第6章 終わる世界 Ep4 神託の御子 Part8
天気は晴朗なれども波は高かった。
巨艦は波に動ぜずに進む。
真一文字に、レーダーに映る唯一隻の敵に向かって。
そこに潜むモノにも気付かずに・・・
水上打撃艦隊の前衛部隊である水雷戦隊に警報が鳴り響く。
「「水中探知。6本の魚雷を確認」」
コンピューターが警告を発した。
身軽な巡洋艦達は一斉に回頭し、襲い掛かる魚雷に舳先を向ける。
((ズダァーンッ))
躱し切れなかった一隻に水柱が揚がる。
船首部分を切断され、たちまちに戦闘不能に追い込まれた一隻が艦隊から落伍した。
残りの5本が主力艦隊に襲い掛かる。
50ノット近い猛スピードでやって来た魚雷がたちまちに戦果を挙げた。
「「警報!警報!敵に正体不明艦あり。
レーダーに映らない、ソナーにも反応なし!」」
コンピューターは探知を繰り返す。
だが、先に損害を被る事になった。
((ズッダァーンッ))
戦闘を奔っていた戦艦に水柱が揚がる。
前部主砲塔脇に上がった水柱が治まった時、魚雷を受けた艦の行き足が停まる。
「「未だ探知できず!未だ反応なし!!
敵は完全なるステルス性能を持った艦なり、危険危険!!」
コンピューターは進路を替えるように指示を下した。
「艦長!敵艦隊進路を替えますっ、次発装填を急いで!」
美夏少尉の進言を受ける前に、既に魚雷の装填作業にかかっていた。
本来の駆逐艦<早蕨>にはない、次発装填を。
前方に黒煙が3本揚がっている。
3本の魚雷が敵にどれ程のダメージを与えられたのか。
美夏は自分が放った魚雷の功績を想う程の余裕はなかったのだが。
「門田艦長!
次発を放ったら、敵の右舷から砲撃戦に入りますっ!」
闘いに皆が心を一つしている事は感じられた。
駆逐艦乗りは団結力が並外れて強い、家族のような物なんだと心を新たにして。
前方を進む<早蕨>から発射焔が閃く。
グングンと敵に突入を図るその雄姿が。
「未だ艦影電探に映りません。
<早蕨>は目視でしか掴めないですね、艦長」
レナ砲術長が対空砲火の合間に、ミノリに言った。
「だが、それが敵艦隊を困惑させたのだろう。
敵艦隊の前衛が回頭した事でもそれが解る」
ミノリには艦と共に闘うミカの姿が目に浮かぶようにも感じられた。
「艦長、本艦の出力全開点まで後5分です!」
ミツル航海長がゲージを見詰めて報告する。
「よし、本艦はこれより空中へ上がる。
全艦魔鋼態勢に入れ!円環展開っ、浮き上がれ!」
艦長の命令が各部に行き渡ると、ミツル3尉が浮上レバーを引いた。
6枚の円環が水平状態へと変わる。
戦艦<薩摩>は航宙戦艦状態へと移行する。
「<薩摩>浮上!これより敵主力艦隊との砲撃戦に突入する!」
円環から強力な磁場が放たれ、空気が圧縮される。
圧縮された空気が水面を噴き上げた。
「本艦空中稼働状態へ!浮上します!」
6枚の円環から放たれた水飛沫が後方へと流れゆく。
浮き上がった戦艦が敵に向かって進む。
決戦を求めて・・・
「<薩摩>・・・ミハル・・・
頼んだわよ・・・人類を護り抜いて」
振り向いた美夏が呟いた。
「私達の願い・・・希望の光を放つのよ」
美夏同様、<早蕨>艦上にいる魂達が敬礼を贈る。
自分達には叶えられない想いを抱いて。
「さぁ!思う存分叩いてやるわ!
思い残す事がない位に、闘ってやるから!」
訣別を告げ終わった<早蕨>が敵艦隊の中へと突っ込んでいった。
周り中の敵に狙われて・・・
「ミカ姉ちゃん!
