第6章 終わる世界 Ep4 神託の御子 Part1
黒き霞に覆われた島から空の艦隊が現れ出でる。
空を圧して飛び来るのは巨大なる空の要塞。
空飛ぶ艦隊が飛び来る時、海面は波立つ。
艦隊の周りには無数の飛行機械が飛び回って護衛している・・・
「今度は逃さないわよぉ!
いいえ、これでお終いにしてやるんだから!」
神の神殿で飛び征く艦隊を見送る女神ミハリューが叫んでいた。
「バグ諸共、あの船を木っ端微塵にしてやれ!
私はお前達の勝利の報告を待っているわ!」
出撃する艦隊を飽きずに観ていたミハリューが、後ろを振り返ると。
「殲滅の女神よ、少々行き過ぎではないのか?」
モニターに映る薄黒い影が訊ねかけて来た。
「獅子はウサギを射止めるにも全力を出すと云うじゃない。
二度目の失敗は許されない・・・そうでしょ?」
ツンとモニターに向かって顔を逸らせたミハリューが答える。
「そなたの権限で艦隊全力を差し向けるのは構わんが。
失敗した時にはどう釈明するのだ?」
モニターから聞こえてくるのは薄い影の声。
しわがれた男の声がミハリューに回答を迫る。
「ふんっ、失敗なんかする訳ないじゃないの!
これだけの艦隊がたった一隻のチンケな船を仕留められない筈がないもの」
自信たっぷりにミハリューが言う。
だが、影は皮肉にもこういうのだった。
「そなたの考え方は、人間たる者と同じだな。
傲慢な人が考える思考力に等しい・・・
戦いには相手がある。
相手の力を侮り、自ら墓穴を掘る者の考え方と同じだ」
モニターに映った影がミハリューを誡めた。
「うるさいわね!
そんな事がある訳ないわ!
今迄の人類にあんな船が無かったから最初はしくじったのよ。
今度は・・・今度でお終いにしてやるんだから。
観ていなさい、ユピテル!
全能の神たるあなたの娘が勝利するんだからっ!」
モニターの影に向かってミハリューが吠えた。
その言葉に納得したとでもいうのか、影はモニターから消えて行った。
「ちっくしょう!
ユピテルの親爺め!
私を小馬鹿にしおってぇっ!」
苛立つミハリューは辺り構わず荒れ狂った。
送り出した艦隊の指揮も忘れて・・・
______________
「艦長!
哨戒騎発進します。
今日も第1哨戒魔砲師はミハル1尉が務められます!」
カタパルトから射出された白い魔法衣の少女が、上空へと駆け上って行った。
蒼い髪をリボンで括った姿が素晴らしい速さで、艦の進行方向へと飛び去って行った。
「ミハル1番、こちら母艦。
聴こえますか?どーぞ?」
片耳に着けているヘッドフォンから、航海長ミツル3尉の声が流れて来た。
「感、良好!異常なしです」
マイクヘッドを押しながら魔砲師ミハル1尉が応答する。
「了解、本艦進路変更予定時刻まで後5分。
進路20度に執ります、1尉は先行して哨戒を行ってください」
「了ー解!」
母艦との通信を終えたミハルは、指定された航路へと進路を変えて行った。
<ミハルぅ・・・お腹すいたよぉ・・・齧ってもいい?>
胸元に光る魔法石の中から少年の声が頭に直接話しかけてくる。
「もうっ、出発する時に言ったじゃない!
空の上では齧らせてあげないって!」
魔法石に向かって、小言をいうミハル。
<だってぇ~っ、魔力を食べさせてくれないと・・・
元の姿に戻っちゃうから・・・カジカジ・・・>
魔法石から頭だけ出した龍の子が、ミハルの胸元に齧りつく。
「ぎゃっ?!
