召喚された理由
俺は改めてフルミネと話をすることになり、リビングで机を挟んで向かい合った。
まずは俺の身に何が起きたか聞いてみよう。
「確か、俺を召喚したって言ってたけど、どういうことなんだ?」
「異世界の力を借りる術を召喚術って私たちは呼んでいるんだよ。呼び出す物はいろいろで、セージみたいに人を召喚することもあるし、他所の世界では悪魔とか天使とか言われているのを召喚したり、道具とか食べ物を召喚したりすることもあるんだ」
「へぇ、そんな色々召喚できて、俺が当たった訳か。すごい偶然だな」
適当に話を合わせてみたけど、実は何というか非常に申し訳ない気持ちになった。
いわゆる最初のガチャで外れを引かせてしまったような、そんな罪悪感がある。
「何を手伝うかは分からないんだけど、俺がフルミネに力を貸せば、俺は元の世界に戻るのか?」
「うん。普通の召喚術なら目的を達成したり、時間が経ったりすると元の世界に戻るんだよ」
「あれ? でも、俺残ってるけど?」
「召喚士が最初に召喚した相手は、召魂獣って呼ばれていてね。召喚士の命と結び付いていているから、召喚士が死ぬまでこの世界に居続けられるんだ。手に刻印がついているでしょ?」
そう言われて右手の甲を見てみると、いつのまにか三角形と円で描かれた魔法陣みたいなのが描かれていた。
この刻印が刻まれた召喚獣は特別で、魂まできっちりとこの世界に定着させることから召魂獣と呼ぶらしい。
なるほど、これがあるから俺はこの世界にいられるのか。
「召魂獣との付き合い方は人によって違うけど、一緒に戦ったり、異世界の知識を使ってお店を開いたり色々あるね」
ほいほい信じられる話しじゃないけれど、そういうことだと思って聞いておく。
けど、それなら一つ疑問がわいてくる。
「戦ったり、商売したりするのなら、俺みたいなただの人間より、ドラゴンとかそれこそさっき言っていた天使とか悪魔の方が良いんじゃないか? だったら、やり直した方が――」
「召魂の儀式は一人一回切りしか出来ないんだ」
「え? なんで?」
「魂を共有する訳だし、魂を分け与えすぎたら死んじゃうんだよね」
フルミネがさらりと恐ろしいことを言ってのける。
もちろん、あっさり死ぬといったことも驚いたけど、それ以上に恐ろしいと思ったことがある。
俺を召喚したせいで、もう儀式は出来ないだと?
「フルミネ以外の人はどんな召魂獣を呼んだんだ?」
「レッドドラゴンとか、タイタンゴーレムとか、すごそうなのを呼んでいたよ」
ごめんなさい。そんなすごい召喚獣たちの中に紛れて、おっさんとかいう外れを引かせてごめんなさい。
「あの……俺何も出来ないただのオッサンなんですけど」
「そんなことないよ?」
「いやいや、俺の生活を見たって言ってたよね? それなら、俺の世界がどんな世界か分かってるだろ? 全然魔法もファンタジーもない世界だぞ!?」
「うん。だから、心強いんだよ?」
冗談とかお世辞を言っているようには見えない。
一体、どういうことだ?
「セージさんは私と魂を共有しているから、私を媒介にセージさんも召喚術が使えるもん。きっと私じゃどうして良いか分からないものも、セージさんなら使いこなせるでしょ?」
「俺も召喚術を使えるのか?」
「うん、欲しい物を頭の中に思い浮かべて、サモンって声を出すだけだよ。ただし、セージさんの世界にゆかりのある物って制約はあるけどね」
いまいち信じられないけど、とりあえず――。
「サモン!」
俺が声を張り上げると、手の甲に刻まれていた印が輝き、手の中に四角く薄い板が現れた。
「うわ……マジで俺のスマホが出てきた」
「セージさん、それはなに?」
「スマホって言ってな。これを使って電話したり、メールしたり、ネットみたり、ゲームしたり、写真や動画をとったり、色々出来る便利な道具なんだよ」
「そういえば、セージさんの記憶でよく持っているのを見たけど、電話? メール? ネット?」
「あぁ、えっと、遠く離れていても話しが出来て、手紙が一瞬で届けることが出来る道具かな?」
「へぇ! そんなすごい道具を使いこなせるなんて、セージさんはすごいね!」
「そう言われてもなぁ。電波が入らなきゃ大したこと出来ない――って、電波が入ってる!?」
マジカヨ。どうなってんだこの世界!?
しかも、日本にいるのと遜色無い使い勝手だ。
ちゃんと検索エンジンは動くし、アプリストアも開くぞ!?