無茶よっ、やめて!」
モニターの中で一隻の駆逐艦が闘っていた。
最初は奇襲だったが、次第に砲火が駆逐艦を包み込み始める。
敵も漸くレーダーに捉まえられたのか。
それとも目蔵撃ちに撃ちまくっているのか。
同士討ちも構わず撃つ敵の中で、<早蕨>は奔り回る。
少なからずの損傷を顧みずに。
「ああ・・・これがミカ姉ちゃんの言っていた最期?
駆逐艦と運命を共にしたいと願っていた最期だと言うの?」
炎と黒煙に包まれながらも、尚も砲撃を続ける駆逐艦。
ミハルは祈らざるを得ない。
<早蕨>に幸運を・・・と。
ー 助けたい・・・
でも、適わない。
ミカ姉ちゃんは・・・乗員の皆さんの魂は。
この日が来るのを望んでいたから。
魂を穢してまで願われた望みなんだから・・・
私を救う為に駆けつけてくれた・・・恩人達の想いなんだから
右手を握り締めたミハルは肩に載るリィ君に呟いた。
「リィ君・・・もしかしたら。
もしかしたら・・・私は死神なのかもしれない」
震える声が告げる。
「私・・・女神なんかじゃないのかもしれない。
悪魔・・・いいえ。神は神でも・・・死神。
誰かを消し去る・・・終焉の神なのかもしれない・・・」
ポツリと溢したミハルに、リィ君が首を振る。
「違うよ、ミハルは死神なんかじゃないよ。
だって、彼らは喜んでいるもの。
やっと想いを遂げられると・・・神の御子となれることに」
龍の子が駆逐艦を観てそう告げる。
「神の御子?」
「そうさ、神の御子。
魂がその時を迎えられれば、本当の神の元に行けるんだよ?
僕達が居る<仮初の世界>の神なんかじゃなく、本当の神様の御許に」
初めて・・・そう。
初めて教えられた。
この龍の子、リィ君の言葉に因って。
<<この世界こそが仮初なのではないか>>・・・と。
「リィ君・・・君は一体?」
龍の子で、自分がどこの誰かも分からない子が。
自分達が今居る世界こそが仮初だという。
「え?!僕?
僕は僕だよ?名前を求める唯の縫いぐるみ。今は・・・ね」
リィ君の返事にミハルは考える。
ー この子の正体って?
本当に何も知らない?
本当は自分が誰なのかを知っているのかしら・・・
だとすれば何故偽ってまで私に宿ったの?
龍の子リィ君は素知らぬ顔でミハルに言った。
「この世界に生きる者は皆、何かの運命を背負わされているんだよね。
神たる者も、悪魔たる者さえも・・・運命に踊らされているんだよね?
僕と同じように・・・唯、本当の自分を知らないだけで」
耳に残る一言を告げる縫いぐるみに目を向ける。
そこに居るのはリヴァイアサンだった龍の子。
だが、何かを知っているのは間違いないと思える。
唯、何かを告げるのを憚っているように思えた。
「リィ君、あなたは・・・誰?」
モニターを観る龍の子に訊いた。
本当は自分がどこの誰なのかを知っているのではないかと考えて。
でも、答えは違った。
返された答えはミハルの想像を覆した。
「僕もミハルも・・・みんな、皆。
神託の子・・・神に因って遣わされた御子なんだよ?」
蒼く輝く龍の子の瞳が、曰く有り気に向けられた。
龍の子としてミハルの前に現れた元リヴァイアサン。
自分が誰なのかも分からないと言って、ミハルに宿った・・・筈だった。
その口が告げたのは<仮初の神の子>としてこの世界に生きる者は産まれたという事。
神も、悪魔も。
そして人たる者達も・・・全てが<神託の御子>だという。
リィ君は果たして何者なのか。
本当にこの世界は仮初だというのか?
真実を告げる鐘は、まだ鳴り響こうともしてはいなかった。
目の前に居る青い龍の子に訊いた。
「あなたは何を知っているの」かと・・・
だが、意外な方向に話は進んでしまう。
「だって・・・僕分かんない・・・」
はぁ?!
次回 終わる世界 Ep4 神託の御子 Part9
君は損な子、女神を宿したドジッ娘なんだよ、昔から・・・ね
おいっ!艦隊決戦はどうなっている?!
人類消滅まで ・・・アト 82日