第5章 蒼空の魔砲師 Ep7 蒼空に願いを Part10
闘いは絶望を産まんとしていた。
殲滅の女神に因って・・・
巨大戦艦との雌雄を決さんとするミハルとルシファー。
力の限り闘うミハルの前に現れるのは?
巨大戦艦のメインコンピューターは全開を決断した。
このまま時間を浪費するよりも、サッサと始末してしまおうと。
一時の全力運転で目的を完遂出来るのであれば、
その方が主人である殲滅の女神ミハリューに、自分も滅ぼされる確率が少なくなると踏んで。
コンピューターの指令が中央メインローターに飛んだ。
回転が早まる。
圧縮された空気が水蒸気を作り出し、水の錐となって目標に伸びていく。
メインコンピューターは、勝利を確信した。
魔法障壁に喰い込んだ錐状の雲。
金色の円環中央に突き立った先端部分から、光の粉が宙を舞う。
それはミハルとルシファーの魔力が空気の槍に負けそうになっている証。
「ミハルっ、奴の切っ先が魔法障壁を破ったのなら。
胸の宝石で受け止めてくれ!
私自身が喰い止めてやるからっ!」
胸の奥に宿る守護神ルシファーが叫ぶ。
紅き宝石と同化して。
神たる者として・・・
「そんなっ?!ルシちゃんっ、そんな事をしたら・・・ルシちゃんが?!」
必死に喰い止めようと手を翳すミハルの心配げな叫びが守護者に伝わる。
毛玉はミハルに応える様に、わざと普段通りの冷静な声色で。
「ミハルよ。
大丈夫だから、心配いらないよ。
私が錐状の雲を受け止めて見せるから。
この宝石が壊される事はない、誓うから・・・
私は約束したじゃないか、ミハルを護り抜くと。
傍に居続けると・・・私は、ミハルの守護神ルシファーなのだから」
神たる者が、使徒たる人間の娘に告げた。
「ミハル、こんな時ですまないのだが。
私は・・・私の心はミハルで埋め尽くされているのだ。
譬え人になれないとしても、今は構わないと思う様になった。
ミハルの傍に居られるのなら、私は人に成れなくても・・・」
ミハルに告げるのは、ルシファーの本心なのか?
遂に魔法障壁が突き破られてしまった。
伸びてきた先端が、ミハルに突き当たる・・・胸の宝石に。
「駄目っ!ルシちゃんは人間になるのっ!私がさせてあげるっ・・・うっああっ!」
苦痛の声をあげても約束を果すというミハルに、言葉を飲み込むルシファー。
決死の表情でも、ルシファーを留めようとするミハルに、
宝石の中で毛玉は錐状の先端を受け止め耐え忍ぶ・・・だが。
「ミハルっ、これ以上耐え忍べるか判らんのだ。
一か八かの勝負を賭けよう。
魔力を靴から抜いてくれ・・・地上に叩きつけられる前まで。
この錐状の雲が伸び切る瞬間まで!」
ルシファーの勝負に、ミハルは異論を述べずに了承する。
「解った!
ルシちゃんに託すから・・・私の命を。
みんなを護ろうと願う私の守護神様に!」
瞬時を争う戦いの中で、想いを同じくする者同士が全てを託し合った。
「いくぞミハルっ!力を抜くんだ」
金色の円環が羽ばたきを止める。
胸に突き刺さった錐状の雲に圧されて、ミハルの身体が地上へと墜ち始める。
「このまま私が力を解放する瞬間まで墜ち続けるんだ!
力の発動と同時に、靴へ全魔砲力を注ぎ込んでくれ、良いなミハル!」
頷くミハルが、ルシファーに全てを託す。
「ルシちゃん!あなたに全てを捧げる!
大好きなルシファーにこの命を預けるから、みんなと共に!」
心の底から信じ切ったミハルの声に、ルシファーは歓喜した。
<皆と共に>
ミハルが言った最期の一言の意味に気付かず・・・
ー ミハル・・・・ミハル・・・・
荒れ狂う錐状の雲に苛まされ続ける時。
誰かの声が心に届いた。
ー 誰? 今、話しかけられても・・・
必死にルシファーと抗う中で。
ー ミハル・・・ミハルを助けたいの・・・私は・・・・
心に届いた声が語り掛けてくる。
その声はどこか懐かしく、なぜか心休まる・・・友の声。
ー その声は!
