第6章 終わる世界 Ep2 生者(いけるもの)と死者(しにゆくもの) Part2
まるで海の底から聞こえたような気がした。
その声は冷たい海に沈んだままの死者の声が、話しかけてくるようにも聞こえた。
自らの居場所を教えたいかのように。
「何言ってるのですか1尉殿。
死んだなんて縁起でもない、こうしてここに居られるではないですか」
野村整備2曹が、笑い飛ばしてくる横で。
<さっきの声・・・空で聴いたミハルの声や。
悲しそうに・・・辛そうに話していた・・・・あの声や>
ホマレは皆がミハルの冗談と受け流した言葉を反芻していた。
<ミハルは・・・死んだと言った。
だとしたら、ここに居るミハルはなんや?
ミハルは寂しそうに悲しそうに話した・・・死んだ自分を探して欲しかったと。
その言葉がもしも本当なら・・・今ここに居るミハルは誰なんや?>
ホマレは俯いたミハルを見詰めて、とある事実を思い出した。
ポケットに仕舞い込んであるあるモノを思い出して。
「ミハル、ウチは探し回ったんや。
これがその証拠・・・ミハルのモンやろ、このリボンは?」
ポケットから取り出し、ミハルに見せる紅いリボン。
俯いていたミハルが差し出されたリボンを見ると。
「あ・・・あああっ?!それ・・・ホーさん!」
ホマレの手に握られたリボンを、受け取りたそうに手を差し出してくる。
「うん?!ミハルのやろ?
返すさかいに、ほら!」
ミハルの手に、紅いリボンが載せられた。
その瞬間、ミハルが歓喜の叫びをあげた。
「あああっ!私っ、私はっ!
解放されるっ、死者から!
死ぬ間際まで身に着けていた物を友達から返して貰って!
死者の呪縛から抜け出せたんだ!」
ガクガク震えて涙を浮かべ、紅いリボンを押し抱くミハルに、
どう言った訳なのか皆目見当がつかない、皆があっけに取られている中を。
「ミハル?!なにがあったんや?
ミハルの身に、なにが起きたというんや?」
ホマレだけが、ミハルの身を案じ続けて訊ねた。
嬉しそうに微笑んだミハルが、ホマレに飛びついて感謝の声を上げる。
「ホーさん!ありがとう、ありがとう!
私、これで本当に生き返れたんだ!
私が生前身に着けていた物を見つけてくれてありがとう!
死者に生きていた証を返してくれてありがとう!」
抱き着いてきたミハルの涙に、ホマレはどう答えていいのか解らなくなった。
「あのな、ミハル。
なにがなにやら・・・さっぱりなんやけど?」
涙の訳と、話した事の訳を求めるしか言いようが無かった。
「あっ、そうだったね。
でも、なにから話せばいいのか。
とにかく・・・ホーさんのおかげで生き返れました!」
「・・・・はぁ?」
ミハルがにこやかに、晴れやかに。
ホマレを抱きしめて感謝を告げるが、当の本人にはなんのことやら。
「この話は後で。
それより、何か食べたいんだけど・・・お腹減り過ぎて倒れちゃいそうなんだ」
話より食い気なのか?
ミハルの魔砲力は、食事に因って回復する事を見知っているホマレも。
「そや!先ずは食い気が優先やな!
