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フルミネ

 俺は疲れのあまりうたた寝してしまったことに気がついて、驚くように跳ね起きた。


「しまった!? 今何時だ!?」


 部屋の中が太陽の光に照らされていたので、俺はいつのまにか朝になっていたことに気がついたのだ。


「このままだと遅刻する!?」


 家を飛び出そうと、目の前にあった扉をあけようとしたら――。


「あ、目が覚めたんだね」


 年端もいかない銀髪の少女がお粥のような物を持って入ってきた。

 あどけなさが残る顔からすると、歳は十四か十五くらいだろうか。

 小動物を思わせるような愛くるしい見た目に、思わず俺も遅刻を忘れて見とれてしまう。


「お腹空いてるでしょ? ミルク粥を作ってきたよ。ほら、座って座って」

「え? あ、うん?」


 少女に促されるまま俺はベッドに座る。

 そうして、ちょうど目線がその子に合うと――。


「はい、あーん」

「へ?」


 お粥をすくったスプーンが俺の目の前に差し出された。

 そこでようやく気がついた。

 あぁ、そっか。これは夢なんだな。そういえば、疲れて眠ったんだった。

 なら、目覚ましに起こされるまで、この夢を楽しもう。


「あちっ」


 むぅ、夢のくせに思った通りにいかないもんだ。

 ムダにリアルな熱さに驚くと、少女も慌てて謝ってきた。


「ごめんね。ちょと熱かったね。よし、今度はちゃんと――、ふー、ふー」


 そして、スプーンにすくった分をフーフーと息を吹きかけて冷ましてくれる。

 その度に甘いミルク粥の香りが鼻を通り抜けた。

 すげぇ夢だなぁ。匂いまで再現されたのって初めてじゃないか? なんて思っているとまたスプーンが差し出されて――。


「今度は大丈夫のはずだよ。はい、あーん」

「あ、あーん」


 口の中に含んでみると、温かいと思えるちょうど良い温度に冷まされていた。

 三十手前にもなって、十四、五歳くらいの少女相手に、子供みたいなことをしていて恥ずかしいのに、差し出されたミルク粥が甘くて温かくて、もっと食べたくなってしまった。


「はい、あーん」


 親鳥から餌を貰う雛鳥のように、俺は少女からお粥を差し出されるのを待ち、来たら口を開けるのを繰り返す。

 そうして、いつのまにかミルク粥を完食してしまった。って、この夢は満腹感まで再現するのか。すごいな。

 俺がそんな風に夢のリアリティにちょっと感動していると、少女は嬉しそうに微笑んだ。


「綺麗に食べてくれてありがと」

「どういたしまして?」


 俺がお礼を言うべきはずなのに、何故俺が少女に感謝されているんだ?

