魔鋼騎戦記フェアリア 第1章魔鋼騎士 Ep3訓練!あの戦車を撃て!Act3
バスクッチ曹長が転属となる事を知らされたキャミーは、失望のあまりミハルに抱き付いて泣く。
そんなキャミーを慰めるミハルに曹長が語り掛けて来た。
「ミハル・・ごめん。もう大丈夫だから」
キャミーがミハルから離れて涙を拭う。
「・・・キャミーさん。私、どう言ったら良いのか・・・ごめんなさい」
ミハルはキャミーに謝って頭を下げる。
「ミハルが謝る事なんてない。あたしが迷惑を掛けたんだからさ」
無理に笑顔を作ってミハルを見るキャミーへ。
「迷惑だなんて・・。これっぽっちも思っていないよ」
ミハルも作り笑いで答える。
「さあ、戻ろうよ。もう日も暮れちゃったからね」
そう言って屋内へ行こうとするミハルに。
「い、良い奴だな。ミハルはっ!」
そう叫んで手を握るキャミーに、
「あははっ、そうかな?」
作り笑いではない本当の笑顔でキャミーに答えるミハル。
「私は良い奴なんかじゃないよ。
だって、キャミーさんに何も言ってあげられなかったんだから。何も出来ないんだから・・・」
ミハルの言葉に首を振ってから。
「いーや、お前は本当に良い奴だ。
変に気の利いたセリフを言われるより、ずっと心が休まった。
・・・お前って、結構胸でかいんだな?」
キャミーが最後はにやっと笑いながらミハルを茶化した。
「んなっ!胸って。そんな事考えて顔を胸にうずめてたの?ひっどーい!」
ミハルも笑って茶化し返した。
「あははっ、やっぱりお前は良い奴だよ。サンキューなミハル!」
そう言って先に走り出したキャミーを見送り、ほっと息を吐く。
「良かった。少しはキャミーさんの力になれたかな、私」
そう独り言を呟くミハルの後から声が掛かる。
「よう、装填手。なかなか気が利くじゃないか」
ミハルが振り向くと、
「あ、先任。バスクッチ曹長!」
気付いて姿勢を正すミハルに片手を挙げて制すると。
「ああ、ミハル。ちょっと善いか?」
曹長が気さくに話しかけて来た。
「は、あの、何か?」
ミハルは、いぶかしんで訊き返す。
「いや、まあ。あと3日だけだからな。ここに居られるのは」
「そう、ですね。
まだまだ教えて頂きたい事、一杯あるのに・・・酷いですよね、参謀本部も」
「まあな。軍隊だからな、仕方あるまいよ。
まあ、その事は擱いて置いてだな。
ミハルは砲手を務めてくれないか?」
突然の申し出にミハルは戸惑う。
「え?砲手を・・ですか?だとしたら装填手はどうするのです?」
「うん。その事は任せて欲しい。
いい奴が居るんだ。
そいつを搭乗員として、装填手として入れる。
これは小隊長にも話したんだ・・・どうだ?砲手になってくれないか。シマダ・ミハル?」
曹長は何故か、フルネームでミハルを呼んだ。
「先任がそうまで仰るのなら。砲手を務めさせて頂きます」
ミハルは決心してそう答えた。
「そうか、すまんな。
折角忘れようとしていたのにな。
オレには解っていたよ。
訓練の時、砲手席に座ったミハルの体が震えていた事を。
あの戦いでトラウマとなった心の事を・・・な」
曹長に見透かされていた事を知ってうつむいてしまうミハルに、優しく言葉を続ける。
「でもな、ミハル。
これはお前が乗り越えなければいけない最初の壁なんだよ。
これからも戦争は続いていくだろう。
そんな中で何時までも過去に起きた悲劇を引きずっていたんじゃあ生き残れない。
そんな甘い物じゃないのは、お前自身が一番良く知っているだろう。
オレ達は実戦経験をした。
その経験者がどんな哀しい物だったとしても、それに囚われていたんじゃあその先へは進めない。
・・・そうだろ、ミハル?」
優しい目で諭すように話す曹長に、ミハルはどきっとする。
ー キャミーさんが曹長の事好きになったのが判る気がする。
こんな瞳で、こんな優しい声で話し掛けられたら・・・
「わ、私は、乗り越えられるのでしょうか、その壁を?」
ミハルは曹長に問い掛ける。
潤んだ瞳をして。
「それは、ミハルの心次第だよ。
強い心を目指して頑張れば必ず壁は乗り越えられる。
・・・そう、強くなれ。強くなって生き残れ。
