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子豚になっちゃった私+キス=真実の愛っ!?

作者: 歌月碧威

――なんでこうなるのよっ!?


私は堪えきれず、つい舌打ちをしたくなった。ストレスが溜まりまくりの自分が置かれている現状のせいで。

ここフレーム国ではヴェネルという指折りの魔術師がいる。

西の魔女の第三五番弟子であり、王宮の魔術師団錬成部隊第二団隊長であり、見目麗しきその容姿から宝石魔女姫というごちゃ混ぜ感たっぷりの異名で国内外に名を馳せていた。

そのヴェネルとは私だ。


自分でも納得できる整った容姿から宝石魔女姫と呼ばれる異名を持つのに今の自分の姿は何だ?

腰までは届く鮮やかな夕日色の髪は薄ピンクの短い毛に変化。そして綺麗に整えられた半円の爪が並ぶ繊細な指は、脂肪という名の肉が付き腸詰めのようだ。

まるでオーケストラの奏でる旋律と称えられていた声音が、悲しい事に何を言っても「ブヒッ」という鳴き声に。

唯一変化が見られないのは、ブラックダイヤモンドを嵌めこんだような透き通る瞳。そこだけは人間だった時の私のまま。

ただ、猫のような目ではなく、ボタンを嵌めこんだような円ら形に変化しているが……

きっと私を知る人間とすれ違っても全く気づかれないだろう。

なぜなら今の私はただの子豚の姿なのだから――


「ブヒッ(また野菜か)」

私は視線の先に置かれている物を眺めながらそう呟いた。

前足と後足でしっかりと地面を踏みしめ佇んでいるのだが、その下には毛足の長い深紅の絨毯が敷かれ、私の足裏を優しく包み込んでくれている。

その絨毯の上には、若草色のテーブルクロスが。その上には白磁にゴールドの縁どりがされている皿がのせられ、そこには青々とした野菜が盛りつけられていた。鮮やかな緑と白のコントラストが対照的で美しい。


すぐ傍では金をコーティングした飾り枠が付けられたクリーム色の壁があった。

そこには黒煉瓦で作り上げられた暖炉があり煌々と火が焚かれている。木々の爆ぜる音とゆらゆらと揺れる炎に癒される。

そろそろ雪が降りそうな季節だが暖炉によって生まれた温かな空気により、室内を包み込んでくれているお蔭で快適に過ごせていた。


――私もあっちが良いなぁ。


顔を上げ、左手奥へと視線を向ける。するとそこには、純白のクロスが敷かれた長く大きな机があった。

三十人以上は余裕だろうという座席は、もうすでに半分以上が埋め尽くされている。彼らの年齢は様々で、上は五十代から下は幼児ぐらいまで様々だ。

人々が身に纏っている衣服は生地が上質で飾りも細かいく胸元や指に付けられている宝飾品がまるで星々のように輝いている。

それもそうだろう。この方達はこの国の王とその家族つまりは王族だ。

彼等は食事を堪能しつつ、おしゃべりに興じている。


「ブヒッ、ブヒッ(あー、美味しそう!)」

テーブルの上に並べられている料理が凄く羨ましい。

丸々と太った鶏肉を野菜と共にこんがりと焼き上げたメインの品から、生クリームやフルーツがたっぷりと乗せられたケーキなどのデザートなど数多くの料理がテーブルへと並べられている。

