第6章 終わる世界 Ep2 生者(いけるもの)と死者(しにゆくもの) Part5
星明りが雲に遮られ、少女の顔を陰らせた。
まるで、魂を何処かへ置き忘れてきたかのように・・・
悲しみと寂しさが少女の心を奪い去ったかのように・・・
目の前に居るのが、自分の知る娘なのか。
何故、自分はこうして知ってしまったのか。
話された言葉に耳を貸してしまった事を、後悔の念が沸き起こる。
<どうして自分はこの娘を、好きになってしまったのだろう>・・・と。
「死者を生き返らすには。
人では駄目だったの、人が生き返るには代償が必要だったの」
震えるミハルの声が寒気を起こさせる。
死した者の声が耳を打つ。
「私・・・死ぬ間際に与えられていたの、神の力を。
リーンが与えてくれた女神の力を宿していたの・・・魂の中に。
だから・・・願った、死ぬ瞬間に。
女神の力でリーンを助けに行くと・・・
でも、肉体が滅ぶなんて思わなかった。
滅びるなんて考えてなかったのが、あの時の偽らざる気持ち」
自分が死を迎えた事が分からなかったとでもいうのか。
思い出すミハルは震え続ける。
死がどういう物なのか、誰も知らない。
知っているとすれば、その者は死んでしまった事になる。
ホマレはミハルが経験してしまった事実を教えられ、
寒気を通り越し、まるで自分が追体験でもしているような気になる。
「肉体が滅びを迎える前に。
私は呼ばれる事になった・・・あの艦に。
アヌビスに告げられた事実を受け入れる事で、再び肉体へと戻る事になったの。
呼び戻した霊魂達に呪いを掛けられて。
私を戦女神として・・・リーンの力を利用する為に・・・」
女神の力を宿したミハルに、誰が呪いを掛けられたというのか。
ホマレは俄かには信じ難かったのだが。
「ミハルは呪われて生き返ったと言うんか?
いったい誰が呪いを?どんな呪いを女神に掛けたって言うんや?」
気になった事を訊ねるホマレを見詰めたミハルが、
「ミノリ艦長の前ででも言った通り、
相手も解らない仇を討たないと解けない呪い。
でも、それだけじゃないんだよ呪いは。
私自身が消滅しないと解けない呪い・・・それが戦女神。
私が突然意識を失う時に現れる女神の力・・・殲滅の女神・・・
私が消えない限り、呪いは解けないの・・・」
衝撃だった。
耳を疑った。
ミハルが掛けられた呪いを解く事は、つまり・・・
「自分が死ぬ事でだなんて!
女神の力を手放す事は出来ないんか?
呪いを解く方法が他には無いっちゅーんか?」
ホマレは混乱した。
目の前に居る生き返った者が、再び死なねば呪いは消えないと知って。
「それがアヌビスが教えてくれた事の一部。
懸けられた呪いは一つじゃないって。
でも、それよりもっと信じられない事も教わったわ。
私自身が産まれた訳を・・・私に課せられた本当の姿も・・・
美夏姉ちゃんに現世まで呼び戻される間中、ずっと私に話してくれた」
ミハルに与えられたリーンの力。
それが換えってミハルを苦しめる事になったのか?
蘇る代償とは何なのか?
ミハルの口から話されるのはどれもこれも人間界を超越したおとぎ噺。
ホマレが求めるのは今現在ミハルがどうすればいいのか、だけだったのだが。
「ホーさん、私・・・私ってね。
元々ミハエルさんって云う天使の生まれ変わりだって知らされていたの。
どうしてそうなのかは考えた事もなかった。
唯、そう教えられてきただけ、そうなんだって思ってきただけ。
だけど、知らされちゃった・・・アヌビス神に。
私・・・私は元々女神・・・いいえ。
神に造られたモノなんだって・・・」
ミハルが言う事が解らない。
ミハルの教えたい事が考え付かない。
ホマレは黙って次の言葉を待った。
「私・・・神によって作られたモノ。
神に使わされた箱の中身。
決して人の中に紛れ込んではいけなかったモノ。
人が手にしてはいけなかった・・・だから天使が抑えに来ていた私の中に。
ミハエルさんは私という災禍を野に放つのを抑える為に神に遣わされたの。
私という・・・邪なる戦女神ミハルへ。
いいえ・・・世界の終わりを放つ、滅びの女神。
殲滅の女神ミハルを閉じ込めておくために!」
聞き間違えた。
いいや、聴こえなかった・・・聴きたくはなかった。
嘘だと叫びたかった・・・だが。
「ホーさん、これは誰にも言っちゃ駄目だよ。
私も知らない振りをするから。譬え私の両親弟にでも・・・話しちゃ駄目だよ?
