第5章 蒼空の魔砲師 Ep5 暗雲 Part3
ミリアは約束を迫った。
戦いを前にした者が誓い合う・・・約束ではないというのに。
ミハルはまたしても宿命を背負うというのか?
果せるか判らぬ約束を・・・
その時・・・世界は混沌の闇に包まれんとしていた・・・
フェアリア海軍の護衛艦が炎を噴き上げ、真っ二つに裂けた。
所謂ジャックナイフと、いうやつだ。
仲間の船団も次々に炎を噴き上げ、撃沈されていった。
どれ程の人が犠牲となったのか。
どれ位の物資が海に沈んだというのだろう。
エギレスからの非難民達を載せた船。
スペレンからの脱出船。
そして遥か東の果てからの援軍、日の本の軍需物資補給船も沈んでいった。
空を圧して飛び去る飛行機械達が、
西の低く垂れ込めた雲の中に消えて行った後に残されたのは、
海に散りばめられた残骸だけだった・・・
「ミハル先輩・・・約束してくれますよね?」
約束を交わす事を強要するミリア。
悪気は無いのだろうが、戦いを前にして交わせる約束とはいえなかった。
ー ミリアは知っているんだ、この先・・・どうなるか判らないって事が。
だから・・・自分にも言い聞かせる為にも、私に迫っているんだ。
私一人が守ろうとしても果せるか判らない約束を・・・
考えたミハルが小指を差し出す。
「ミリア・・・はい!指きり・・・しよ?」
ミリアの眼が大きく見開かれ、感動の新たな涙が溢れ出す。
「せんぱいっ!」
小指を交わしたミリアが叫ぶ様に呼んだ声を、ミハルは心に刻んだ。
「約束だから。
これまでも・・・これからも・・・ずっとだよ。
必ず戻って逢いに来るから・・・ミリアも生き抜いて。
どれだけ苦しくても、諦めないで・・・いいわね?」
戦いに臨む戦士に贈る言葉は、自分に対して言い聞かせる一言にもなる。
「はい!先輩っ。
必ずここ、フェアリアで・・・リーン隊長と共に!」
約束を果すと誓い合う2人の戦友。
微笑ましい雰囲気なのだが、2人の間に流れる空気には決別を告げるかのようだった。
「ミハル先輩・・・私はこれより国境付近に展開する本土防衛部隊に加わります。
この国を護り抜けたのなら・・・再び逢えると思います。
その時まで・・・さようなら・・・」
先程の涙の本当の訳が判る。
ミリアが知った幼馴染の死。
そして軍籍にある自分の辿る先が、いずれ訪れる自分の未来に重なったのだろう。
再び始まった戦争。
それはフェアリアだけでなく世界中の国々を巻き込んだ、
果て無き闘いなのを知った事で、
ミリアはミハルの元を訊ね、最期の別れを告げに現われたのだろう。
ミハルは始まりの時からずっと一緒に闘い抜いた後輩に、
別れても必ず逢う事を誓った。
「ミリア・・・戦いを前に交わした約束。
私にとってそれがどれだけ重く圧し掛かる事なのか、忘れた訳じゃないのよ。
先の戦争でたった一人生き残った戦いから今迄。
約束が持つ事の意味を忘れた訳じゃない・・・解るわよね?」
ミリアに諭すミハルの言葉は、共に戦い抜いた者にしか解らない意味を持つ。
「ユーリ皇太子姫。
どうか私とミリアとの誓いを覚えておいてください。
2人が再び逢える事が出来るように・・・記憶に留めておいてください」
ユーリはミハルの願いを聞き遂げる。
「判ったわ、2人とも。
あなた達の約束が果たされる事を願っています。
だから、きっとこのフェアリアで再会出来るように努めるのよ。
諦めず・・・生き続けて」
ミハルもミリアも互いの健闘を誓い合い、
「ミリア!私はリーンを探し出して連れ戻るから!」
2人を背にし、ミハルが歩みだす。
「はいっ、ミハル先輩!フェアリアを護り抜いて待っています。
先輩がリーン隊長を連れて帰ってくるのを!」
背中越しにミリアの声が別れを惜しんでくる。
振り返ったミハルは、微笑みかけて指を掲げるのだった。
「ミハルよ、良いのか?あんな約束をして・・・」
丘に登ったミハルに、毛玉が訊ねる。
「良いんだよ、約束すれば心に残るから。
苦しい時に思い出せれば・・・諦めない気持ちを・・・ね」
ポツリと答えたミハルが遠い空を見上げて、気持ちを切り替えるように背伸びする。
「そうか?それでこれからどうすると言うんだ?