どれもおいしそうだ。


勿論、目の前にある水分をたっぷりと含んで育った野菜も瑞々しくて美味しそうだと思う。

だが、みんなが食べているような外はカリッと中はジューシーな肉が食べたいふっくらと蒸らした魚が食べたい。甘い菓子が食べたいのだ。


「……どうしたの? 子豚ちゃん。ほら、ちゃんと食べて。丸々太ってくれないと僕が美味しく食べられなくなっちゃう。あの文献通りのレシピで丸焼きにしたいんだから」

肉食べたい。肉食べたい。と念を送るように眺めていれば、ふとそんな春の陽だまりを思わせるような口調の青年の声が降って来た。

そのため、すぐさま私は猫のように背を丸め「うるさいっ!」と棘を含んだ声を上げた。 

だが、悲しい事に相手にとっては豚がブヒッと鳴いているだけだろう。


「ブヒッ! ブヒッっ!(だから食べないでよ! 人間なんだから!)」

と抗議の声を上げながら声のした方向……右手へと顔を向ければ、端正な顔立ちをした青年と視線がかち合う。

彼は瞳同士が混じり合うと、すぐにしゃがみ込んできた。

銀糸の刺繍が施された深緑を思わせる衣服を纏ったその青年は、私の頭を撫でると野菜の盛られた皿をこちらへと寄こす。


――もとはと言えばこいつが悪いっ!


私は目を細めると、その青年・フレーム国の第五王子・ラムスを睨んだ。


「どうしたの?」

彼は鎖骨下ぐらいまで伸びている髪を右肩で一つに纏めているのだが、小首を傾げれば肩からさらさらと髪が流れていく。

そんな彼は私に向かって、女性達の胸を打ち抜くような笑みを浮かべている。

見た目はモテ男。だが、この男はなかなか面倒なタイプだ。

王族でもあり歴史学者でもあるこの男は、寝ても冷めても研究のことばかりなので、女性の人気は他の見目麗しく中身もスマートな殿方達の方へ向かってしまうのは自然の摂理。


「うん。安心して。ちゃんと美味しく食べてあげるからね」

「ブヒッ!(違うし!)」

首をぶんぶんと振るが、全く聞く耳を持たない。いや、もう言語が違うから何を話しているのかすらわからないのだろう。

だが、気のせいだろうか? 人語を話してもこの男には全く通じない気がするのは。


――こいつに食われる前に早く元に戻らなきゃ。そのためには、マーディル王太子との真実のキスを!


ちらりとつい先ほどまで眺めていた横にあるテーブルへとまた視線を向ける。


「ブヒッブヒーッ!(あぁ、素敵!)」

並んでいる王族の中でも一番輝いているのは、亜麻色の髪を持つ世界でも美しい王子様・マーディル王太子。彼こそ私の想い人であると同時にこの豚の姿になってしまった禍根でもある。


私は元々高位の魔術師なのでこの体中を血液のように流れている他人の魔力に逆らい消し去る事なんて朝飯前! 

……とは簡単には出来ず。

なぜならば、これは私よりも強い魔力を持つ者――私に魔術を教えてくれた師匠によってかけられたものなのだから。

そもそもどうして自他認める絶世の美女だった私がこんな豚の姿になったのかと問われれば、発端は同期のマノリアとの喧嘩が原因だ。

同じ師に従事し宮廷魔術師として名を馳せている私達は、常にライバルでありお互い張り合っていたため、喧嘩は日常茶飯事。 

だが、年に数回程周りを巻き込んで大きな争いをする事がある。


数日前もそうだった。『マーディル王太子が想いを寄せている相手は自分』とお互いが一歩も譲らず。

しかも、喧嘩の場所が王宮の食堂。その上、ちょうど昼時で人も大勢いるような状況。

そのため、騒ぎにより呼び出された師匠により豚になる魔術をかけられてしまったのだ。


師匠は『お前達のどちらが愛されているのか? それは王太子に口づけをすればおのずと判明するだろう。お前達にかけたのは、真に自分を愛してくれる者にしか人間の姿に戻れない呪いだからな』と告げ、さっそうとローブを翻して立ち去った。