お前は絶対生き残るんだ。
何があろうとも、最後の瞬間まで諦めるな。
・・・それがどんなに苦しくてもな」
曹長の言葉がミハルの心に焼きついた。
ー 強くなって、生き残る。諦めるな。どんなに苦しくても・・・
「それが壁を乗り越えるって事ですか?」
ミハルは口を震わせながら曹長に訊く。
「それは解らんが、今、オレがミハルに言えるのはそんな事位だからな。
別れる前に言っておきたかっただけだよ」
少し照れた顔をして曹長が笑う。
ー 駄目だ・・・キャミ―、ごめんなさい。
私、私も曹長の事が・・・バスクッチ曹長の事を好きになってしまったみたい。
この人と別れるのが辛くなってしまったよぉ・・・
「曹長。ありがとうございます。
私、私・・・必ず強くなります、強くなって壁を乗り越えます。
だから曹長も生きて、生き抜いて下さい。
そして・・強くなった私に再び逢って下さい!」
最後は叫ぶ様に大きな声になっていた。
そんなミハルに変わらず優しい声でバスクッチが答える。
「ああ。必ずまた会おう。
その時そんな顔をしていたら、腕立て伏せ100回だからな!」
曹長はそう言ってミハルの涙を、指でそっと拭ってやった。
ミハルは指で頬を拭われて初めて自分が泣いている事に気付いた。
ー 曹長・・・好きです。
そう言えたらいいのに。
強くなれればきっと、言えるんだろうな。そう言える位強くなりたいな・・・
言い出すことが出来ないミハルに背を向けて、遠ざかる曹長の姿をミハルは瞳に焼き付けた。
バスクッチ曹長は、城壁の角を曲がってミハルから見えないところへ来ると。
「キャミー、そこに居るんだろ」
暗がりに一人の少女が待っていた。
「ミハルに何を言っていたの・・ですか?」
キャミーが暗い顔をして曹長の前に出てくる。
「ん?何だ、焼餅か?」
曹長が茶化すと、
「ち、違います。もう、いいです。失礼しました!」
キャミーはそう言って立ち去ろうとすると、
「待てよ、キャミー。大事な話がある」
曹長はキャミーの腕を握って引き止める。
「話って、何ですか?離して下さい!」
キャミーは曹長の手を振り払おうともがくが、力に勝る曹長に抱き寄せられる。
「んなっ、何をするんですか?!」
抗議するキャミーを優しい目で見据えて。
「キャミー。オレの顔を見ろ!」
曹長に言われて、おずおずと顔を上げたキャミーに、
「!うっんっ!!」
曹長はキャミーの唇を奪う。
最初は抗っていたキャミーの瞳から涙が零れ、やがて手は曹長の背中に伸びる。
曹長がキャミーの唇から離れると。
「曹長、酷いです。いきなり唇を奪うなんて!」
上気した赤い顔で、キャミーが甘い声で抗議すると、
「嫌だったかい?
でも、オレはお前が好きなんだ。
お前に惚れちまったんだ。嫌だったら言ってくれ」
キャミーの顔が涙でグチャグチャになる。
「ひっ、卑怯です、曹長。
そんな言い方、卑怯です。
嫌なわけないじゃないですかあ。
あたしも好きです。大好きです。曹長の事が誰よりも大好きです!」
キャミーは叫ばずには居られなかった。
そんなキャミーを曹長は腰に手を廻して抱締める。
「キャミー。愛している。愛しているんだ!」
そして再び2人は口付けを交わした。
「んんっ!曹長っ、こんな所で、ダメッ駄目です。
誰かに見られたらっ、ああっ!」
キャミーの声が微かに聞こえてくる。
ミハルは城壁にもたれて、ため息を吐く。
ー あーあっ、私、失恋しちゃった。
あっと云う間に・・・でも、良かったね、キャミーさん。
両想いで、恋が実って・・・
ミハルはそっとその場を離れて、居室に戻って行った。
電灯の灯かりの中を居室に戻ると、
「あっ!先輩ぃっ!何処行ってたんですかぁっ。大変ですっ、大変なのですっ!」
ミリアが大慌てで、ミハルに走り寄ってくると、
「搭乗割りに、何で私の名がぁっ!装填手の所になんでっ、私の名がぁっ!」
パニクるミリアを押し退けて、搭乗割を見に行くと其処には・・・
曹長の転属により、砲手に配置換えされたミハル。
ミハルは先の闘いで被った心の傷と向き合う事になる。それがミハルの最初の壁だった。
次回Act4
君は心の傷を克服できるのか?