それでこそミハルっちゅーもんなんやからな!」
破顔大笑したホマレがミハルの手を曳き食堂に向かうのを、整備員達が笑って見送った。
食器の山に囲まれて・・・
ホマレが食後のコーヒーを飲む間も。
「まだ・・・喰う気なんか?」
半ば呆れかえって、空の食欲魔人に訊ねる。
「モグ・・・だってぇ、死んでいた間・・・食べてなかったんだから」
ちゃんと噛んで食べているのか、あっという間に一皿分を平らげる。
「そないに急いで食べんでも。
しばらく敵も現れんやろうし・・・落ち着きぃーな」
次のお皿に手を伸ばす食欲の権化に、ホマレは頭を抱える。
「でもな、ミハル。
さっきの話・・・本当なんか?」
「何が?」
訊ねられたミハルの口が停まる。
「い、いや。
ウチが見つけたそのリボンで・・・その・・・」
どこから訊けばいいのか。
なにから訊いたらミハルの言っていた訳が解るというのか。
訊かれたミハルもいい辛いのではないかと考えて、適当な部分を探したつもりだったのだが。
「いやに回りくどい訊き方するね、ホーさん。
ちょっと待ってね、今食べ終わるから・・・」
ホマレはミハルが待ってと言ってきた時に、物陰に潜む者が居る事に気付いた。
<ははぁん・・・ミハルは気付いてたんやな、あいつに!>
隠れているつもりでも、足元の靴先が見えている。
それは自分達と同じ、魔砲師の<翔飛>靴だった。
ホマレはミハルに目配せを送る。
フォークを口に運んでいたミハルも相手に解らない様、それとなくホマレに合図を返した。
「うん~っ?今日はやけに喉が渇くなぁ、コーヒーをもう一杯入れてくるわ」
マグカップにはまだ飲みかけのコーヒーがあるのに、ホマレが立ち上がる。
その仕草を見て見ぬふりをしたミハルが。
「あ、ホーさん。私にも」
ミハルがホマレにウインクする。
それが相手を確かめる合図なのが、以心伝心で伝わった。
「ほいな」
振り返るホマレの眼に、角に隠れたつもりの相手の顔が目に入った。
<やはり・・・あの2尉さんか。何をこそこそしとるんや?>
姿を現さず、なにを盗み聴きしようというのか。
鋼の魔砲師ジュンに、腹立ちが沸き起こる。
カップを二つ持ち帰ったホマレが、ミハルに手渡しつつ相手を教えた。
「ミハルは知らんやろうけどな、中隊長の魔砲師やったわ。
ほら、さっき話に出たあいつや・・・」
こそっと教えて、自分の席に戻ったホマレに。
「そうだね・・・私死んだんだよ、一度は。
敵と道連れにされて・・・魔法力を使い果たしていて。
海に墜ちて死んだんだよ・・・あの時」
多分、ホマレ達も知っているであろう部分から話し始めた。
隠れているジュンにも聞こえる様に。
だが、簡単にミハルがそう言った事に驚いたのはホマレの方だった。
ミハルの口から、聴こえた言葉は俄かには信じられない一言だった。
「死・・・死んだって?
つまりあれか?息を引き取ったってこと?」
自分でも間抜けな訊き方とは思うのだが、それ以外に訊きようがない。
「うん・・・そうだったみたい。
なんでも心臓が・・・鼓動が停まっていたんだって」
まるで他人事のように教えるミハルに、ホマレが気が付いた。
「ちょ、ちょっと待った!
みたい・・・って、誰かがそう言ったんか?
誰かに助けられたって事なんか?」
「そ。
私の親類に・・・海の底で助けられた・・・ようなんだ」
言葉を切りながら、ミハルが目配せしてくる。
ホマレはその合図に気が付き、横目で隠れているジュンを見る。
話を良く聞こうとしたのか、身体がもう半分近く見えている。
<あいつには諜報員は無理やな・・・中野学校には行けへんな>
諜報員を育成する学校名を思い出し、あからさまにため息を吐いた。
「それで?その親類さんはどこから?
しかも、海の底なんかでどうやったら救えるんや。
それ以前に、ミハルの元へどうやって近付けたんや?」
巨大戦艦との決着を観ていたホマレには、不自然な事だらけだった。
「うんーっとね。
美夏姉さんの艦が来ていたらしいんだよ。
戦いの場に、あの巨大戦艦との戦いの場へ。
魂達に引き寄せられたって言っていたんだけど・・・
そこは、良く解んないけどね」
肩を竦めたミハルが、艦と言ったのに眉を跳ね上げて。
「そんな馬鹿な。
ウチには見えはせえへんかったけど。
あの時周りに艦らしい物は、一隻も浮かんではいやへんかったんやが・・・」
思い出しても検討がつかずに、ミハルに応えを乞う。
「う~ん・・・なんて言えばいいのか。
美夏姉さんの艦はね・・・死者の魂が造り出しているんだって。
乗員の魂が模らせているって聞いているけど。
その艦が私を甦らしたって。
その艦の魂達が私を生き返らせようとしてくれたみたい・・・だけど」
ミハルの表情が曇ったのに気付いたホマレが、
「だけど・・・だけど、条件を付けられたんやな?!」
確信したようにホマレが訊いて来るのに頷いて。
「うん・・・そう。
完全に生き返るには必要だって・・・生きた証が。
だから、ホーさんが見つけてくれたリボンで。
私だった一部を返して貰って・・・呪いの一部が解けたみたいなの」
打ち明けられたのが事実なのかどうかは知らねど。
「呪い・・・やて?
ミハルにどんな呪いをかけよったんや?