こっ、こらぁっ!なんて所に齧りつくのよぉっ!」
蒼い空の上で、魔法師が独りで暴れているように観えた。
「またか・・・」
「ですねぇー(棒)」
ミノリとミツルが呆れて呟いていた。
フェアリアから出撃して早一週間以上が経っていた。
海神との戦いを終え、
進路を西方へと向けた<薩摩>は寄港地へと進路を執った。
小規模な空襲が絶えずに襲い掛かり、
さしもの乗員達も少なからず疲弊しているようにも観えた。
特に魔砲師達の疲れ具合は著しく、
ミノリは大事を執って連合国オーランドに寄港する事にしたのだった。
「ミハルぅ・・・またかいな」
((カジ・・・カジ))
頭を齧られ続けているミハルにため息を吐く。
「だって・・・リィ君ってば、大食漢なんだもん」
諦め顔のミハルが青い龍の縫いぐるみに頭を齧られている。
<はぁっ>と大きくため息を吐いたホマレが。
「せやかてなぁ・・・飛行から還ってくるなり。
魔力って、食べるモンやったんか?」
ミハルの頭を観て、何とかならんのかと訊いたのだが。
首を振った損な娘が一言。
「リィ君がこの姿のままでいるには、どうしても魔法力が必要なんだって。
魔法力が切れたら元のリヴァイアサンの身体に戻っちゃうんだって・・・」
齧られている訳を教える。
「それは聞いたんやけど。
その・・・齧りつかさんでも。
もっと他に魔力の補給方法はないんかいな?」
((カジ・・・カジ))
「・・・・・(汗)」
ホマレの前に居る蒼髪を維持していたミハルが固まる。
「そっ、そうよ!
リィ君!齧らなくても魔法力を補給する方法があるんじゃない?」
思いついたようにミハルが青い縫いぐるみに言うのを見たホマレは・・・
<今迄なにしとったんや、ミハルは?>
声に出すのも阿保らしくなった。
「えっ?!私の魔力補給方法から学んだ・・・(汗)
宿り主たる者の補給方法でしか駄目・・・なの?!
・・・そんなぁっ?!」
<もう・・・ええわ・・・>
明後日の方を向いて、ホマレは損な娘をほったらかしにした。
「お前達・・・なに食堂で漫談している?」
2人と一匹の後ろからミノリが話しかけて来た。
「ああ、ミノリ姉さん。
ミハルとペットに呆れてたんや、ホンマにどうしようもないわ・・・」
ホマレは横に居る涙目のミハルと、
頭に載って齧りついている縫いぐるみを指した。
「そんな事言ったって・・・はい、すみませぇん」
ミノリに見下ろされたミハルが謝る。
これが女神の力を宿した娘の姿とは・・・思えない。
「はぁ・・・なんて姿だ。実に面白い!あーっはっはっはっ!」
ミハルを指してミノリが破顔大笑する。
腹を抱えてミハルを指さし大笑いするミノリに、
ホマレもミハルもキョトンとしていたが。
「ミ、ミノリ姉!壊れたんか?」
笑い転げる艦長の姿に周りに居たものまで驚くのだった・・・が。
「そんなに可笑しいですか?」
肩を落としてイジイジするミハルが言い募る。
「コーンッワシじゃワシじゃよ。
いやぁ、良いカッコじゃと思うてのぉ。
そなたに宿る女神はどんな気がしておるのか訊いてみたいものじゃ」
どうやら笑い転げていたのは狐の神だったようだ。
「どうじゃ?!
