第5章 蒼空の魔砲師 Ep7 蒼空に願いを Part12
巨大戦艦のコンピューターは最期の決断を下した。
命令に忠実な機械の頭脳が弾き出したのは・・・
自らの破壊に因って遂行する事・・・つまり。
― 閃光が蒼空を埋め尽くした -
紅蓮の炎が空中に花咲く。
巨大な火の渦を巻き起し、巨大戦艦が砕け散る。
上部の岩山が弾け飛び、巨岩がまるで隕石の様に降り注いだ・・・
それが、彼女を観た・・・最期の瞬間だった。
「ミハル・・・ミハルがぁっ!」
手を伸ばせば助けられるとでも言うのか。
ホマレは手を伸ばし娘の名を連呼した。
「ゴリアテは撃沈された・・・いや、自沈か。
まぁ、どちらにせよ当面の危機は去った訳だ・・・最小限の犠牲で」
ジュンが閃光に照らされながら、満足げに独り言を呟いた。
(( ガシッ ))
ジュンの胸倉を掴んだ緑の魔砲師ホマレの怒りが爆発する。
「キサマぁっ!
その腐った性根を叩きのめしてやる!
最小限の犠牲やとっ?!
見殺しにしておきながら、どの口がほざくんや!」
血相を変えたホマレの拳骨が掲げられる。
「中島3尉、上官に対して乱暴を働いてはいけません!」
周りに居た隊員達が、ホマレに掴みかかりジュン2尉から引き離す。
「くそっ!お前等っ、こんな奴を上官と認めるんか?!
こんな仲間を見殺しにする奴を上司と仰ぐんか?!」
暴れるホマレから離れた鋼の魔砲師ジュン2尉が襟元を直し、
「お前達は中島3尉を連行して帰還する事。
私は一足先に母艦に帰り、艦長に報告する・・・いいな!」
部下に命令を与えると、軍港の方へと飛び立ってしまった。
僅かでも生存の可能性がある、戦友の捜索も行わずに。
「キサマァッ!ミハルを見殺しにするだけやのうて。
捜索もしないんか、もしかしたら生きてくれてるかもしれへんのに!
怪我をして苦しんでいるかもしれへんのに!」
ジュンの部下達に押さえられたホマレが叫ぶ。
「お前等はどうなんや?!
僅かでも生存の可能性がある味方を置き去りにするんか?!
お前達がミハルやったのなら、どう思うんや!」
独りでも助けに向かおうと泣き叫ぶホマレに対し、部下達も同じ意見であったのだが。
「中島3尉、上官の命令は聴かねばならんのが、軍人だと教わりましたよね?
我々は大高2尉の小隊員なのです、辛いでしょうが解ってください」
先任魔砲師らしい上飛曹のマークを袖に付けている黒髪の少女が、
諦めてくれと詫びた・・・目に涙を溜めて。
その先任が部下達に指で合図を送り、ホマレを連行させた。
「嫌やっ、放せっ、ウチはミハルを探すんや!
ウチ一人だけでもミハルを探すっ、探し出して連れて帰るんや!」
暴れまわるホマレを3人がかりで母艦へと連行していった・・・・
爆光が魔法陣目掛けて伸びてくる。
一瞬の内に、周り中が真っ白になる。
自分の手も、後ろから支えてくれている筈のルシファーも全く見えなくなった。
ー 私・・・死ぬの?
光で埋め尽くされた空間で、確かに聞こえた声。
ー さよなら・・・って。
そう聴こえた・・・みんなが一斉にそう呼びかけてきた・・・私に
上空に出現した魔法陣に、光の粒が同化して行ったまでは覚えている。
後ろから、ネックレスを握った手を支えてくれているルシファーの事も・・・
ーだけど・・・声が返って来なくなった。
折角本当の姿を見せてくれているというのに・・・
肝心の声が聴けなかった。
真っ白な空間で、考えている事は。
ーもし、このまま死を迎えるというのなら。
せめてルシファーだけでも助けたい・・・いいえ、人に生まれ変わらせてあげたい
切なる希望。
約束を果たしたいと願う・・・唯、それだけ?
ー私は肉体が滅んでも構わない・・・だって、リーンが言ってくれたもの。
死を迎える事は怖くない・・・だけど、愛する男が消え去るのは絶対に嫌。
ルシファーを助けたい、ルシファーだけは願いを遂げさせてあげたい・・・
ミハルの考えた事は、且つての恩人が告げた戦場の真理。
ー バスクッチ大尉。
キャミ―と共に亡くなられた大切な恩人・・・あなたが仰られた。
あなたに教えて頂いた事。
<自分の死より怖いのは、大切な人を喪う事>
今、その教えが自分には良く解る・・・今私もその心になってるから・・・
光に埋め尽くされた空間で、ミハルは右手を支えてくれている筈の神たる者の名を呼んだ。
「ルシちゃん?!ルシファー?どこにいるの?」
右手に感覚がない。
いや、そればかりか。
身体中の感覚が失われたかのように、音一つ感じられなくなっていた。
唯、目だけは開けているのか、眩しく感じる空間の中に居る事だけが解る。
ー まさか?もう私・・・死んじゃってるの?