どこへ向かうというんだい、ミハル?」
光を浴びて背伸びしたミハルを、眩しそうに観る毛玉に。
「ルシちゃん、一つ訊いていいかな?」
逆にミハルが訊いてくる。
「グランとルシちゃんの使徒さんに最後に会ったのは何処だったの?
あの<神の祠>って場所?
それともどこか他の場所で?」
振り返ったミハルに、毛玉が声を詰まらせる。
「聖獣になっていたグランに会ったのよね、ルシちゃんは。
私と再び逢う前に・・・オスマンに来てくれる前に会っていたんでしょ?
その時、グランは何て言ってたの?私の事を話さなかったの?」
ルシファーはどう話せば良いかを考える。
神に戻って初めての使徒、トアに命じた事。
それは・・・
「ミハルがここフェアリアに居なかった・・・私が再び目覚めた時には。
神に戻った私が人となる為には、ミハエルを闇から救わなければいけなかった。
その為には私がオスマンに出向かわなければならなかった。
悪魔から使徒へ昇華させたトアに、守護を命じたのもその為だ」
ルシファーは真実を告げる事に決めた。
「フェアリアでの異変に気付いたのは、トアに後事を託した時だった。
異変を知ったのは他でもない、ミハルの聖獣グランが現れた事に因ってだった。
リーンの守護を命じられていると言ったグランに、私はある力を授けた。
ただ一度きりの秘法・・・人の姿になれる力をあの獣に授けたのだ。
人の姿に成れるとはいえ、聖獣の力はそのまま引き継がれる。
つまり獣人・・・聖なる獣人となれるのだ、グランは・・・」
毛玉の話を黙って聞いて頷くミハルに、最後に会った時の事を話す。
「グランはミハルにリーンの事を護るように命じられたと言っていた。
只、聖獣たるグランはミハルの事を心配して私に願った、
彼の地に出向くのなら必ず護り抜いて欲しいのだと。
ミハルの事を頼んだと言って、アヤツはリーンの元へと去って行ったのだ・・・
トアが護っていたリーンの元へと・・・な」
毛玉の話を聞き入っていたミハルが呟く。
「・・・・グラン。
リーンを護る為に、あなたまでが」
行方知れずの白獅子グランを想って、瞳を曇らせたミハルに。
「その後の事は、私にも判らない。
使徒たるトアの身に何が起こり、グランがどうなったのかも・・・だが」
ルシファーの最後の一言に、ミハルが訊ねる。
「だが?・・・なに、ルシちゃん」
言葉を切った毛玉は、ミハルの胸に輝くネックレスを観てから。
「どうやらこのネックレスを魔法力を使って放ったのは、グランのようなのだ。
グランが何故リーンのネックレスを放つ事になったのか。
どういう経緯があって放つ事になったというのか。
その石が言っていたあの娘に渡してというのが誰を指しているのか・・・」
毛玉の言葉にミハルが気付いた事がある。
ー そうだった・・・もしリーンが私に渡してというのなら。
<ミハルに渡して>というに決まってる。いちいち<あの娘>になんて、言う訳が無い。
どうして気付かなかったのだろう・・・だとすれば、この石を誰に渡せば良いのだろう?
ルシファーの顔を見ながら考えたミハルが、導き出した結論は。
「ミハル・・・あの娘だよ。オスマンから連れ戻した・・・リーン姫だろうよ」
毛玉と同じ結論を導き出していた。
幼き日を共に過ごした本物のリーン姫に渡そうとしたのか。
それとも、何か意味があって託そうとしたのか?
ミハルもルシファーも、今は彼女に委ねる事しか選択技は持って無かった。
元々、彼女が<神の祠>に入り込んだ事から何もかもが始まったのだから・・・
ミリアと決別したミハルが次に向かうのは、
オスマンから連れ戻った本物のリーン姫の元だった。
何かを告げようとする魔法石を手に携えて・・・
次回 Ep5 暗雲 Part4
君は2人のリーンについて聴くのだった、目の前に居る姫に・・・
・・・人類消滅まで ・・・アト 145 日