その娘に宿る女神とやら、情けないか?ホレホレ」
ミノリの格好のまま、狐の神様がミハルをつつく。
「ひ、酷いですぅお稲荷様ぁ・・・」
頭をまだ齧られているミハルが更にイジケてしまった。
「ふむ。
これだけイジっても姿をみせぬか・・・しくじったのぅ」
イナリは手を停めて考え始める姿勢をみせた。
「なんや、イナリはん。
女神を誘い出すつもりでミハルを苛めとったんか?!」
2人の蚊帳の外だったホマレが口を挟む。
「女神を誘い出してナニしようとしてたんや?」
イナリに向かってタメ語で話すホマレに。
「ナニって・・・決まっとる。イイコトじゃ!・・・ぐえっ?!」
イキナリ首を絞め挙げたホマレにイナリが慌てて解除を頼む。
「やめんか馬鹿者っ、冗談が効かん娘じゃのぅ。
この娘に宿った女神を呼び出して、小奴の情報を聴こうとしただけじゃ!」
ミハルの頭に載っている縫いぐるみを指さした。
「そうならそうと最初から言え!」
手を離したホマレが狐の神に答えてから。
「だ、そうなんやけど。
ミハル・・・女神モードになってくれへんか?」
((びっくううぅっ))
物凄く嫌な気になったミハルが顔を強張らせて。
「ホ・・・ホーさん、まさか?
また・・・私の事を?私を取り返す時・・・(大汗)」
・・・・・
ホマレは頷く。
イナリの目が輝く。
「いーーーやぁーーーだぁあああっ?!」
飛び退いたミハルの耳に・・・
「あーっ!あそこに邪な神がいるぞぉ!(棒)」
ホマレの大きな棒読み声が入ってしまった。
「ひ・・・ど・・・・い・・・・よぉ・・・(ばたりんこ)」
カクンと頭を垂れたミハルの右目が赤く染まる。
「呼んだかホマホマよ?」
・・・・
<簡単過ぎる・・・>
現れ出た女神に、イナリは腕を組んで考え込んだ。
ホマレはそれ見た事かと、イナリに胸を張る。
「ホマホマ、呼び出したのはいいが。
邪なる神は何処にいる?」
明らかに疑っている女神モードのミハルに、そっとイナリに向かって指を差した。
「そうか、小奴が・・・前から妖しいと思っていたが!」
女神モードのミハルが右目を光らせる。
「まぁてぇっ!ワシは無実じゃ!
やめんかホマレ、人聞きの悪い話は!」
狐の神が怒鳴る間も女神は戦闘態勢に入ろうと構えていたが、
「そーなんや、女神はん。
実は、用件は別にあるんや。
そいつの事なんやけど、聞かせてくれへんやろか?」
「??」
女神モードになっているのに、相も変わらず縫いぐるみが頭に載り続けている。
ホマレに指さされて漸く気が付いたのか。
「おい、そなた・・・私の頭で何をしている?」
((カジ・・・カジ))
・・・返事は返ってはこない・・・
「いいかげんに降りんか?さもなくば消し飛ばすぞ?!」
眉間に皺を寄せた女神がプルプル震える。
<相当怒ってるな・・・まあ、普通の反応だが・・・>
((カジ・・・カジ))
聴こえていないのか、聴こえていても無視したのか。
龍の縫いぐるみは齧り続けた。
「ふっふっふっ!どうやら・・・いっぺん吹き飛ばされたいようだな。
いい度胸だ!この殲滅の女神デサイア様が吹き消してくれよう!!」
頭から湯気を挙げる女神が名乗ってしまった。
「ほぉう?!女神よ、そなたがあの<希望>の女神デサイアか。
八百万の中でも高位の神と位置付けられる・・・
天照の娘神じゃな?」
女神デサイアの正体をイナリが見破った。
「貴様・・・只の狐神ではないな・・・
私の本当の姿を知っているのなら・・・お前こそ何者なのだ?!」
右目を紅く輝かせる女神が質す。
「ワシか?
ワシは単にモノ好きな年寄りじゃ。
・・・只のう、そなたよりも長く神と呼ばれて来た・・・
千年前よりも・・・もっと古くから神と崇められてきたおいぼれじゃよ」
ミノリの後ろに二本の尻尾が現れ出る。
「そう・・・日本の国に生き続けて居った狐。
京の都に我ありと呼ばしめた伏見の稲荷じゃよ」
((コーン))と、一声啼いたイナリがミノリから現れ出でる。
金色の尻尾を二本振り、本物の狐が現れた。
「憑代たるミノリは我が神主の血を受け継ぐ者。
ワシを神と崇め奉る日本の民を護りし狐じゃよ」
縫いぐるみに頭を齧られている女神の前で、狐が誇らしげに告げた。
「イナリよ、勝手に人界に出るなと言っておいた筈だぞ?