だって・・・もう帰る事が出来ないから。
死んだ事になってるんでしょ、私は。
だから、あの時・・・私は死んだの、みんなを護って。
シマダ・ミハルって娘は・・・死んだんだよ?」
悲しかった。
あまりにも・・・酷い仕打ちだと思った。
ミハルは二度と帰らぬ気でここに居るのだと知って。
それは・・・自分も同じ気持ちでフェアリアへ来たから。
日の本に残した者は、魂となった者だけ。
戦いで肉親も友さえも奪われた自分がどうして志願したのか。
生きる道を探そうともせずに戦い続けているのか。
ミハルと出逢ってから、自分の中にある気持ちも変わって来たというのに。
「死んでなんかいない。
殺された訳じゃない・・・まだ。
でも、死ぬ事を望むというのかミハルは?!
どうして生き返った!
なぜ戦おうとしない?
その運命とやらに、なぜ抗わない?!」
ミハルの肩を強く握り、心から伝えたい事を叫ぶ。
見開いた眼に微かな光が灯る。
「ミハルの守護神がここに居たらきっと言った筈や!
どうして諦めようとするんや?なぜ抗わない?
女神の呪いがどれほど強くっても、解けない魔法は無い筈や!
どんなに辛く悲しくっても、闘うんやミハル!
前を向いて、少しでも願いを叶える為に進むんや!
ウチがミハルを護ったる!どないな事があっても。
ウチがミハルを護ったる必ず!」
希望が灯された。
必死に友を救い出さんとする気高き心に。
そして、忘れようもない言葉が思い出される。
その人が叫んだ声を。
闇で魂を穢され、<無>に堕ちようとしていた時にも。
ルシファーが叫んだあの声が、ミハルの耳に届いた。
「「諦めるなミハル!どんなに苦しくても辛くても、絶対諦めてはいけないよ!」」
声はルシファーだけでは無かった。
始りの時からずっと・・・護っていてくれた人達の声が重なり合う。
「忘れちゃいないよ、でも・・・寂しかったんだ」
ミハルがホマレを抱き寄せる。
「でもね、みんな。
今は辛くなくなったんだよ、おかしいね?
ホーさんの心があったかい・・・私の中に温もりをくれたから。
だから・・・諦めない事にするから・・・忘れないから。
みんなの事も大切な人も・・・願いも!」
抱きしめたミハルの身体に温もりを感じる。
さっきまで感じられなかった温かさを。
「何を願う?ミハルの願いはなんなんや?」
抱き寄せたミハルが涙を拭かずに答える。
頬を赤く染めて。
「うん、先ずはね・・・この闘いを終わらせる事。
そしてリーンを助け出す事・・・それから。
愛しい人に逢いに行くんだ・・・」
涙の後には微笑みが浮かんでいた。
その微笑みが本物なのかは判らないが、ホマレには信じたい一言が聞けてなかった。
「ミハル、まだあるやろ。大切な事が。
ウチはそれが聞きたい、聞かせて欲しいんや!」
ぎゅっとミハルを抱き寄せて、蒼髪となった魔砲師緑のホマレが頼んだ。
本当の願いを訊く為に。
「ホーさん?!
うん・・・教えるよ、本当の願いを。
・・・私は・・・私が本当に願うのは・・・ね。
生きていたい!
生きていれば運命に抗う事も、願いを果たす事も・・・
それよりもなによりも、愛する事が出来るんだから。
だから・・・ホーさんと一緒にいつまでも生きていたい!」
星明りに影が一つ。
重なり合う影が、風に煽られて揺らめいて観えた。
死に逝く者から、生ける者と戻りし娘が願うのは・・・人たる理。
ミハルとホマレは互いに誓う。
ただ・・・生きていたいと。
生きる事が二人の約束だと言わんばかりに。
魔砲師たる魔法少女達が願うのは、人の理。
次回 終わる世界 Ep2 生者と死者 Part6
君は助けたかった、亡くした友を。それだけは本当の気持ちだった・・・
人類消滅まで ・・・アト 104 日