仮にもミハルの親類なんやろ、その人は?
生き返らすのになぜ呪わねばならんのや?!」
意味深な言葉に、ホマレは云い様のない気配を感じた。
「ホーさん、だって・・・死者を蘇らせるんだよ?
魂が抜け出ようとしている者を蘇生させるんだよ?
タダでって訳にはいかないでしょ、交換条件みたいなモノが必要だったみたい」
誰かに教えられたのか、ミハルは澱みなく答えるが。
「あああっ?!もう何が何やら。
つまりっミハルが生き返るには何かの代償を支払わされたって事何やな?
それが呪いって事なんか?」
ホマレは頭を整理しようと努めるのだが、人知を超越したミハルの返事に益々混乱した。
「まあ、そうなるかな。
でも、その呪いは一つじゃないの。
確かにホーさんのおかげで生き返れたんだけど。
それだけじゃ駄目なんだ、呪いが完全に解けるには。
美夏姉さんの艦に集う魂達が、私を解放してくれるには足りないの。
魂達が納得してくれないと私は永遠に呪いを受けたままなんだ」
困ったように話すミハル。
それ以上に困った顔のホマレ。
「つ、つまりやな、ミハルの呪いは現在進行形って事で・・・?
生き返りはしたものの、未だに呪われたままなんやと・・・それでOK?」
頷いたミハルが付け加える。
「死んだ者を蘇らせるには、生きていたと証明できる物がないと駄目。
それ以前に、死者の身体が現存していなければ駄目だって・・・
それともう一つ、生き返る者の魂がそれを強く願っている事。
って、いう事ですけど・・・聴いてどうする気なの?」
話し終えたミハルが、のめり出してきたジュンに訊ねる。振り向いて・・・
「さっきから・・・何を覗きしとるんや、アンタは?
自分がやましい事ないと思うんやったら、堂々と聞きにくればええやんか!」
下級者たるホマレに言われても、答える術を持たないのか。
黙ったまま走り去ろうとしているのを、ミハルが停める。
「待ちなさい2尉。なぜあなたは私を見捨てるような事を?
なぜ隠れてまで話を聞こうとしていたのか、話してくれないかな?」
ミハルの言葉に一瞬立ち止まったが、ジュンはその場を逃げ去って行こうとする。
「待ちなさい、私はあなたの事を恨んではいないから。
あの場に居ればそうする事が賢明だったのかもしれないのは解っているつもりだから」
ミハルの許しを背中で聴いても、ジュンは逃げ去ろうとしていた。
だが、それを許さない声がジュンの目の前から起きた。
「待ちなさい、2尉。さもないと抗命罪で取り押さえるわよ」
声の掛けられた方に3人が目を向けると、艦長のミノリが立っていた。
「うっ、く・・・!」
ジュンが立ちはだかる艦長に足を停めざるを得なくされた。
うな垂れて立ち止まったジュンを捕まえたミノリが、ミハルとホマレの前に連れ出して。
「あなた達の会話は全部聞いていたわ。
でも、完全でもない筈よミハルの話は。
それを聞いていただけの話ではなくて?
それなのに、何故逃げようとしていたの、鋼の?!」
問い掛けにジュンは答えない。
業を煮やしたホマレが怒りを顕わに、問い詰めようとしたのを。
「私に考えがあるわ、ホマレ。
この魔砲師たる鋼のジュンをイナリに託してみようと思う。
今迄の行動にも理由がありそうだから、神の力で・・・」
ミノリがそう言った時の事だった。
今迄成り行きを傍観していた筈の、ミハルがホルスターから銃を抜き放ったのだ!
「なっ?!ミハル!何をするんや?!」
抜き放った銃を片手に、呪われた声がミハルの口から流れ出た。
「神と言ったわね、あなた。
あなたに宿るのは、守護神でしょ?
その神に命じる・・・その人から出てきなさい。
さもなくば・・・あなたの宿り主共々消してやるから!」
見慣れない拳銃を片手に、ミハルが命じた。
ミノリ艦長に突き付けながら・・・
右目を赤く染めて。
突然銃を抜き放ったミハル。
何かに獲り憑かれたかのように、右眼を紅く澱ませて。
彼女に何が起きているのか?
彼女はどうしようとしているのか?
次回 終わる世界 Ep2 生者と死者 Part3
君は友を取り戻す事が出来るのか?気付かせられるだろうか?
人類消滅まで ・・・アト 107日





夏休みのオトモ企画 検索ページ