届いた声が、また繰り返す。
ー ミハルよ、俺達も共に戦おう。皆を、フェアリアを護りたいんだ・・・
ミハルの中で光が溢れ出す。
何個もの光の粒が集い、形となって現われる。
―私達も・・・あなたと共に戦うよ、ミハル・・・
金髪を靡かせた初めての戦友が微笑んだ。
「ターム!あなたなの?!」
心の中でミハルの周りに集うのは・・・・
「ターム!バスクッチ大尉、キャミ―、アルミーア・・・マクドナード少尉!
それに、みんなっ?!どうしてここに?」
光のベールに包まれた者達が、ミハルを囲んで微笑んだ。
「みんな・・・私の事を?
助けに来てくれたんだね、でも、天界は・・・
神の国なのでしょう?神に背く事にはならないの?」
みんなの事を心配したミハルが訊ねると。
「ミハルを助ける事はつまり・・・」
「フェアリアに生きる人を護る事にもなるんだよ?
神が人を滅ぼすなんて許せないじゃないの」
キャミ―もアルミーアも、即座に答える。
「そうさ、ミハル。
俺達を育んでくれた国を滅ぼすだなんて、神の所業じゃないとは思わんか?」
マクドナードが苦笑いを浮かべて応える。
「でも、みんなの魂はどうなるの?
神が赦してくれると思うの?
もしかしたら、消されてしまわないの・・・魂を?」
霊魂となっても神の御許に召された者達は、人として復活出来る・・・
そう教わっていたミハルが恐れていたのは。
「いいんだ、ミハル。
もし、この世界が喪われてしまうのなら・・・同じ事なのだから。
消し去れれてしまうというのなら、せめて最期くらいは思う通りにやらせて貰いたいんだ。
ミハルを護り抜こうと誓った約束を果たす・・・その願い通りに」
バスクッチが言い切った。
皆の願いも同じだったのか、全部の魂が頷き合う。
「そんな!
みんなの魂が消されてしまうのなんて。
嫌だ、嫌だよっ私の為に、みんなが消えてしまうなんて!」
大きく首を振って断るミハルに。
「違うよミハル。
私達は消えはしないから。
譬え神に魂を消去されたとしても、生き続けられるの。
あなたの中に・・・あなたが生き続けられるのなら。
さっき、あなたもそう言っていた筈だよ?ホマレさんに・・・」
タームの優しい手がミハルを抱きしめる。
「ターム・・・あなたは。
そっか、ずっと観ていてくれてたんだね?」
抱きしめられ、気が付く。
ー ああ・・・タームの心が解る。魂だけとなっても護ってくれている
私の事を・・・友と誓い合った大切な人達が護ってくれている・・・
「ミハルは死んではいけない。譬え身体が滅びようと。
その魂は・・・その優しい心は消えてはいけない。
どんな事があっても・・・どんなに悲しみに包まれようと」
キャミ―が微笑みかける、バスクッチと共に。
「それが私達の願い。
ミハルが神に背くのであれば、私達も抗うわ。
運命というモノに抗い続けるあなたと共に」
アルミーアも・・・周りを囲む全ての魂達がミハルに笑いかける。
「それが私達の願い。
ミハルだけは護りたいと願う者達全ての約束なのよ?
だから、私達はこの娘を連れて来たの。
欠片でしかないけど・・・あなたの拠り所。
フェアリア皇女リーン姫様を・・・女神リーンを!」
皆が一斉に振り仰いだ。
天空に輝く一つの星に。
蒼空の上に輝く金色の星に・・・
手が知らず内に星へと伸びる。
優しい光を放つ星へと・・・
「あれは・・・あれが?
リーン・・・・リーンなの?」
ミハルの心の中に広がる蒼き空に、唯一つ金色に輝く星があった。
金色に眩く輝くその星から、忘れもしない声が届く。
何度も夢見た、愛しい声が聞こえてくる。
「そこに居るのはミハル?
あなたなのね、ミハル?!」
懐かしい声は、姿が見えていないのか返事を求める。
「リーン!
私だよっ、ミハルだよ!
見えないんだね、私が。
今、そこに行くからっ!」
ミハルは飛び上がろうとするのだが、リーンの言葉に停められてしまう。
「駄目よミハル。
ここに来ては駄目なの・・・私の元に来てはいけないの・・・」
躊躇させるリーンの声は、悲しみに暮れていた。
「どうして?!
あなたに逢う事だけが私の願いだったんだよ?
どうして逢ってはいけないの?なぜ行ってはいけないの?」
この時、ミハルは思い出した。
リーンが神の国に連れ去られていた事を。
「気が付いたミハル?
