魔鋼騎戦記フェアリア第2章エレニア大戦車戦Ep1街道上の悪魔Act11悪夢と希望
黒く澱む瞳のまま、ミハルは過去の悪夢を思い出す。
たった一人、生き残ってしまったあの日の事を・・・・。
(作者注意・今話には過激な表現が含まれております。あまり想像されない事をお願いします。出来るだけ表現を柔らく変えて有ります。)
昼間なのに前方の荒れ野には薄暗い靄が流れている。
まるでこれから起きる闘いを暗示しているかのように・・・
戦闘前、第2連隊の各車が配備に付いた。
軽戦車ばかりの大隊の中で隊内無線が鳴る。
「こちら中隊長だ。いいか皆良く聞け。
ラバン軍曹の車両を護れ、いいな!
どんな事が有っても彼の車両を護り抜け、いいな!」
「了ー解っ!」
各車の車長が了解する。
更に、
「こちらロール大隊長。大隊各員に告げる。
第3中隊ラバン軍曹を護れ。
いいか、この戦いは彼の車両を護りきれば勝負は関係ない。
我々の勝ちだ!」
「連隊各員に告げるこの無謀な作戦に出陣した勇士各員に告げる。
この戦はラバン軍曹の車両を護りきれれば、我々の勝利だ。
軍中央の罵鹿共に目に物を見せてやれ。
人をモルモットにする人非人に反旗を翻すのだ。
各員の健闘を祈る!」
<<オーレ、オーレ、オーレ!>>
各車から、歓声が挙がる。
「だとよ。ミハル」
カール兵長がミハルを見て、にやっと笑う。
あの綺麗な白い歯を見せて。
「皆が力を合わせてミハルを護っているんだ。安心しろよ」
ラバン軍曹がミハルに笑いかける。
「そうよ、ミハル。私達が守ってあげる。
約束だから、私の大切な友達を死なせはしない。
きっときっと護ってみせるから」
そう言って振り返ったタームは、真剣でそして優しくミハルを見詰た。
「うん。ありがとう。
どんな事があっても一緒だよ。一緒に生き残ろう、ターム」
ミハルが真剣な瞳でタームを見返すと美しい青い瞳で頷いた。
中隊長の声が響き渡る。
「さあ、行くぞ!野郎共!戦車前へ!」
各車が前進を始めた。
絶望的な闘いへと。
ー あの日、あの時に見たみんなの笑顔が忘れられない。
とても死に行く前の顔とは思えない・・・。
それなのに・・・ああ、それなのに。
私の前で次々に皆死んでいった。
あの無謀な戦いの中で・・・
ミハルの黒く澱んだ瞳に、あの闘いが甦る。
「大隊長!」
ラバン軍曹の叫びが聞こえる。
M2型軽戦車5両の内2両を撃破したミハルが炎上する敵戦車に気を取られていると、
左に回りこんで来た他の車両に狙われているのを知ったロール大隊長車が、
ラバン軍曹達の車両を護る為に盾となって撃たれて撃破されてしまった。
「くそっ、許さねえぞ。よくもロール少佐を!」
ラバン軍曹が血走った目で、大隊長車を撃破したM2をキューポラから眼で追う。
「ターム!追えっ、奴を逃がすなっ!」
ラバン軍曹は我を忘れて追撃を命じる。
タームは車体を旋回させてM2を追う。
「ミハル!撃てっ!」
揺れる車体に身を預けて、必死に37ミリ砲弾を装填する。
「連隊長車、被弾!行き足止まりましたっ!」
カール兵長が振り返って車長に報告する。
連隊長の乗った、ソロム重戦車がキャタピラを切られて斯座している。
だが、誰も脱出せず砲撃を続けているのが照準器で見えた。
次の瞬間その前面装甲に大きな穴が開き、
「ああっ!連隊長車がっ!」
カール兵長の叫びと共に、ミハルの目に砲塔が爆発で高く吹き飛び撃破されるのが映った。
「畜生っ!帝国軍めっ!」
ラバン軍曹が叫ぶ。
「味方残存車両4両!」
タームが辺りを見回して、ラバン軍曹へ報告する。
「くそっ!囲まれる前に脱出するぞ。ターム退けっ、退くんだ!」
ラバン軍曹がもう此処までと思って、
「カール!司令部へ報告しろ。撤退するって言えっ!」
「了解!」
カールが無線で連絡しようとしたが、
「軍曹!大変です。無線が繋がりません!」
カールが血相を変えて振り返った。
「何だとっ!無線が妨害されているのか?」
ラバンもカールと同様に血相を変える。
「ターム!急いで退却だ!
