日常
疲れて、歩くことすら辛く感じる仕事帰り。
電気のついた家から聞こえてくる楽しそうな笑い声と、美味しそうなご飯の香り。
その楽しそうな雰囲気をやり過ごし、真っ暗で寒い我が家の扉を開ける。
そして、俺は着替えもせず、真っ直ぐベッドに倒れ込む。
「疲れた……。腹減った……」
そんなことを言って何かが変わる訳でも無いのだけれど、勝手に口からこぼれてしまう。
小さい頃は、大人になれば当たり前のように結婚して、仕事して、家庭を築いているものだと思っていた。
いわゆる人並みの幸せっていうものが、生きてればいつのまにか手に入っているんだと思っていたけれど、現実はそうでもなかった。
宮本誠司三十歳を目前にして、家庭どころか恋人もいない。友達との連絡も半年に一度取るか取らないかだ。それを果たして友達と言って良いのか分からないけど、友達じゃ無いと言ってしまったら余計惨めになりそうだから、意地でも止めておく。
そんな寂しい人間関係に加えて、仕事もあまり上手くいっていない。今日もこっぴどく怒られて、無能扱いされたばっかりだ。
「……今日のは完全に怒られ損だったよなぁ。三日前と今日と言っていることがまるっきり違うじゃないか……」
上司の指示に従って商品の発注をしていたのに、発注後になって指示の内容が急変し、俺はちょっとした失敗をやらかした。
その耳は飾りか? とか、お前はこんな常識も察せないのか? と、怒られたので、俺は、本当に自分の聞き間違いとか、聞き逃しだったのかどうか同僚に確認してもらった。
すろと、俺の出した発注が上司の最初の指示通りの内容で、上司が指示を変えたのは誰も聞いていないということだった。
「俺は間違ってなかったのになぁ……」
しかも、情報を集めていくと上司は自分のミスを隠すために、俺を使ったことが分かった。上司より上の人間から上司がミスを指摘されて、慌てて俺にミスの原因をなすりつけたらしい。
それを知った俺はただため息をつくことしか出来なかった。
サラリーマンである限り、上司と喧嘩して勝てる訳がない。それに、その喧嘩に負けたら、無職という今以上に酷い未来が待っているかも知れないのだ。
上司が黒と言えば黒になるし、白と言えば白になる。それに従うのが会社で生き延びるコツなのだから。
「はぁー……何でこんな人生になったんだろうなぁ……」
そんなコツなんて使って生きていても全く面白くない。
だから、よくこう思う。人生を一からやり直したいなんて贅沢なことは言わない。
せめて、明日からの人生を楽しめるような生き方が欲しい、と。
そんな望み、叶うわけがないと分かっているけれど、せめて夢の中でくらい見てみたい。
そう思って目を瞑ったのが、この世界での最後の出来事だった。