第6章 終わる世界 Ep5 ジェットランド沖海戦 Part10
ヘッドフォンを被り直し、状況を確認する為艦橋に連絡を入れる。
魔鋼機械であるデバイスシステムが作動中なのも確かめる。
自分に残されている魔砲力がどれくらいなのか、主砲を放つ事が出来るのか。
敵が迫り来る中、一瞬たりとも無駄には出来ない。
「そう・・・折角戻れたんだから。
敵と撃ちあう事が出来るのなら、まだ勝てる可能性があるのだから」
魔鋼の力を示すゲージに示されているのは、射撃可能状態のブルー色が浮き出ていた。
機械に取り込まれていた時とは違い、魔砲力がかなり残されている事になる。
デバイス槍に力を注ぎながら、何故これだけの力が残っているのか不思議に思った。
ー おかしいな。
ついさっきまで魔砲力が足りなくて、機械から抜け出せないって騒いでいた筈なのに。
どこにこれだけの魔力があったのだろう・・・
自分が放ったリヴァイアサンとの連携魔砲に全てを使い果たした筈だった。
それだから女神デサイアに助けを求めた・・・筈だった。
それがどうだろう。
このゲージの値は・・・まるで何も使わなかったようにもみえる。
機械に魂を入れる前の状態に近い値が表示されていた。
「ねぇリィ君。
私達って機械に魂を入れて超音波魔砲を撃ったよね?
敵が一隻しか残っていないんだから、間違いないよね?」
頭に齧りついたままの龍の縫いぐるみに訊ねたが。
「うん?そんなこともあったような、なかったような・・・
思い出せないなぁ・・・そうだったっけ?」
本当に思い出せないのか、あえてそうしらばっくれているのか。
リィ君は齧るのを辞めずに答えて来た。
「う・・・そこも思い出せないの?名前だけじゃなくって・・・そうなんだ」
返事に落胆したミハルがリヴァイアサンに宿っている少年の顔を思い出す。
ー マモルの顔そっくりだった・・・何年か前の。
まだ私も魔鋼騎士になってはいなかった頃の・・・何も知らなかった頃の
無心に齧りついてくる縫いぐるみに、記憶の中に仕舞ってある弟を想う。
数年前の幸せだった頃の記憶が過り去り、今戦いに身を置く自分を想う。
ー 忘れていたなぁ、あの頃の事を。
何も心配せず、未来も心配せず・・・楽しかったあの頃の事を・・・
希望に満ちていたっけ。
知らない国に来たというのに、もの珍しさや美しさに心をときめかせて・・・
でも。
今はどうだろう・・・戦いに明け暮れ、必死に抗う毎日。
いつから私はこんなになっちゃったんだろう。
いつから人の死を観ても感情を押し殺せるようになったのだろう?
おかしい・・・・おかしいよ・・・・
いつの間に私は死をも受け入れれる様になったんだろう?
なぜ?
いつから?
思い出せない・・・思い浮かばない・・・忘れ去られている
私には希望があった筈・・・なのに・・・
龍の子が名前だけでなく記憶が忘れ去られてしまうのが不自然とは思えなくなる。
自分の記憶だってそうだと気が付いた。
ー リィ君の記憶が消されるのも、私の記憶が思い出せないのも。
全て何かが作用しているの?
誰かが記憶を奪い去っているの?
ほかの人はどうなのかな・・・この世界に住む人はみんなそうなのかな?
今になって初めて気が付いた。
幼いころの記憶が欠落している事に。
フェアリアに来る前、日の本で暮らしていた時の記憶が途切れ途切れにしか思い出せない事を。
ー 私達家族は横須賀に住んでいた・・・と、思う。
そこでの暮らしは・・・思い出せない。
お母さんはそこで何をしていたの?お父さんは科学者だった?
マモルが産まれた時、私は喜んだ?
・・・何もかもが曖昧。
私達家族がフェアリアへ旅立つ時、友達は居たの?
なんて言って別れを告げたの?
その前に・・・友達なんて私の周りに居たの?
記憶が無い事に愕然とする。
ー 私は・・・私こそ。
一体誰なの?
リィ君どころか・・・私こそ一体何者なの?!
記憶の混乱がミハルを襲う。
確かに自分は<島田 美春>と名乗ってはいるが、本当にその通りなのか?
本当にミハルという名であっているのか?
記憶が混乱を招き、自分が自分ではなくなっていくように感じ、動揺が奔る。
記憶が不確かな自信を打ち砕き、焦燥感を煽る。
ー 私はミハル・・・そう名乗っているだけで、本当は何処の誰なのか判ってはいない。
不確かな記憶に縋っているだけなんじゃないのかな?
混乱が自分をも打ち消し始める。
このままでは自分自身が迷い苦しむだけの存在と化し、この世界で彷徨う事になろうとしていた。
「ミハル!