私に断りもなく正体をみせるなと言っておいた筈だが?」
ミノリが狐の後ろからジト目で言った。
「うむむっ、じゃがのぅ。
目の前に居る女神には本当の自分を取り戻して貰わねばならんのでな。
少々手荒い事でもせねばと・・・・なんじゃその眼は?」
ミノリとホマレのジト目に、狐が後退る。
「今はこのへんてこな縫いぐるみをどうにかしなければならないだけ。
ミハルの力を必要としている龍の化身を、
どうするかを聴く筈ではなかったのか?」
ミノリが狐に質す。
ホマレも頷き、女神を指さしながら。
「ミノリ姉さんの言った通りや!
ミハルに齧りつくこいつをどうやったらいいのんか?
どうすれば齧らんでも済むように出来るんかを聴く筈なんやあらへんのか?」
狐と女神が二人の勢いにタジタジになる。
「うむむ・・・そうであった!」
気が付いたように狐がデサイアに訊ねる。
「<希望>の女神よ、そなたは知らんかのぅ。
龍の化身はどうすればそなたの憑代から離れられるのかのぅ。
何を望んで同化したというのじゃ?」
女神に問いかける。
狐の神も、二人とおなじように。
「その事か。
それは憑代たるミハルが結んでしまったからだ。
この龍の名を探し当てると・・・な。
小奴の本当の名を探し出すまでは誓いは果たされん。
見つけるまではずっと離れはせぬだろう・・・」
・・・・
頭に載る縫いぐるみを指さし、女神が教えた。
狐の神も二人も、唯アングリと口を開けるばかり。
唯、呆れた様に顔を見合わせるばかりだった。
「それがミハルが小奴に約束した誓い。
名も判らず戸惑い泣く声の主に誓いし娘、ミハルに同化した理由だ」
・・・・・
<人が良いというか、ミハルらしいと言えば良いのか・・・>
ホマレは納得した。
ミハルは困っている人をほってはおけない性格だったと。
話が判ったホマレが女神に近づく。
「ほんじゃぁ・・・この龍は。
自分がどこの誰なのかを知れば、ミハルから離れると言うんやな?」
女神の前まで進み出たホマレが最期に訊ねた。
「いかにも。
・・・で?なぜ私の前に来た・・・ん・・・なぁ?!」
((がっくりんこ))
カクンと頭を垂れた女神の胸から手を放すホマレ。
「ホマホマ・・・いつもながら・・・見事じゃ!」
狐がホマレを称える。
「イナリも戻るんだ!」
尻尾を掴まれた狐神が有無を言わさぬミノリに命じられ。
「神様扱いが酷いのぅ・・・」
姿を消し、憑代の中へと還っていく。
((カジカジ・・・))
眼を覚まさない損な娘の頭で、相も変わらず齧りついている縫いぐるみを挟んで、
ミノリとホマレがため息を吐きながら。
「ミハルって奴は・・・どうしようもない位の・・・お人好しだな」
「そや・・・それが女神の力を与えられたミハルって損な娘なんや!」
眼をつむったままのミハルに笑いかけた。
女神デサイアも呆れる憑代たる娘に。
ミハルは龍の子リィ君に約束した。
きっと名前を探し出すと・・・
それまでは自分に憑いても良いと。
それはミハルの優しさの表れなのか?
・・・単に損な子だからか?
殲滅の女神ミハリューの魔の手が迫る。
闘いは一段と厳しさを増そうとしていた・・・
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人類消滅まで ・・・アト 89 日