第5章 蒼空の魔砲師 Ep5 暗雲 Part6
ミハルは改めてリーン探索を決意する・・・
それは自分が大切に想う人達との別れを意味していた。
王宮の外れ、客賓が住まう外宮。
此処には数多の国から訪れた貴賓客の他、シマダ一家も一時の住まいを与えられていた。
急ぎ足で廊下を歩く陸軍魔鋼騎士がいた。
若き士官は一室の前で立ち止まると。
「ミハル姉さんっ、戻っているんだろ!」
一声かけると、いきなりドアを開けた。
「・・・・ぎゃあっ?!マモルっ、ノックぐらいしなさいよぉ!」
脱ぎかけのYシャツを胸の前で合わせて背を向ける、姉ミハル。
「あ、ごめん。
着替えていたのか・・・ミハル姉」
自分に背を向けたミハルの身体には、Yシャツだけしか見えなかった。
紅くなって照れる弟に、ふっと微笑んだミハルが。
「そんなに急いでなんの用なの?
いつもながらマモルはせっかちなんだから」
片手でシャツを肌蹴無い様に持ったミハルが笑う。
姉の微笑がいつもより優しく見えたマモルが、戸惑った様に天井を見上げて。
「ねぇ、ミハル姉。
もしかしてどこかに行く気なの?
これから僕達に黙ってリーン様の所まで行こうって考えてない?」
ブスリと訊く。
弟の一言に、手にしたシャツを強く握ったミハル。
微笑んだままの表情に、僅かに見せる戸惑いと寂しさの合さった翳り。
「ねぇ・・・どうなの。
一人で救出しようと考えているんだろ?
ミハル姉の気持ぐらい解っているつもりなんだけど、僕は」
ー その通りだよ、マモル・・・君の考えている事も解るから・・・私にも
押し黙ったままでミハルは無理に微笑を浮かべる。
「やっぱり、そうなんだね?
ミハル姉は、家族を置き去りにして皇女殿下救出へ出かけてしまうんだね?」
天井を観ていたマモルが、ミハルに向き直る。
その瞳に、ミハルは気付いた。
弟は言葉とは裏腹に輝く瞳で自分を観ていると言う事に。
瞳が告げている事に気付くのだった。
ー ああ・・・この瞳の色。
忘れもしない、一年半前のあの日。
私が前線へと向かう砲術学校の卒業式で観たあの目と同じ・・・
約束を求めるマモルの眼の色・・・澄んだ瞳で私に迫った、あの眼。
今、マモルは再び私に誓わせようとしているんだ・・・
弟の瞳に、ミハルは心の奥で怯える。
経験してしまった悲劇を思い起こし、記憶に残る約束を思い出しながら。
「ミハル姉・・・」
弟の声に、ミハルは思わず背を向けてしまう。
「マモル・・・お願い。
私をこのまま送り出して。
約束なんてしないで・・・させないで・・・」
呟くミハルの肩に、マモルの手が載せられる。
ビクリと身体を硬直させるミハルに、マモルが言った。
「約束出来ないの?
だったら・・・往かせない。行かせるもんか!
ミハル姉だけを死地に向かわせる事なんか出来っこ無いじゃないか!」
弟の声にミハルは眼を瞑る。
その瞼の奥に見えるのは、再開を果せたあの時に誓い合った言葉。
「もう、離れない。離さないから・・・そう言ってくれたよね姉さん」
オスマンに向かうと決めた日にも交わした約束。
姉弟の間に交わされた約束・・・
「それさえも破ろうというのかい?