私は神によって連れ去られてしまったの・・・神の神殿に。
ここには来てはいけないの・・・今のあなたでは。
今の人間には来られはしないのよ・・・ここへは。
私はここで眠りについているの・・・神に逆らって。
目覚めてしまえば、裁きの神として利用されてしまうから・・・」
リーンはミハルの姿を見れないのは、目覚めてはいないから。
神の国で眠り続けるリーンには、ミハルの姿が見えはしないという事。
唯、魂はミハルを想い続けている。
唯、みんなの事を心配し続けている・・・人が生きるこの世界の事を。
「だから私達が導いたの、リーン姫を。
女神じゃなくて、人間の娘として。人だったリーン様の心をここへと連れて来られたの。
僅かな時だけだけど・・・ミハルに思い出させたくて」
リーンと同じ金色の髪を靡かせたタームが教える。
「リーン様に約束した筈だよ、ミハルは。
必ずもう一度逢おうって・・・もう一度愛して貰いたいと」
キャミ―がミハルに近寄り、その手を取った。
「リーン様だけじゃないだろミハル。
御両親にも、弟君にも・・・約束したよな?」
バスクッチが肩に手を据え、思い出させる。
「その手助けをしたいんだ、俺達全ての魂を賭けてでも!」
マクドナードが鼻を擦りながら言い切る。
「そうですよ、ミハル大尉。
あなたに全ての魂を捧げてでも。
我々が生きた、この世界を護る為なら!」
ミハルの周りに、これまで逢ってきた全ての亡くなりし魂が集う。
手を携えて・・・光に満ちた手が手を携えて・・・ミハルを包む。
金色の光の中で、蒼い空を見上げたミハルが、星に答える。
「リーン。
私は必ずあなたに逢いに行く・・・いいえ。
きっと願いを遂げて見せるから。
この蒼空に誓って、この蒼空の彼方に居るあなたを・・・
取り返すのが私、魔砲師ミハルの願いなのだから!」
金色に輝く星に向かって宣言するミハル。
集う手達は、歓喜の声と共に打ち振る・・・光に包まれて。
「ミハル・・・解ったわ。
私も戦うから、邪なる神に。
あなたが迎えに来てくれるその時まで・・・
だから・・・これを受け取って。
この力をあなたと守護神に預けるから」
星の中から何かがミハルへ注がれる。
「これは女神の証。
あなたが人として闘う限界になったとき。
あなたの肉体が滅びを迎えそうになったら・・・発現される。
女神バリフィスの審判の力が・・・そう、あなたに委ねるの!」
それは、決死の肉体に宿された女神の力。
これがミハルを更なる戦いへと導く事になると解りながらも。
ミハルはリーンの想いを受け止める。
リーンは、審判の神としての存在理由を自分に委ねたのだと。
女神たる人間として、これからは存在し続けねばならぬと。
「解ったよ、リーン。
きっと・・・きっと願いは叶えてみせるから!
あなたを救い、この世界を護ってみせる・・・私は御主人様のペットだもんね?!」
笑いかけるミハル。
蒼空に輝く金色の星が擦れ、消えて行った。
それはあたかも、ミハルに世界を託したと告げるかのように。
女神リーンは新たな審判の女神となり、世界を救う事を使徒ミハルに全てを託した・・・
「解ったよ、リーン。
私の女神様・・・女神の願いを受け取ったから。
これからは神の託されし願いの為に闘うから。
・・・これからは、神託の使徒として。
いいえ、私自身が女神となって抗う事にする!」
ミハルの決意は新たなる戦いへと導く事となる・・・
ミハルの知らない女神に因って・・・殲滅の女神ミハリューに因って・・・・
今、ミハルと仲間の魂は、目前に迫った最後の賭けに挑まんとしている。
ミハルを護れるのなら魂が消え去られても構わないと告げた者達と共に、
ミハルはリーンとの誓いを噛み締めていた。
<<必ず・・・必ず助け出すんだ、リーンを。私の女神リーンを!>>
思いの丈を右手に宿し。
ルシファーが最期の勝負に出る事を告げたのは、この時の事だった。
ミハルに宿る堕神ルシファーでさえも、ミハルの変化に気付きはしない。
なぜなら・・・ミハルには神の力が宿ったのだから・・・・
ミハルは図らずして女神の力を与えられる。
女神リーンともう一度。
例え人間として逢う事が叶わなくとも、
必ず助け出し・・・再会を果す事を誓ったのであった。
それが・・・どんな事になるのか・・・判っていながら
次回 Ep7蒼空に願いを Part11
君は友との誓いを果す事を願う・・・譬え辛い別れを迎える事となっても・・・
・・・人類消滅まで ・・・アト 117 日