確かに自分でも悪かったかなぁ……とは、ちょっとだけ反省している。あんなに人が多い時に喧嘩しなくてもよかったって。


けれども豚になってしまったのだから仕方がないと潔く現実を受け入れる以外道はないのだ。

なので、私はその呪いを解くために王太子への部屋へと忍び込もうとしたのだが、その途中にラムス王子に捕まり首輪をはめられてペット件食用として可愛がられることに。


研究しか興味がない男のくせに豚には反応した。

なんでも古代人が食した豚の料理が掲載されている文献を研究していたようで、私を調理するために飼うことにしたようだ。 

どうやらお眼鏡にかなう豚がいなかったので育てることにしたらしい。

怖すぎる……流石にこの男に解体されそうになったら、師匠が止めてくれるのを願っているけど大丈夫なのだろうか。


「ほら、ちゃんと食べて。鮮度の良い野菜を選んで貰ったんだよ?」

ラムス王子の言葉に促されたわけではない。ただ、腹も空いていたので結局食べることに。

人間だった歴が長いためフォークを使用せず、口だけで物を咥えて咀嚼するのは無理なのでどうするのか? その答えは至ってシンプル。食べさせて貰えばいいこの飼い主に。


「ブヒッ(食べさせて)」

私は皿を叩きながら、彼へと顔を向けた。

「子豚ちゃんは食事の時だけは僕に甘えるね。いつもは抱っこするのも嫌がるのに。いいよ、食べさせてあげる。ほら」

そう言って彼は皿から葉っぱを取るとそれを私の口元に。

私は口を広げてぱくりと頬張れば口の中に広がる野菜の青さとほんの少しだけ苦みを含んだ甘み。

これはこれで美味しい。


「どう? おいしい?」

「ブヒッ、ブヒッ、ブヒーッ(確かに美味しいけど肉食べたい)」

そうは言いつつ、空腹もあって私は全てを平らげた。


「今日もいっぱい食べたね。さぁ、お口を拭こうね」

「ブヒッ、ブヒッ、ブヒーッ!(だから、触るなって!)」

そう高らかに叫べば、へにゃっとした顔を浮かべられてしまう。

「うん。うん。その調子だよ。丸々太ってね」

私が仮に豚だとしよう。人間の言葉を理解していたとしても、自分で食べて貰うためには太らない。絶対に。 

そんな事を心の中で毒づきながら、私は大人しく伸ばされたラムス王子の腕に抱えられた。




――……暇だ。


ラムス王子は私をどこにでも連れていく。それこそ仕事場にも。

彼は歴史学者なのでその仕事部屋でもある研究室内は膨大な資料や発掘品などに埋め尽くされた空間となっている。

歴史あるものが多いせいかどことなく錆びっぽい香りと埃っぽい空気が支配していた。

ラムス王子がこちらに背を向け机にて資料を読み漁る中、私はそれを半ば荷物置場となっている長机から眺めていた。

扉付近にあるためか、ここにやって来る人々が「可愛いね」と言いながら撫でてくれる。最近では私がいるのを分かっているのでおやつを持参してくれる人もいるのだ。


机にはちゃんと下に分厚い布とクッションが敷かれているので快適だ。その上、窓から差し込む日差しにより、ちょうど温かくまったりとした気分に陥ってしまったので、私は自然と瞼が少しずつ下がってきてしまう。


そんな時だった。微睡みの中で何気なく視界の端に捉えたものに目が釘付けになったのは。


それは籠の中に入れられた真綿に包まれた石でよく見ると文字が刻まれている。もしかしたら石碑のようなものだろうか。


――……しかも、あれは。


私は足を踏み入れていた夢の世界から一瞬にして現実の世界へと引き寄せられてしまう。 

そのため、すぐに起き上がると、そのままそれがある方向へと向かう。

目当ての物と同じ机続きで良かったって思う。こんな短い足ではジャンプや落下も難しいだろうから。

なんとか積み上げられた資料などの障害物を越え辿り着き例のブツを眺めた。


「……ブヒッ(やっぱり)」

そこにあったのは石碑の欠片だった。暗号化が目的なのか、古代魔法文字をベースに色々な言語が交りあっていて、中には人工文字ではないか? というものも見受けられ、これは明らかに何かを意図的に隠しているとわかる。こんなに小難しく隠すということは凄まじいレベルのお宝の在処を示しているのかもしれない。