うわ、広告まで表示される……。いらないところまで完全再現だな。ん? でも、この広告は――。
「えっと……まさかと思うけど……。サモン!」
俺はあり得ないと思いつつ、たまたま広告にでていたピザを召喚してみた。
すると、俺の手の中に画像と全く同じピザが現れる。
焼きたてなのか、熱々で湯気が立ち、食欲をそそる香りが部屋中に広がる。
「なにこれ!? セージの世界の食べ物だよね!? 食べてみても良い?」
「あぁ、うん、どうぞ?」
流れで渡してしまったけど、本当に食えるのか?
なんて心配は全く無意味だったみたいで、フルミネは勢いよくかぶりついた。
「美味しい! こんなに美味しいモノ食べてたんだ。セージの世界はすごいね。これはちゃんと記録しておかないと! これ何て言う名前の食べ物なの?」
「えっと、ピザっていうんだけど……。うわ、本当にピザだ……」
「ピザっていうんだね! うーん、材料はコムギとチーズは分かるんだけど、何だろうこの赤いソース? ちょっと酸っぱいんだけどうま味があって、不思議とクセになるような」
俺も一切れ食べてみたけど、確かに全く同じ味が再現されている。
俺としては、こんな無茶苦茶なことが出来る世界の方が凄いわけなんだけどな。それにしても、この召喚術っていうのは、一体どこまで有効なんだ?
「なぁ、フルミネ、俺は俺の世界に存在した物ならば、何でも召喚出来るのか?」
ピザにかじりついて幸せそうな顔をしながら、独り言を呟き続けるフルミネに声をかけてみると、彼女はうんうんと首を縦に振った。
「うん、セージの世界で作られたモノなら何でも召喚できるよ。命を持ったモノも召喚できるし、命が無い物も召喚出来る。だから、言ったでしょ? セージがいてくれて心強いって」
「制限みたいなのはあるのか? 例えば、一日に何回までとか」
「召喚術にはそれ相応の魔力消費があって、その手の刻印が使う度に薄まっていくの。刻印が消えちゃったら、魔力切れの証拠。ちなみに魔力の回復は私の魂とセージの魂が繋がっているから、勝手に回復するから安心してね」
「言われて見れば少し薄くなったな」
確かに少し手の刻印が少し薄まっている。
なるほど。これがMPゲージみたいなものか。
使いたいときに使えるように、無駄遣いはあんまりしない方が良さそうだな。
「なるほど。俺が何を出来るかは大体分かったけど、フルミネは何のために俺を召喚したんだ? 一緒に召喚士になって欲しいって言っていた気がするけど、フルミネはもう召喚士なんじゃないのか?」
「うん、そうなんだけど、召喚士って一口に言っても、色々な種類があってね。セージには私と一緒に調界召喚士の試験を一緒に受けて欲しいんだ」
「調界召喚士?」
「そうそう。色々な世界を調べて、もっと異世界のことについて知って、もっとこの世界を暮らしやすくしようっていうお仕事だよ」
「へぇー、なるほど、いわゆる学者とか研究者っぽい仕事か」
「そうそう! それでね。その試験が一年後に王都であるの。試験内容は研究成果の発表して、審査官の人たちに合否を決めて貰うんだ。そこで合格すれば、調界召喚士としてお給料と研究所が貰えるんだよー!」
そう言ったフルミネの目は夢見る子供のように輝いていた。
そこでようやく俺が選ばれた合点がいったよ。
言葉を交わせる思考力がある人間で、元いた世界がどんな世界かを、ある程度よく知っている人が欲しかったのだろう。
ドラゴンとかゴーレムじゃ、生き物としての前提が違い過ぎて話しにズレが出るだろうし、同い年くらいの子では世界がどんなところなのか聞くには早すぎる。
多分、そういう条件が色々重なって、三十手前のおっさんが選ばれたという訳だ。
正直、フルミネが俺で良いと言った時は耳を疑ったけど、よその世界が知りたいっていう意味でなら、きっと俺のことを心強いと言ってくれたのも、世辞でも嘘でもなかったのだろう。
となれば、俺が協力するのはやぶさかではない。それと、俺もその調界召喚士の仕事に興味がある。
ドラゴンがどんな生活しているのかとか、エルフとドワーフは本当に仲が悪いのかとか、魔法使いがいたら魔法の修行とかどんな風にやるのかとか、お伽噺をはじめとする創作の世界の住人に会って話が出来るんだ。
そう思うと、この世界を探索してみたいと思って、ちょっとワクワクしてきた。
そして、俺以上にその夢を抱えていたであろうフルミネは、俺以上にワクワクしていたようで――。
「セージさんセージさん! セージさんのいた世界のこと、いっぱい教えてよ!」
そんな知りたがりの召喚主に抱きつかれ、星でも目に入れたように輝く瞳で見つめられたら、断ることが出来なかった。