第5章 蒼空の魔砲師 Ep5 暗雲 Part5
現われたリーンに呼びかけるが、記憶に呼びかけても返事は返ってはこない。
判っていても、呼ばずにはいられないミハルであった。
金色の光の中で・・・
ミハルの眼に涙が溢れる。
やっと観る事が出来た大切な人の顔を見詰めて。
だが、映し出されたリーンの表情は何かに切迫した険しく観える。
「リーン、どうしたの?何があったの?」
呼びかけるミハルの耳に入って来たのは。
「お願い!あの娘に伝えてっ、魔法石よ!
私の事より世界が危機に瀕していると言う事を。
私を助けるより神が人を滅ぼそうとしているのを停めてって!」
切迫したリーンの声に、ミハルは手を伸ばす。
「リーン!今何処に居るの?
何処に連れて行かれたというの?!教えてっ話して!」
必死に叫ぶが、リーンには届く訳も無い。
記憶された姿を映し出すだけなのだから。
リーンの姿の影で何者かが蠢いているのが写る。
「あっ?!あれは・・・誰?」
リーンを庇う様に闘い続ける男の影が。
見知らぬ黒い魔法衣を着て、剣を揮って怪しい影を寄せ付けない男に、
毛玉が気付いた・・・それが聖獣だった者だと。
「ミハル、奴だ・・・グランが人に姿を替えた。
私の授けた術を発動させたのだろう・・・リーンを護る為に」
毛玉の言葉に呆然となって、声も出せなくなる。
闘うグランの前で、リーンが何かの呪文を唱えだす。
呪文を聞いた毛玉の眼が見開き、搾り出す様に言った。
悪夢のような呟きを。
「ミハル、リーンは・・・・
あの娘、審判神たるリーンは・・・自分を閉じ込めた。
魂を自分の殻の中へと。
誰にも干渉されないように・・・永き眠りへと・・・」
呆然と毛玉を見詰めたミハルが、言葉の意味を図りかねるように。
「眠り?
リーンは自分をどうしようとしているの?」
小さな声でルシファーに訊ねる。
それに答えるルシファーの声もまた、震えるように小さかった。
「リーンは。
審判神に目覚めたあの娘は・・・審判を下さぬ為に。
神々に反抗し、眠りについたのだ。
少しでも時間を稼ごうとして・・・自らを犠牲にして!」
神々に反抗して。
自らを犠牲にして・・・
毛玉の言葉は、暗にリーンの喪失を意味していた。
「あ・・・あははっ。
嘘・・・嘘だ・・・よね?ルシちゃん?」
ミハルの瞳から光が失われる。
「嘘だって・・・言ってよ!
お願いルシファーっ、お願いだからっ!」
頭を抱えて首を振るミハルに、守護神ルシファーは返す言葉を喪う。
記憶の映像はリーンが瞳を閉じていく姿を捉え続けていた・・・だが。
「待て!ミハルっ、善く見てみろ!
アヤツが何かをしているぞ?!」
毛玉は気が付く。
グランがリーンを抱かかえ膝を着き、ネックレスを受け取る姿に。
「まさか?!あいつは?
ミハルの聖獣グランは、供をする気なのか?
最期まで付き従うつもりなのか?」
リーンを護る・・・唯、それが宿命だと謂わんばかりに。
「グラン?あなたまで・・・私は喪う事になるの?」
見上げたミハルの耳がグランの声を聞く。
聖獣とは声帯が違うのか、若く猛々しい男の声がミハルの心まで響き渡る。
「願わくば。
リーン様を護りたまえ、我が友よ。
最期の瞬間まで捧げし魂よ!共に在るのなら、我と共に我が主を護れ!
我は聖獣グラン!リーン様を護るように遣わされた者なり!」
グランの体が光に包まれる。
まるでリーンの魂と同化するかのように。
「魔法石よ、使徒たる娘に伝えてくれ。
我がリーン様を護っていると!リーン様の魂を最期の瞬間まで護ると!
最果ての地、暗黒大陸に囚われる事になるリーン様を護ると!
この身が潰えようと、約束は守ると!
だからっ、魔法石よ・・・ミハルに伝えてくれ!
神々が最終審判を下すのは後半年後なのだと!」
光に消えていくグランがどんどん小さくなっていく。
抱かかえたリーンに沈み込むように。
・・・そこで金色の光が消え、辺りが元の光景に戻る。
ミハルと毛玉は言葉も失い、黙って今観ていた処に眼を向け続けていた。
暫くして。
「ミハル・・・ルシファー。
もう一人のリーンは・・・もう?」
姫の言葉にはっとなった毛玉が。
「それは・・・解らぬ。
聖獣が言った通りならば、神々が人類を滅ぼすまでアト半年も無いという事だ」
絶望に近い擦れる声で言い返す。
「違うよ・・・ルシちゃん」
顔を伏せたミハルがルシファーの言葉を遮る。
「どういう・・・」
毛玉がミハルに眼を向けた時。
顔を挙げたミハルに気付いた・・・絶望などしていない瞳に。
「ルシちゃん、グランが言ってくれたんだよ。
リーンを護るって・・・あの聖獣で、私の大切な仲間のグランが。
だから、私・・・私は!」
毛玉にネックレスを差し出して、吼えるように断言する。
「私っ、絶望なんてしないからっ!
諦めたりしないよルシファー。
リーンをこの手で取り返す事を!
救い出して、もう一度笑顔を観るまでは・・・絶望なんてしないから!」
その声は天に轟くかのように。
その燃える瞳は絶望を払い除けるかのように。
毛玉はまたしても人たるミハルに教わった。
神にも成し得ぬ事を目指すというのか・・・と。
その心と気持ちは、誰にも負けぬ気高さが有るのだと。
「判ったよ、ミハル。
そなたの心粋・・・気高き魂に心酔するぞ。
私も一緒に闘おう、供に向おう・・・彼の地まで」
頷き、伴をすると誓うルシファー。
ミハルはすっと顔を一度背けて毛玉の視線を避ける。
毛玉は一瞬だけ、ミハルの眼が曇るのを見たのが気になったのだが。
「うん。
一緒だよ、ルシちゃん。
人の世界を護ってね、守護神様」
ミハルの微笑みに深くは考えなかった。
ミハルはリーンを救うと改めて誓うのだった・・・だが。
その心の中には愛しい人にも劣らぬ大切な人々の姿が映っているのだった。
次回 Ep5暗雲 Part6
君は別れを告げ、自分の信じる道を往く・・・
人類消滅まで ・・・ アト 143 日