しっかりしてよ、ミハルは間違いなくミハルだから。
記憶を消されそうになっているんでしょ?
僕と同じように・・・でも、ミハルはミハルなんだよ!」
不意に話しかけられて自分を取り戻した。
「えっ?!あれ・・・私・・・何を考えていたんだろ?」
気が付くと龍の縫いぐるみが目の前で飛んでいた。
「私・・・記憶が途切れ途切れにしか思い出せないの。
リィ君と同じように自分が誰なのか判らなくなっちゃって・・・」
呆然と話すミハルが、訳を話すと。
「そっか・・・リヴァイアサンと同化したからかな?
僕と同じように海獣と同化したからなんじゃないのかな?」
思い当たる節でもあるのか、リィ君が教えて来た。
「僕も海獣に同化させられているから解るんだけど。
リヴァイアサンの力を使った後は、つい今しがたの事でも思い出せなくなるんだ。
名前どころか、何をしていたのかさえも思い出せなくなっちゃうんだ・・・」
つまり、記憶が失われるのも海獣リヴァイアサンに同化する事が原因なのだと。
「じゃあ、リィ君の記憶を取り戻すには同化を辞めれば良い事になるの?
そうすれば記憶を取り戻せる事になるの?」
名を探し求めているリィ君を救う糸口がつかめた様な気がした。
「そうなるかな?
でも、僕の名前が解らないと戻る処も判らないでしょ?
たまごが先か、鶏が先か・・・そんな話になっちゃうだけだよ?」
そう。
名も判らない子をどこに帰せばいいのか。
譬え同化を解除したとしても、帰る場所が解らなければ簡単には解決できない。
魂が彷徨う事になってしまうから。
でも。
「それは方法が悪ければじゃないの!
いい方法を思いついたよ!
リィ君を一時的に機械に同化させた後、名前を思い出せたらもう一度転移させるの。
あなたの本当の姿に・・・あなた本来の肉体に!」
ミハルが思いついた方法は、成る程良いように思えたのだが。
「ミハル・・・肝心な事を忘れているよ。
僕が離れたらこのリヴァイアサンはどうなると思うの?
海獣リヴァイアサンはどうなると思っているの?
僕が制御しなくなったら海獣は何を目当てに動くと思うの?」
ミハルの魔砲力を喰らう事で制御されている海獣が一旦制御を失えば、
求めるのはミハル達人間たる者の魔法力。
「リヴァイアサンを野に放つ事にもなる・・・か。
だったらリヴァイアサンを滅ぼすしか方法がないって事じゃない?」
ミハルはリィ君の説明から結論を導き出す。
「えっ?!この龍を?
どうやって?
ミハルの力だけじゃあ無理だよ!
海神の使徒で、海獣なんだよ?!しかも心も魂もない状態なのに・・・」
リィ君はそれがどれほど危険な存在なのかが解っているようだった。
同化している事で、その恐ろしさが身を以って解るというのか。
身震いしながら答えたリィ君にミハルが自信たっぷりに答える。
「大丈夫だよリィ君。
私は女神の憑代なんだから。
いざとなったらデサイアさんに助太刀して貰うわ!」
あっさり、他力本願的な答えを言う。
「あ・・・あのねぇ、そこは自分が何とかするって言う処じゃないの?」
ガッカリした龍の子が言い募ると。
「気にしちゃ駄目!
私はリィ君との約束を守れれば良いんだから!」
変な自信を持ったミハルが断言した。
「そうと決まれば!
ちゃっちゃと・・・敵に勝たないとね!」
デバイス槍を握り返したミハルがモニターを見詰めた。
「主砲っ、射撃許可を申請します!」
主砲が旋回を始めるのを観ていたミノリが即座に答えてくる。
「おうっ!戻ったのかミハル!
敵は一隻だけ残った。あれを叩けば後は海上に浮かぶ艦隊だけに絞れる!
何とか撃滅してくれ!早く叩いてくれ!」
何故か急かして来るミノリに応えて、ミハルは魔鋼弾の装填を行う。
「超電磁砲は射撃不能につき、魔鋼弾を使用します!
射撃準備よし・・・撃ち方始めます!」
前部2基の主砲が同調して旋回を停める。
ミハルが狙った敵に砲身を擡げて主砲の軸線が決まる。
「砲撃始め!撃て!」
砲撃始めのブザーが鳴り終わる前にミハルの指が射撃トリガーを引き絞った。
記憶が失われる訳を知ったミハルは、
この闘いが済めば龍の子に宿る子を解放してあげようと考えていた。
だが。
海戦はこれからが本当の戦いなのだとは思いもしていなかった。
不吉なる影が電探に写り込む。
その影こそがミノリ達が望んでいた本当の敵だった・・・
次回 終わる世界 Ep5 ジェットランド沖海戦 Part11
いよいよ日の本から送り込まれた<薩摩>の意味が解る時が来る!
人類消滅まで ・・・アト 69 日!