違うと思いたかった。
死んではいないと叫びたかった。
だけども、声も出せず・・・身体も動かせない。
- 死 -
思い至ったのは、最悪の最期。
「私・・・これじゃあ死ねない。
こんな終わり方じゃ死んでも死にきれない・・・だって。
だって、みんなを犠牲にしたというのに、生き残る事も約束を果たす事も。
何一つ出来なかった・・・リーンの力を授かっても、これじゃあ後悔しかできないよ」
足掻く心。
諦めきれない想い・・・
ミハルは、この時ほど<<生きる>>事に執着した事はなかった。
「生きたい!
せめて約束を守れるまで。
大切な人達の願いを果たさせてあげたい。
・・・ルシファーの願いを遂げさせてあげたい」
誰に助けを求めるというのか?
誰が救ってくれるというのか?
諦めきれないミハルの魂は、真っ白な空間で足掻いていた。
「ミハル・・・しっかりするんだ!」
声が聞こえる・・・大切な人の。
「せめて・・・ミハルだけでも。ミハルを救いたい!」
同じ想いの・・・この声は?!
気付いた瞬間に、声の主に抱き着いた。
爆発を迎える瞬間まで、返事を返さなかったその男へ。
「ルシちゃん!ルシちゃん!大好きなルシファー!!」
もう自分を誤魔化すのを辞めた。
強く抱き着き、愛する人の名を連呼する。
今は、生まれ変わる前の娘に遠慮せず、自分の愛する男を強く想うのだった。
「どうして返事をしてくれなかったの?
心配したんだよ?寂しかったんだよ?愛する人の声が聞こえないのは!」
抱き着いて、抱きしめて。
今迄隠してきた、<愛>の一言を教える。
<好き>の言葉より、一段と強い想い。
ミハルの声に、真剣な表情を崩さない守護神ルシファーが教えた。
「ミハル、ありがとう。
今の言葉だけで十分だよ。
もう直ぐ、私の力も及ばない爆発が起きる。
今度の爆発で・・・ミハルを護っていた友の魂達と一緒に消滅するだろう。
だが、ミハルだけは護ってくれと言われたのだ。
そなたの友に・・・あのリーン皇女・・・いや、女神リーンに・・・な」
背中で押し寄せる爆光を、魔法陣で受け止めているルシファーが続けて教えた。
「だから、ミハルよ。
そなたは生き続けるのだ!
そなたを護る魂達の為にも、私の為にも!」
抱き着いているミハルの口が小声を出す。
「違う・・・よ。
違うんだよ?」
ミハルの呟きに気付いたルシファーが、聞き直す前にミハルが言った。
「違うの、ルシファー。
私はあなたが大切。
あなたが私を大切に想ってくれるのと同じ。
だって愛しちゃったんだもん・・・傍にいてくれるから。
どんな時だって護ってくれたから・・・今度は私の番なの。
あなたを護りたい、あなたを消滅させたりはしない。
あなたの約束を果たさせてあげたいの・・・今!」
ルシファーが反論する前に、ミハルが動いた。
「んんっ?!」
凛々しくもあり、逞しくも感じさせる神たる男。
その唇に向けてミハルは飛び上がった・・・重ねる為に。
求めるのは、大切な想い?
求めるのは、愛する人?
求めざるは、愛する人との別れ・・・
ミハルの柔らかい唇がその男を生まれ変わらせる。
千年の呪縛から解き放ち、神を男へと転生させる。
ミハルはそれでも離さない。
ルシファーはいつまでも手を取っていたかった。
二人の時間が永遠に・・・終わりを迎える。
「ミッミハル!そなたはっ!
ミハルはどうなるっ、待て。待つのだミハル・・・私は傍に居たいのだ!」
術が破れた。
神が人へと生まれ変われる時が訪れた。
本人の気持ちにも関係なく・・・それは起きる。
「奇跡・・・そうだよね?
私の愛が奇跡を呼ぶんだよね?
だったら・・・こんなに嬉しい事はないよ、ルシファー!
こんなに素敵な事ってないよ、だってルシファーは生まれ変われるんだもの!
きっと・・・また。
きっと、世界のどこかでまた・・・逢う事が出来るのだもの!」
ミハルがルシファーを手放す。
「ミハルっ?!待て、待ってくれ!私はずっと傍に居たいのだ!
離れたくないっ、私は愛する娘と離れたくないのだミハルゥッ!」
術が発動したルシファーが消えていく。
魔法力を使い果たしていたミハルは翔飛から円環を放つ事もなく、
自然に任せて墜ちて行く。
その顔はルシファーに向け続けられ、
別れる人に愛を捧げるかのように微笑みを浮かべ続けていた。
「さよなら・・・ルシちゃん。
さよなら・・・ルシファー・・・私の愛する男。
きっと・・・いつか・・・生まれ変われたのなら・・・私も」
ルシファーの姿が消えた時・・・それが起きた。
戦艦の自爆プロセス・・・最終段階。
人が極大魔鋼弾とも呼んだ、悪魔の爆弾が爆発したのだ。
墜ち征くミハルの頭上で・・・・
叶えられたのは大切な約束。
願うのは大切な人が消されない事。
自分を犠牲にしたとしても・・・
ミハルにはもう・・・魔法力が残されてはいなかった。
爆発がミハルを襲う・・・最期の望みを叶えた魔砲少女は・・・今。
次回 第5章 蒼空の魔砲師 最終話 蒼空に願いを
君は力の限り生き抜いただろうか? まだやり残した事が心の中に疼いていないのか?
さらば・・・魔砲少女・・・人間ミハル!
・・・人類消滅 まで ・・・アト 115 日