父さん母さんを救えたのに、今度はミハル姉さんが行ってしまうのかい?」
声を少し荒げた弟の声がドアの隙間から洩れ出るのを、2つの影が聴いていた。
「マモル・・・判ってくれているんでしょ、本当は。
私の気持ちが、変わらない事に・・・リーンとの約束を果したいと思っている事を」
振り返らず弟に返す声は、震えていた。
自分が言った言葉に、どんな返事が戻ってくるかと怯えて。
「・・・ミハル。
そう呼ばせて、今は。
今だけでいいから・・・」
((ぎゅっ))
「・・・あ・・・」
背中に弟の胸が当る・・・男の人を感じる。
広い胸の感覚。
自分より大きくなった弟。
背中に弟という男の子の温かさを感じてしまう。
抱締められた身体が、胸が痛む。
離れたくないと告げる手が、体を包む感覚。
ミハルは気付いた、遅まきながら。
マモルは自分の事を・・・愛しているのだと。
肉親としてではなく・・・男の子として。
戸惑いは同時に胸の高鳴りと変わる。
心臓の音が高鳴り、頭の先から爪先まで痺れさせる。
マモルの息が耳元に聞こえる。
「あっ?!」
首筋に息がかかった瞬間、ミハルの口から驚きの声が洩れ出た。
「ミハル・・・必ず・・・戻ってきて。
僕達の元に・・・家族の元へと・・・いいね?絶対だからね」
耳元で願う声にミハルが振り返ると。
「お父さん・・・お母さん?!」
傍に立っている両親の姿が見える。
「ミハル・・・約束とは言わないわ」
ミユキがマモルと一緒に手を伸ばしてくる。
「だが、誓って戻ると言ってくれ・・・ミハル」
マコトの手が兄妹の肩を掴む。
「お母さん・・・お父さん・・・マモル・・・」
3人に包まれて、ミハルの胸が締め付けられる。
「ミハル・・・愛しているわ。お父さんもマモルも、私もあなたの事が大切なのよ!」
ミユキの一言で、涙腺が崩壊する。
溢れる涙をそのままに・・・
「判ってる・・・解ってるよ!
私も・・・
お母さんもお父さんも・・・君の事も愛してるから。
大好きだから・・・」
ミハルは声の限りに叫ぶ。
偽りなき心の叫びを。
「必ず還って来る、必ず戻ってくるからっ!
私っ・・・私は家族の元へきっと帰るから、約束するからっ!」
ミハルは躊躇いもせず、約束を交わす。
譬えどんな事が起きようとも、きっと再び家族の元へと帰る事を誓うのだった。
「ミハルの守護神、ルシファー様にお願いがあります。
私の娘、ミハルをどうか御守りくださいませ」
姿を見せぬ毛玉に向って、ミユキが祈願する。
「この子を御守り下さい、守護神ルシファー」
ミハルの手を取って、マコトが祈りを捧げる。
「ミハル姉を護ってルシちゃん!」
抱きしめていた手を解き、マモルが毛玉の友に頼む。
ミハルは3人が、真剣に願っている姿を見て胸の奥に語り掛ける。
<ルシちゃん・・・みんな判ってくれていたよ。
ルシファーの言っていた通りに。
私が心配していたよりもずっと気持ちは通っていたんだね・・・>
語りかけられた神たる男が、ミハルから現われて。
「確かに・・・そなた達の願いは聴いた。
そなた等の誓い・・・約束は、このルシファーが聴き遂げようぞ!」
毛玉の姿でルシファーが宣下した。
堕神と呼ばれる守護神ルシファーが家族の誓いを聴き遂げた。
果せるかどうかも解らぬ時勢だというのに・・・
「それじゃあ・・・行って来ます。
マモル・・・頼んだわよ、お父さんお母さんを護ってね!」
普段着に着替えたミハルが3人に手を振る。
「うん!ミハル姉も!
早く帰ってきてね。待ってるから!」
母と父が手を振り、送り出す・・・娘を。
弟が傍まで来ては、なかなか離れようとはせずにいると。
「キミッ!まだ姉離れが出来てないなぁ・・・じゃあ」
頭一つ背が高くなった弟を見上げたミハルが。
「ちょっと・・・」
ヒソヒソ話をするかのようにマモルの顔に手招きした。
何かを伝えるのかと思ったマモルが、横顔を寄せると。
((チュッ))
マモルが固まる。
頬に唇の感触を与えられて。
大好きな姉のキスを与えられて。
「あ・・・?!」
声を挙げたのはミハルが離れた時。
「ミハル・・・姉?!」
名前を呼んだ時には、姉は微笑みながら後退っていた。
微笑みの中に愛しさを滲ませて。
「あははっ、ビックリしたでしょー、キミ。
還って来たら・・・ね。
もう一回してあげるから・・・ね!」
ミハルは精一杯の笑顔を作り、指を一本立てる。
「ミハル・・・姉!ずるいぞっ、そんなのアリかよっ!」
キスされた頬を大事そうに押えた弟の姿から逃げるように、
ミハルは歩き出す・・・遠い旅路へと。
行く手に待ち受けている苦難に立ち向かうかのように・・・