第6章 終わる世界 Ep2 生者(いけるもの)と死者(しにゆくもの) Part1
還って来たミハル。
だが、何かに憑かれたかのように冷めた眼で見詰め返してくるのだった。
ホマレはどうしても取り返したかった。
あの優しい微笑を浮かべたミハルを・・・
見詰める先に、希求した人の姿があった。
風に蒼髪をそよがせて・・・・
唯・・・その人を見詰めていた。
想いが胸を高ぶらせて。
「な・・・ぜ・・・だ?
あの状態から、どうやって生き延びられたんだ?」
鋼の魔法衣を着たジュンが取り乱す。
目の前に居る娘から逃げる様に、仲間から独り後退る。
「信じられない・・・生きていたなんて。
戻って来るなんて・・・私の前に・・・・」
顔色を変えて逃げる様に後退り、指揮官としての務めも忘れたのか。
「あっ、中隊長?どこへ行かれるのですか?」
小隊員に命じる事も忘れて、母艦に向けて帰投し始めた。
あっけに取られる部下達を置き去りにして、ジュン2尉は逃げ帰る。
帰ったとしても、逃げ場はある筈もないというのに・・・
忘れもしない。
忘れようもない。
蒼髪を靡かせる少女が目の先に佇んでいた。
だが、その少女は・・・
明らかに以前とは別人の表情を浮かべて、蒼空を睨んでいる。
まるで、憎しみと恨みを募らせる悪霊のように。
瞳を澱ませたまま・・・心が喪われた様に・・・・
「ミハル・・・・」
呼びかけるのが憚れるほどの悪意に満ちた顔に、
ホマレはやっとの思いで名を呟いた。
「ミハル・・・どうしちまったんや?
何故・・・そんな顔をするんや?」
希望が叶ったというのに、ホマレは傍に寄る事も出来ずにいた。
眼と鼻の先に居る、逢わずにはおられなかった娘に。
「ミハル・・・ミハルっ!」
呼んでも振り返ってもくれない友の名を叫ぶよりはなかった。
「こっちを見てくれ!
ウチが解らないんか?
ウチ達が助けに行かなかったんを怒ってるんか?
せやったら、謝るさかい・・・堪忍やで?!」
ミハルの耳に届けとばかり、ホマレは精一杯の大声で謝った。
頭を下げて・・・許しを請う為に。
「あなた・・・誰?
私は神を喰らう戦女神・・・今目覚めた処なの。
だから・・・教えて?あなたは私の何?」
そんな言葉を求めていたのではなかった。
女神なんて認めたくはなかった。
欲しいのは・・・あの優しい顔。
求めるのは・・・あの晴れやかな笑顔。
今、ホマレが目にしているのは、憎しみを募らせる悪鬼の表情を見せる邪なる女神。
「違う・・・違うんや。
ミハルはそんな顔をしてはいない。
ウチの大切な友の顔は・・・そんな悍ましい顔をしてはいないんや!」
いたたまれなくなったホマレが飛びつく。
悲しみと後悔の念を顔に出して。
「すまんミハル!
あの時、誰がどう言ってもミハルの元へ行かなあかんかったんや!
友を見捨てるような真似をした、ウチが悪かったんや!
どんな償いでもするから・・・赦してくれっ、頼む頼むっ!」
ミハルに縋り付き泣き謝るホマレ。
そんなホマレを冷たい紅き瞳が観ている。
「なぁ、なんとか言ってくれミハル。
ウチの事がそんなに憎いのなら、ミハルの手で殺してくれたって構わないんや!
それで気が済むとしたらウチは構わへんからっ!」
抱きしめたホマレが必死にミハルの胸に頭を着けて泣きじゃくる。
「頼むわ、頼むから目を覚まして!
ミハルをこのままにしておくんなら、ウチは死んだ方がええんやから!」
抱き着いたまま、ミハルの胸に着けた頭を何度も振り続ける。
想いがそれで伝えられるとでも言った風に。
「・・・あ。
あ・・・あ・・・あ・・・れ?!」
耳に入った声が、気付かせる。
「えっ?!」
涙の先にある服が、見覚えのある紺色になっていた。
「あ・・・あ・・・あれれっ?!
ど・・・どうして?空の上にいるのよぉっ?!」
ホマレが・・・固まった。
訊き馴染んだ、あの声に。
「ひゃあぁっ?
ホーさんっ、また私を空に連れ出したのね!
それにぃっ、また胸に頭を擦り付けてるぅっ!」
呆けた。
今迄のはなんだったのか?
そう言いたい気分にもなる。
ぽかんと口を開いたままのホマレに、黒髪のミハルが叫ぶ。
「ちょ・・・ちょっと!
