? ドラゴンが運ばなかったら、干した果物と漬け物くらいしか食べられなくなっちゃいますよ。やだなーもう」
「……へ?」
当然のことを何で不思議がってるの? みたいな顔をされても困るんですけど。
いや、ちょっと待てよ。ドラゴンで運ばなかったらどうしようもない、か。
この世界の流通は基本的に馬だけれど、ドラゴンが馬の代わりに流通を担ったらどうなるだろう?
自動車がないこの世界で、山を簡単に飛び越え、大量の荷物を抱えて飛べるドラゴンがいれば、傷みやすい生の野菜や果物、魚介に肉も、傷む前に運べるのではないだろうか?
「なるほど。馬は傷みにくい雑貨とかを、ドラゴンはその特性を活かして傷みやすい生鮮食品を運ぶのか」
「他にも急ぎの郵便配達や、貨幣の運搬とかもやるですよ。商会から商会へ、市場から市場へ、素早く何でも安全に運ぶのが龍配商会のモットーです」
「へぇー、なるほど。これも召喚獣の使い方の一つか」
ドラゴンって言ったらやっぱり戦闘するイメージが強いけど、こんな意外な使い方もあったんだな。
意外なのは、もちろんドラゴンの無駄遣いって意味合いで。
けれど、これでフルミネの言っていた意味が少しずつ分かってきた。
召喚獣自身や召喚獣のいた世界を知ることで、この世界に新しい風を取り入れる。
そうして出来たのが、きっとこのドラゴン輸送なのだろう。
一見無駄遣いに見えるけど、こうやってこの世界は少しずつ発展していったのかもしれない。
それに、考えた方によってはとっても平和だから、こういう使い方が生まれたと考えられるし、これはこれでかなり幸せな人間とドラゴンの共存の形なのかもなぁ。
ん? でもそうか、ドラゴン輸送か。ドラゴンって色々なドラゴンがいるよな?
「なぁ、フルミネ、レッドドラゴンがいるのなら、アイスドラゴンっているのか?」
「いるよー。でも、寒さに強いみたいで雪国の方に配達に行くことが多いから、ここみたいに暖かい地方ではあまり見ないね」
「やっぱりひんやりしてたり、氷のブレスを吐いたりするのか?」
「うん、ただの呼吸でもひんやりしているから気持ち良いよ。本気を出すと川も凍らせちゃうね」
ふむ。なるほど。
となると、あれが出来るんじゃないか?
そう思って俺は紙に考えをまとめてルチルに渡してみた。
「なぁ、ルチル。これ、どう思う?」
「アイスドラゴンを使った冷蔵便とか冷凍便? ふむふむ……え!? なにこれ!? 冷凍で運ぶともっと長い距離と時間をかけても、肉と魚の鮮度を落とさず運べる!?」
「今の野菜ももっと安定して運べると思うよ。それに冷蔵で数日貯蔵して足りなくなったときに放出するなんてことも出来る」
「こ、これ、本当にタダで貰っても良いんですか!? これ新しい商売のための原案ですよね!? 私の勘だけど、これが実現したらすごいお金が転がり込むですよ!?」
日本でおこなわれている宅急便をもとにしたアイデアなんだけどな。
冷蔵便とか冷凍便で生ものが送れる仕組みを、ドラゴンで真似ただけだ。
たまたま、この世界ではアイスドラゴンは寒い地方に強いドラゴンとだけ思われていて、冷蔵・冷凍しながら運ぶなんてアイデアは出なかったらしい。
コロンブスの卵みたいな話しだ。
「さすがセージさんです。なんか私よりもいっぱしの調界召喚士みたいです」
フルミネが尊敬の眼差しで俺を見つめる。
なるほどね。これが調界召喚士のお仕事か。
「ルチル、俺はその紙の中身に対して、お金を貰わない。代わりにそのアイデアを出したのはフルミネだって商会の偉い人たちに伝えてくれ。調界召喚士になる前にフルミネが実績を持っていれば、後々仕事を探すときに有利になるから」
「ありがとうございます! セージの旦那! 私ものしあがるつもりなんで、偉くなったら便宜をはかるです!」
「さらっととんでもないことを言ってのけたな。でも、そうなったらよろしく頼むよ」
「はいです! それじゃあ、早速商品を村に置いたら商会本部に戻るので、失礼します!」
ルチルの宣言にドラゴンのレドが一瞬嫌そうな顔をしたように見えたけど、気のせいだろう。多分。
気のせいじゃなかったらごめん。
飛び去っていくドラゴンの背中に俺はそう呟いた。
そうしたら、不意にフルミネが背中に抱きついてきて――。
「やっぱりセージさんが私の召魂に応えてくれた人で良かった」
「え? 俺なんかしたか?」
「ふふ、そういうところですよ。よしよし、ありがとうセージさん」
何で子供扱いなんだ、と一瞬思ったけど、俺はなされるがままフルミネが満足するまで撫でられ続けた。
どうやら、思った以上に撫でられるのがクセになってしまっていたらしい。うーん、この子、大きくなったら魔性の女になりそうだ。
「それじゃあ、私たちも帰ろっか。今日の体験をレポートにまとめたいし」
そして、フルミネがどんなレポートを書くのか、俺は今から楽しみになっていた。