司令部へ連絡しなければ敵がこのまま市街地へ突入してくるぞ。
市民に知らせなければ、とんでもない殺戮が始まってしまうぞ」
ラバン軍曹がタームを急かす。
ミハルの照準器の中に一両の大型戦車が飛び込んでくる。
「車長!左舷10時の方向に、敵です!」
ミハルの報告にラバンは確認を急ぐ。
「くそっ、退路を断つつもりか。
あいつが連隊長を撃ったんだな。・・・まて、あいつは・・・」
ラバンがキューポラのレンズに近付き、もっとよく観測しようとする。
「くそっ、なんてこった。あいつは魔鋼騎だ!紫色の紋章を浮かばせてやがるっ!」
ラバンの声に、ミハルは照準器をそのKG-1重戦車へ向けた。
前面装甲板に紫色の光を放つ紋章が見える。
そのKG-1が砲撃し、味方の2号軽戦車が吹き飛んだ。
「畜生っ!あいつに皆殺られてしまう。
ターム急げ、逃げるんだ。オレ達の砲では側面も抜けない」
タームが急いで回避運動をとる。
ミハルは照準器で迫る重戦車を捉え続けた。
「駄目です、逃げ切れません。
このままでは敵の本隊の方へ追いやられてしまいます」
カール兵長がラバンに叫ぶ。
その叫びにラバンは、
「みんな、済まないな。下手な指揮を執ってしまった。許してくれ」
そう謝ってから、
「ターム。味方の方へ少しでも近寄れ。
譬え撃破されたとしても脱出し、味方陣地へ帰れるようにな」
ラバンは誰を救うか、忘れていなかった。
「はい!全速であの重戦車をすり抜けます」
タームはそう叫ぶと、一瞬だけ振り返りミハルを見た。
ミハルもタームに気付き顔を見るとタームが微笑んだ。
そして前に向き直り気合を込める。
「往きますっ!」
アクセルを思いっきり踏み込み、KG-1目掛けて突入を図る。
ぐんぐんとKG-1へ迫る3号E型。
それに気付いたKG-1の砲が、旋回する。
ミハルは敵の重戦車が、こちらに狙いを定めたのに気付く。
「軍曹、カール兵長、ターム。
ご一緒出来て光栄でした。ありがとうございました!」
ミハルは覚悟を決めて、決別の挨拶を言う。
途端に軍曹が叱り付ける。
「馬鹿野郎!お前だけは、ミハルだけは殺させはしない。
お前だけでも生きて帰るんだ。それがオレ達の約束だろ」
「そうだ、オレ達が守るって決めたんだ。そんな言葉を吐くんじゃねえっ!」
カール兵長もミハルを叱りつける。
「後、100メートル!すり抜けます!」
タームが必死に接近を試みる。
希望が見えたかに思われた。
その時・・・KG-1の砲が火を噴いた。
((ガッ バアーーーンッ))
物凄い衝撃と音。
破片と煙が車内を舞う。
砲塔後部左舷を貫通した75ミリ砲弾が、そのまま薄い砲塔後部から飛び出し空中で炸裂した。
「ぐあっ!」
「あっ!」
ラバン軍曹とミハルが、苦痛のうめきを上げる。
わき腹をやられたラバン軍曹が苦悶の表情で、
「ターム、止まるな。このまま突っ走れっ!」
車体が停まっていない事を悟り苦悶の声で命令する。
「ミハル、ミハル。大丈夫か?」
ミハルの身を案じて声を掛ける。
わき腹から血を噴出すラバン軍曹に振り返り、
「私、右腕をやられました。軍曹は?」
苦痛の声をあげ左手で右手を押えて答えるミハルに、
「腹をやられたよ。もう直ぐ味方陣地だ。
それまでの我慢だ・・・ミハル」
答えるラバン軍曹を見上げたミハルの目に、
軍曹が血まみれで苦悶する姿と大きく裂けた砲塔側面が目に入った。
「ミハル、軍曹!すり抜けました。
後少し、後少しで帰れますよ!」
カール兵長が2人を励ます様に声を掛けた時。
砲塔を旋回させた重戦車が、後部を見せる3号に75ミリ砲を放った。
((ガッ!バキンッ!バリバリバリッ))