今、手を放しちゃ駄目ぇええええええぇっ」
目の前に居た損な娘が掻き消えた。
自然落下で・・・・
有志連合軍のユニフォームを着たミハルが、墜ちて行く。
「ぷっ、あははっ!あーっはっはっはっはっ!」
笑いがこみ上げてくる。
違った涙もこみ上げてくる・・・笑顔と共に。
「ミハルぅ!ミハルぅ!ミーハールゥ!!」
墜ち行く友の名を連呼して、喜びを噛み締める緑のホマレ。
自然落下するミハルに追いつき、その左手を握る。
「ホーさん・・・私。
私・・・帰って来たよ。
私・・・戻って来れたんだよね?!」
握られた手を、離れない様に強く握り返してくる。
熱い想いがミハルを微笑ませている。
<そうや!そうなんや!!
この笑顔こそ、ウチが夢にまで見た本当のミハルなんや!>
また、涙が溢れて大切な人の顔が滲んで見える。
涙で曇る目を振り払い、ホマレは笑顔に応える。
笑顔には笑顔で。
「まーったくぅっ!どえらい心配しとったんやで!
でも、帰って来てくれたんやから・・・許したる!」
笑顔のホマレが全てを拭い去って、空を駆け抜ける。
大切な友を取り戻す事が出来た事を感謝して。
優しい微笑みに、果たされた想いを蒼空へ振り撒いて。
_____________
空を飛んでいた<薩摩>が、海上へと戻った。
戦闘が終わりを告げた静かな海へと。
「離れていた<翔鷹>、近づきます!」
艦橋最上部の見張り所から、観測報告が告げられる。
「どうやら、無事なようですね。
最初の難関も無事に済んで良かったですね?」
ミツル3尉がミノリ艦長に話しかかると。
「魔砲師隊の収容は?」
無駄口一つ答えずに、艦の状況を把握ししょうと務めていた。
「はい、全員無事だったようです・・・が」
報告されてきた内容を思い出して、ミノリの意見を求めようとしていたが。
「うん・・・その件については、口外無用にしておけ」
ポツンと一言答えてから、また黙り込んで何かを考え始めるミノリ2佐だった。
「おかえりなさい!大尉殿・・・じゃなかった。1尉殿!」
整備員が素直に喜んでくれる。
「どぅや、ウチが言っていた通りやろー!
ミハルはきっと戻ってくるんやて、ウチの言う通りやったやろー?!」
ホマレがふんぞり返って自慢げに話す。
「あ・・・あははっ、それはどうも」
苦笑いするミハルに、整備員達がこぞって首を振って。
「ミハル1尉、中島3尉はですね・・・未帰還になられたって泣いておられたのですよ?」
ホマレの鼻をへし折った。
「言わんでもええやろーっ、ウチはミハルの事を信じとったんや!」
慌てて言い繕うホマレを囲んで、笑い声が格納庫を満たした。
「そうや。
あの偏屈女は何処行ったんや?
ミハルが帰って来たんで居辛くなりよったんか?」
周りを見回したホマレが、何の気なしに言ったのだが。
「それなんですけど、どうやら大高2尉殿は自室に入ったままらしいのです」
耳打ちするように教える整備員達に、ホマレが怒りの眼を剥く。
「なんやて?!どうしようもない阿保やな!
自分の非を認める事も出来んっちゅーのか!」
声を荒げたホマレが、当てつけの様に怒るが。
「何の事なの、ホーさん?
私とその大高2尉って人・・・どんな関係があるの?」
何も知らないミハルが訊ねてくる。
「なんでも、中島3尉が1尉を助け出そうとしたのを、
無理やり抑えて停めたようなのですが。
どうやら、自分勝手な憶測で命じたようですね」
ホマレが口を憚る事を、整備員達は気にもせずに喋ってしまった。
「・・・そーなんだ・・・
私を見捨てた・・・そうなんだね・・・」
教えられたミハルが俯いて呟く。
「い・・・いや、ミハル。
あの状況では・・・すまん、3人がかりで羽交い絞めにされて・・・」
見捨てたと呟かれて、ホマレはどうする事も出来なかったと謝る。
「ホーさんは、助けようとしてくれたんだよね。
・・・ありがとう、嬉しいよ」
俯いたまま、逆に宥めるミハルがその時言った言葉を耳にしたホマレが息を呑んだ。
「でも、せめて・・・死んだ私を見つけて欲しかった・・・・
探して欲しかった・・・な。
私が生きていたという証を・・・見つけて欲しかったナ」
俯いたまま答えたその声は、まるで死者の如く冷たく聞こえた。





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