「ブヒーっ!(ねぇ!)」

ちょっと甲高い声で鳴けば、王子の肩が大きく動き、彼がゆっくりとこちらへと顔を向けた。

「どうしたの……?」

「ブヒッブヒッブヒッ? ヒッ!(これ、どこで見つかったの? 解読出来たの?)」

「お腹空いたの? おやつにする?」

そう言いながら、彼は立ち上がってこちらに向かってやって来た。


「ブヒーッ!(違うってば!)」

だが、悲しい事に今の自分は豚。そのため、意志の疎通は出来ず。

どうしようかと考えたが、人間の言葉を話すのは不可能なので、仕方なく食事の時のように動作でチャレンジしてみて前足でトントンとその石碑が入った籠を叩く。すると、ラムス王子は「あぁ、これが気になるのか」と呟いた。


「これはね、何か珍しい物じゃないかと城に届出があったものなんだよ。なんでもガラクタを引き取った時に混じっていたものらしい。恐らく盗品の類だろうね。金になる物だけ自分達の懐に入れて、これは格安で売り払ったようだ。なかなか解読が難しくてね。色々な言語が含まれているんだ。だから、ごめんね、これ食べ物じゃないんだ」

違うし! と叫びたかったが、それよりもこっちだ。時間はたっぷりとある。

こんな絶好のチャンスを逃がしてはならない。お宝は私が手にすると固く決意し今のうちにこれを解読し、人間に戻れた時に探索に出よう! そんな風に私の中で密かな野望がうまれた。





あれから私はあの石碑をずっと解読していた。

ラムス王子が仕事を終え研究室を出るまでと思っていたが、自分でもこんなにのめり込むとは思わないぐらいに引き込まれてしまっていたらしい。まだ解読の途中だったため、石碑を寝室に持ち帰るぐらいに……


最初は欠片を持ちそのまま離さない私に対してラムス王子が取り上げようとしたが、この蹄で蹴り上げて阻止。

そのため、ラムス王子が困惑の表情を浮かべつつ「一応拓本取ってあるけど……壊しちゃ駄目だからね」と忠告だけして見逃してくれた。


――魔女文字と古代文字は読めるけれども、この人工文字がなぁ……神文字と悪魔文字のような物も見受けられるし。んー、なんだろ?


私はふかふかの寝具の上で手元にあるその欠片を舐め回すように眺めていた。敷かれているリネンのシーツは、お日様の香りがして肌触りも良い。


「子豚ちゃん。そろそろ寝よう。明かりを消すよ?」

頭上にぽんと乗せられた温かな手と降り注ぐ新雪のように柔らかな声。

それに対して私は頷くと顔を上げれば、そこには寝具に座って私を撫でているラムス王子の姿が。

その背後にある窓には分厚いカーテンが引かれていた。


「そんなにそれが気にいったのかい?」

ラムス王子は私から欠片を取り上げると、それを眺めた。

「寝返りで割ってしまうと困るから、これは保存しておくね」

そう言って寝具の横にあるチェストの引き出しを引くとそこへと収め部屋の灯を消すと、こちらにやって来て私を抱き上げそのまま寝具へと体を横たえた。


「ブヒッ(離してよ)」

「うん。大丈夫。一緒にいるから」

まるで子供がヌイグルミでも抱きしめ眠るかの様に私を抱きしめながら彼はゆっくりと瞼を伏せる。

毎回思うのだが情というものが湧かないのだろうか。こんなに可愛がってくれているのに最終的には喰うって……

一体どういう思考をしているのだろうか。意味不明で相変わらず謎の男だ。


「お休み」

「……ブヒッ(おやすみ)」

私は小さくそう告げると瞼を伏せるればすぐに私の意識は微睡みの中へ。いつもはそんなに急速に眠気なんて来ない。

だが、今日は石碑に集中したからだろう。そう思う間もなく、私は夢の世界の住人になった。



――……ん。


どれぐらい眠ったのだろうか? 喉が張り付くような渇きと共に意識がゆっくりと浮遊してしまう。

「ブヒッ(水が飲みたい……)」

体を起こすと私は短い手で瞼を擦った。すると視界の端に映し出されていたカーテンが不自然に波をうったのを捉える。

あぁ、風かと一瞬思ったが、すぐに「窓は閉めてあるはずだろうがっ!」というセルフツッコミが入ってしまった。そのせいで、私の体に妙な緊張が走る。


だが、すぐにそれも消しさってしまう出来事が。


それは、なんの脈絡もなくカーテンが真っ二つに斜めに引き裂かれてしまい、そのせいで零れる月明かりに映されてしまったのだ。そこに現れたのは頭から足先まで黒い衣装で覆われた男達で人数は三・四人だろうか? 皆、フード付きのローブを纏っていた。