何かに殴りつけられたかの様な衝撃と、轟音。
炎と煙、そして・・・血が車内を充満する。
4人は声を上げることも無く・・・気を失った。
どれ程、時が経ったのか・・・
ミハルは自分の名を呼ぶ声で気が付いた。
「・・・ミハル。ミハル。大丈夫?ミハル、ミハル!」
「うっ、ううっ。ターム?どうしたの・・・私達?」
「くっ、ミハル。
早く脱出して。敵の歩兵が来る前に・・・」
漸くミハルは気付いて目を開ける。
霞む目をごしごしと拭くと、その手に血がこびり付く。
「あ、私、やられた。こんなに血が付いているもの」
呆然と車内を見回すと、煙の中に背もたれに身体をそり返し、
紫色の顔をしたカール兵長が口から血を吐いた状態で動かなかった。
その身体の一部が辺り一面に飛び散って血を滴らせていた。
「カール・・さ・・ん?」
ミハルはありえない物を見るような顔で、カールに声を掛ける。
「ミハル。早く、早く脱出しなさい。
早く味方へ知らせて、敵が市街地へ攻め込む前に!」
タームが苦しそうに言うのを、
「タームも一緒に。一緒に脱出して帰ろうよ」
ミハルはふらふらと立ち上がって操縦席を覗き込むとそこには。
「足・・・足をやられたの私は歩けない。ここに残るから。ミハルは走れる?」
ミハルの目に右足を切り裂かれ、カールの血を全身に浴びたタームが映った。
「ターム!そんなっ。
嫌だよ、タームを置いて逃げるなんて出来ない」
ミハルは絶叫した。
「ぐっ!ミハル。
オレ達の約束だ、お前は生きろ。帰るんだ弟の元へ!」
まだ息の有るラバン軍曹が苦しみに耐えながらミハルを生きて返そうと命じる。
「い、嫌っ。嫌です。
私一人で帰るなんて。
軍曹も、タームも、カールさんも一緒に!」
「馬鹿野郎、オレ達はもう助からない。
せめてお前だけは生きてくれ、必ず生き残れ。
これは命令だミハル一等兵、味方へ連絡しろ。
敵が市街地へなだれ込む前に防衛線を築けと。
いいな、頼んだぞ」
ラバン軍曹はミハルに命令し、口を噤む。
「軍曹!」
ミハルの問い掛けに、もう軍曹は口を開かなかった。
「ミハル早く、早く行きなさい。
敵の歩兵がもう直ぐそこまで来ている。
早く逃げて・・・弟君に会えたら。
いいえ、絶対に帰って。
約束よ、必ず生き残って。
それがこの連隊全員の願い。
こんな無茶な戦いで死んでいった人達全員との約束だからね」
タームは苦痛に喘ぎながらミハルに約束を迫る。
ミハルは泣きながら誓った。
「解った。解ったから。
約束する、絶対生き残る。みんなの願いを守るから」
ミハルはタームの手を握って約束した。
「ありがとうミハル。
楽しかった・・・今迄一緒に居られて。
・・・さあ!早く脱出しなさい。
後を振り向かず。さあ!」
タームは想いを振り切る様にミハルを急かす。
「ううっ、ターム、タームっ!」
ゆっくり後ずさるミハルに、
「早く行きなさいっ、何をぐずぐずしているのっ!」
タームは初めてミハルを叱り付けた。
「うっ、うっ、タームっ。ご、ごめんなさいっ!」
その一言で、漸く踵を返し側面ハッチからミハルは脱出した。
車体から飛び出し、味方陣地の方向へよろよろと走るミハルの姿を前方スリットから見詰たタームが。
「さよなら、ミハル。さよなら妹。
私の大切な友達・・・これからはいつも・・・あなたと一緒。
あなたを護っていてあげるから・・・」
タームは涙を流してミハルに最期の別れを言った。
ミハルは闘い生き残った事で更なる苦痛を味わう事となる。
最愛の友との約束を守る為、死を選ぶ事さえ出来ず。
そして、ミハルの宝珠は遂に呪いの紋章へと堕ちて行った。
次回 悪夢と希望 Act12
君は復讐の為に堕ちて行くのか・・・