 なんて思っていたら、頭を急に抱きかかえられた。

 そして、優しく髪をなでられる。


「セージさん、大変だったね。よく頑張ったね」

「え? 何で名前を?」

「だって、私があなたを召喚したから。どんな風に過ごしてきたかも見えたよ」

「召喚?」

「そうそう。私、召喚術士のフルミネっていうの」


 フルミネと名乗った少女はそのまま俺の頭をなで続ける。


「よしよし。こっちの世界に嫌な上司さんはいないから安心してね」

「夢……だよなこれ?」


 俺はそう自分に問うように呟いた。

 けれど、フルミネは優しい声音で俺のつぶやきを否定する。


「ううん、現実だよ。こっちの世界にセージさんの会社はないから安心して。すごいね。毎日あんなに大変そうな仕事してるんだよね? 私だったら三日ももたないよ」


 いやいや、この夢出来すぎだろう。

 さすがにこれは現実感なさ過ぎて夢だって分かるよ。

 それによく見たら、部屋も俺の部屋じゃ無かった。こんな木の家じゃなくてアパートだしさ。

 だから、これは間違い無く夢だな。

 なら、せめて、夢がさめるまで目一杯この子に甘えても良いだろうか。


「私は知ってるよ。セージさんが実は頑張り屋さんだって。ちゃんと仕事やってるって」

「そんなこと……」

「知ってるよ。セージさんが優しい人だって。同僚の人が怒られないように、上司の人には何も言わなかったって」

「それは……」


 さすが俺の夢。それくらい見通されて当然か。


「大丈夫。私には分かるよ。セージさんは無能なんかじゃないって。ちゃんと才能があるって」

「そうなのかな……」

「そうだよ。いる場所が悪かっただけだよ。だって、セージさんをいじめる上司が悪いだけじゃん。セージさんは小さい時から頑張って生きてきたよ。召喚した時に見たもん」


 上司が悪い、俺はそうハッキリ面と向かっていったことが無かった。俺が原因のミスじゃなくても、俺のやったことで会社に迷惑を被った。そう何度も責められた。

 だから、俺もいつのまにか、失敗することを予測出来なかった俺が悪いって思っていた。

 けど、フルミネは、それは違うと言ってくれる。

 俺の夢みたいな望みを与えてくれる。


「この世界で新しい人生を初めてみない? 不安もいっぱいあるかもしれないけど、私がついてるから大丈夫」

「新しい人生?」

「うん、私と一緒に召喚士になってくれると嬉しいな」

「そうしたら、フルミネとこうしていられるのか?」

「そうだね。元の世界には戻れなくなるけど、この世界で辛いことがあったら、私を頼っていいから」


 頭を抱きしめられた上に撫でられていたら、ずっとこのままでも良いかなって気持ちになってきた。

 そうだよなぁ。もうあんな会社に行かなくて済むし、上司にも会わなくて良いって言うのなら、いっそのことこの子と一緒に新しい人生を歩むってのも悪くないよなぁ……。

 どうせ夢の中なのだし、遠慮せずにただやりたいことを言ってみよう。


「ならさ……、このまま二度寝しても良い……かな? ミルク粥を食べたら何か眠たくなっちゃって」


 頭をフルミネのお腹にくっつけたまま、そんな情けないことをお願いしてみる。

 ご飯を食べて眠くなったというのは口実で、実はフルミネから伝わってくる暖かさでホッとして眠くなったなんてとても言えない。


「それじゃダメよ」


 そう言ったフルミネはくすぐったそうに笑って、俺の頭から手を放した。


「ダメか」


 さすがにおっさんが甘えすぎたら気持ち悪いか。

 自分の夢の登場人物とは言え、さすがに情けないことを言い過ぎたかもしれない。

 というか、さっきの思っていた本音が聞かれていたら、笑って済まされなかったかもしれないなぁ。


「寝るならちゃんとベッドで横になってね。身体傷めちゃうよ?」

「なら、膝枕してもらってもいい?」

「あ、それなら良いよ」


 フルミネはそう言うと靴を脱いでベッドの上で女の子座りをする。


「おいで」


 そして、両手を広げて俺を受け入れようとしてくれる。

 もし天使がいたら、きっとこんな子なんだろう、そんなどこかずれたようなことを思いながら、俺は頭を彼女の太ももの間に沈めた。


 どうしよう。俺の枕よりすげー柔らかくて気持ち良い。一瞬でうとうとして、感触を堪能する時間なんてほとんどなく、すぐ落ちそうだ。

 しかも、また頭をなでられてしまったら、もう俺の意識はフルミネのウィスパーボイスで簡単に溶かされた。


「よしよし。ゆっくり休んでねセージさん」


 もっとこの夢が続いて欲しいと思ったけど、目を覚まして現実に戻ってもフルミネのささやきのおかげで頑張れる気がした。



 何時間寝たんだろう。

 分からないけど、目覚ましが鳴る前に、自然と目が覚めた。

 良い夢を見たなぁ。これで今日も頑張れる。


「……フルミネ?」


 俺はまだ夢を見ているのか?

 目の前にフルミネの寝顔がある。

 フルミネがうとうとと船をこいでいるせいで、俺たちの鼻先がくっつきそうになった。

 夢の続きじゃないよな……。俺は確かに眠って目を覚ましたんだから――え? 夢じゃない?

 意味が分からず、フルミネの寝顔をジッと見つめ続けていると、ぽたりと頬に温かい雫が落ちてきた。


「あ……いつのまにか私も寝ちゃった……。って、あぁっ!? ご、ごめんなさい!? よだれ垂らしちゃった!?」


 わたわたと手を振りながらハンカチで俺の頬を拭うフルミネの姿に、俺の中から血の気がひいていくのを感じる。


「あれ? ……夢じゃない?」

「あれ? セージさん、まだ寝ぼけてるの? もうちょっと寝る?」


 あぁ、夢じゃないのか。

 って、えぇっ!? これからどうなるんだ!?

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