「ブヒッ!?(賊っ!?)」

人間の時ならば自分の美しさのせいで狙われていると思うだろうが、今はなんの変哲もない豚。そのためターゲットは……――


「ブヒッ!(起きろ!)」

すぐさま私は前かがみになり、すやすやと寝息を立てているラムス王子の頬を叩いた。

だが、目覚める気配がない。そのため、体全体で押すように乗り体重をかけることにすれば「ん」という声が零れたのが耳に届く。どうやら起きたようで安堵。

だが、すぐに今度は絶望が襲ってきてしまう。何故ならこいつは戦力外だということを忘れてしまっていたからだ。

ずっと研究ばかりで剣術も碌に使えない典型的な頭脳派の上に、そもそも武器になるようなものすら手元にない。

そのため、騎士や魔術師などへ助けを求めるために視線を扉へと向けかけた瞬間、唇に何かしっとりとした弾力のある物が触れたのを感じてしまう。


「!?」

反射的に視線を向ければ、間近にラムス王子の端正な顔が。

どうやら急に彼が起き上がったせいで唇同士がぶつかってしまったらしい。


「……あれ? どうしたの……?」

目をこすりながらそう尋ねるラムス王子。

それに対して私は様々な感情が爆発寸前。それもそうだろう。ファーストキスは王太子のために取っておいたのに、このわけがわからない男としてしまうなんて。


「どうしたのじゃないっつうの! あんた、私の……――」

「え……? 子豚ちゃん人間の言葉が話せるの?」

「は?」

何故急に人間の言葉を話せるなんて尋ねたんだ? と首を傾げれば、なんだかやけに体全身の血行が良く循環するような感じがした。手の先から足先までお風呂に入っているかのように温かい。


「どういう事……?」

ゆっくりと手元を見れば、肉詰めのような腕が半透明状態に。そのため、腕越しにあるシーツが透けて見えているという奇妙な状況に。

「子豚ちゃん、もしかして幽霊だったの?」

「違うわよっ!」

「うん。そうだよね。って、あの人達はお友達?」

「んなわけないでしょうがっ! 賊よ、賊。恐らく貴方の事を狙っているのよ」

「僕を? それはないと思うよ。兄上達と違って僕には価値がないから」

「いや、そんな事ないわよ。だって、自分の長所って案外本人にはわからないものだから。気づかないけど誰でも持っているはずよ。私は自分の長所は理解出来ているけど。勿論短所なんてないわ。だって、私は完璧だもの」

「子豚ちゃん、人生楽しむタイプでしょ? けど、良い事言うね。でもね、狙いは子豚ちゃんのお気に入りの物だと思うよ。確実に」

「まさか!」

それが答えだとでもいうように、賊は声を荒げた。


「欠片を渡せ」

「ふぅん。危険を承知で城へ潜入するとは、やはりあの石碑はお宝の在処を示すものに間違いないわね!」

「渡さぬのなら……」

そう言って男達は腰元から何かを抜き取る。無残なカーテンから零れる月明かりが照らせば、鈍い刃が存在を誇示していた。どうやらそれは半円状の剣のようだった。


――くそっ! 豚の格好でなければ、こんな奴ら一網打尽なのに。


悔しさのあまり奥歯を噛みしめている時だった。ふと、体を支配していた師匠の魔力が消えたのは。


「え?」

そんな呟きを零したと同時に私の体は眩い光に包まれてしまう。

肩に感じるのは、自慢の何度でも触れたくなる髪の感覚とあんなに短かくて使いづらい手ではなくすらっとして長い手足。


「嘘っ! 戻れたわ」

みなぎる自分の魔力を感じ、私は完全に愛すべき体に戻れたと確信する。

これなら、こいつらを潰せると私は口角を上げ振り返った。


「悪いけれども、この欠片は私の物よ。お前らなんかに渡さないわ。お宝は私・ヴェネルが頂くわ」

そう高らかに宣言すると、すぐさま右手を奴らに伸ばし詠唱を刻む。

体の隅々まで行き渡る自分の魔力。それが凄く落ち着く。

どうして元に戻れたのかわからないけれども、今はそんな事よりもこいつらを叩きつぶす事が先決だ。


「闇夜が知った星々の煌めきよ。我、ヴェネルが命じる。その閃光にて魔を払い消滅せよ」

詠唱と共に奴らの足元と頭上には、天井と床の二面を全て覆い尽くすぐらいに巨大な魔方陣が出現。

そこからまるで流れ星のような光の球が賊目掛けて放たれていけば、となりから感嘆の声が上がった。


「わー、綺麗。彗星みたい。凄いよ。子豚ちゃん、魔法が使えたんだね」

「誰が豚だ! この私の姿を見てまだ……ん?」

あれ? やけに肌に空気が纏わりつく感じがする。しかも、お風呂上りのような爽快感も。

そう言えば、豚の時は体が縮み着ていた服が脱げてしまったなぁと思いだして、まさかと胸元へと顔を向けて私はつい堪らず叫んでしまう。


「なんで全裸なのよっ!」

慌てて布団を体に巻き付けるようにして隠すが、もう王子と賊に見られてしまっている。

「今までも裸だったじゃん」

「豚と一緒にすんな。それより全裸っだったら君、全裸だよって早く言いなさいよ。あんた変態ね」

「それよりどういう事? 子豚ちゃんが人間になっちゃったなんて。しかも、君どっかで見た事あるようなないような」

「豚から人間に変化ではない。逆だ、逆。元々私は人間。魔法によって一時的に豚になっていただけ。美しき宝石魔女姫って聞いた事があるでしょ? 私がそのヴェネルよ」

「それって、宝石なの? 魔女なの? 姫なの? ……まぁ、聞いた事がないからどうでもいいけどね」

「ちょっと!」

「それより人間だったなんて……せっかく可愛がって育てたのに……」

ラムス王子が肩を落とせば、廊下から複数の足音が響き渡ってきた。どうやら先ほどの騒ぎを聞きつけて誰かがやって来たのだろう。  

王宮魔術師は城内での魔力には敏感なので、どこかで魔法が使われればすぐに気づくし、今回は攻撃魔法だったから余計に。

この時間はうち――第二団が宿直だったはずなので私の部下達の足音だろう。


「王子! ご無事で!? 今、高魔力を感知したのですが……」

という声と共に乱雑に扉が開かれ現れたのは、想像通り私の部下である魔術師達。

だが、彼らは扉から真正面先にある寝具の方――私達を見て目を大きく見開いている。


「……え? 隊長?」

「遅いわよ。賊はそこよ。すぐに確保しなさい」

私が視線で示すが、彼らは横たわったまま動かず。


「どうしたのよ?」

「あっ……すみませんっ! 長期休暇ってそういう事でしたか。おめでとうございます」

「え? ありがとう」

何がおめでとうなのかさっぱり不明だが一応受けとっておくことにする。別に祝われて悪い気がする人間はいないだろうし。


――もしかしたら、人間に戻れたことかしら? 師匠にでも話を聞いていたのかも。


そんな事を思っていると、隣から「違うよ」という言葉が。

「は? 何が違うわけ?」

「この人達は僕と君が恋人同士だと思っているんだよ。君は子豚の時は魅力的だったけれども、今はさっぱり僕の琴線に触れないんだ。だからごめんね」

「なんだこの一方的に振られた感っ!? しかも、子豚の方が良いですって? 貴方、正気?」

「子豚の君は愛らしくて可愛らしかった。僕の理想の豚に飼育して食べようと思えるぐらいにね」

「喰うなよっ! お前の愛情怖いって……って、待て。もしかして、私が元に戻れた理由って、食用としてこの男に愛されていたからかっ!?」

そんな私の叫びが室内にこだました。






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