第5章 蒼空の魔砲師 Ep4 悪嬢と魔砲少女 Part6
マリーンは食事が済み、寛ぎのひと時を湯船で過ごしていた。
悪嬢でも癒しの時は独りで過ごしたいもの・・・
だが、マリーンの背後から迫る影が?!
夜の帳が降りて・・・
夕食が終わり、後片付けが済んだ・・・のだが。
「あの娘、どれだけ食べれば気が済むんだ?」
給仕係りが呆れ返ってぼやく。
メイド控え室ではなく、キッチンの片端でモクモクと食べ続けるミハルを奇異の眼で見た。
「ふぅっ、食べた食べたぁ」
漸く満足したのか、積み上げられたプレートに囲まれたミハルが背伸びすると。
<ミハルよ。少しは自重というものをだな・・・>
襟元の紅き珠からルシファーが嘆きの言葉を漏らす。
「ううん、折角プロイセンの公爵家に滞在したんだもの。
想いっきりお国自慢のお料理食べたって文句は言われないわよ」
口元をナプキンで拭いながら呟くミハルが。
<これで魔砲力フルチャージ完了って事!>
本当の訳をルシファーにだけ教える。
<解っておるが・・・何度観ても気が萎えるなぁ。
一体ミハルの何処にコレだけの食べ物が消えるんだ?
神さえも知らないとは、この事だな>
ルシファーの言った通り、山積みの皿に盛られていた食べ物が消えたのに、
ミハルのお腹は普段通りのままだったから、不思議だった・・・(作者にも)
「さぁて・・・と。それじゃあ、いよいよだね」
立ち上がったミハルが行動を開始すると告げると、傍にいた給仕係りに訊ねる。
「マリーンお嬢様は今どちらに?」
湯気が視界を遮る。
館の湯殿に少女の姿がぼんやりと浮かんで見える。
「一人っきりになれるのは、ここぐらいかな。
ここなら本当の自分を晒けても文句はいわれないよね」
悪嬢と呼ばれし少女が自らを曝け出す場所。
それが風呂という密室だった。
「今日は何時に無く気分が良いのはなぜだろう。
確かミハルとか言うメイドと話を交わしていたと思ったんだが・・・
記憶違いかな?」
マリーンには今日出会ったばかりのメイドとの邂逅が記憶に残っているだけだった。
だが、その記憶には確かにミハルと紅き何かと共に話を交わした気がしたのだが・・・
「キャメルの眼を見たら。
いつもそうなんだけど、自分が何をしていたのか忘れてしまうんだ。
何故だか知らないけど、周りの者がみんな冷たい目で観るようになったんだ・・・」
「そうなんだね、キャメルさんがマリーン様に術を掛けていたんだね」
イキナリ後ろから声が掛けられたマリーンが驚きのあまり湯船に沈む。
「あらら。
驚かれたのですね、メイドのミハルです。
お体を洗って差し上げますので・・・どうぞこちらへ」
湯気の中からバスローブで半身を隠したミハルが現れた。
「なっ?!なんだっお前はっ!失礼にも程があるぞっ!」
長い髪を後ろで結い上げたミハルが、気にも掛けないように。
「さあ、こちらへお座りくださいな。洗って差し上げます」
スポンジに化粧石鹸を塗り込みながら招く。
「ばっ、馬鹿か?私は一人で入るのが良いんだ!
誰にもこの体は触らせないぞ!」
怒ったマリーンの胸にネックレスが揺れる。
ちらりとネックレスを観たミハルが、お構いなしにマリーンを掴んで。
「そんな堅い事仰られずに・・・お座りくださいな」
少女の体をバス椅子に座らせた。
「おっ、おいっ!いい加減にしないとっ!」
振り返ったマリーンの瞳に映ったのはニヤつくミハルの顔。
一瞬だったが、瞳の中がハートマークに染まって見えたようだが。
<にひひぃっ、マリーンちゃんってリーンにそっくりなんだからぁ。
リーンもこの歳位だったら、きっとこんな感じの体つきだったのかにゃぁ・・・>
ミハルは時として錯乱する時があるのだ。
特にリーンの事になれば尚更に・・・(危ない奴ではある)
<はっ?!私今・・・何を考えてたの?!>
役目を忘れて自分の世界に翔んでいたミハルが頭を振って我に返る。
<これは役目なんだから。
マリーンちゃんに懐かれる姿をアイツに診せて焦らせる作戦。
必ず奴は尻尾を出すに決まってるんだから>
湯殿の入り口に視線を凝らしてそう思った時。
<ミハルぅ、私はどうすればいいんだぁ~>
フワフワと毛玉が浮いているのだが。
<ルシちゃんは目を瞑っていなさい!>
毛玉が覗くのを嗜めるミハルに、
<しかしだな、眼を瞑っていては護れんから・・・>
ウロウロ、オロオロする毛玉にカチンときたミハルの魔法が炸裂する。
<しばらく・・・そうしていて!>
ルシファーの眼がリボンで括られ、目隠しされた。
<・・・・何という事だ?!使徒に目隠しされる神なんて聞いた事もないぞ!>
泡を食って舞う毛玉を無視して、ミハルはマリーンの体にスポンジを当てる。
「綺麗な白い肌ですね、お嬢様は。まるで心を顕すかのように」
背中を洗うミハルがそう言うと。
「お前・・・厭味か?」
洗われるままのマリーンが聞き咎める。
「いいえ、本当の事を云ったまでの事。
お嬢様は綺麗な心をされてなされますから」
答えたミハルの腕がマリーンに掴まえられる。
「お前に私の何が解るというのだ!知りもしない癖に!」
怒りの眼を向けられたミハルは、その手をやんわりと振りほどいて。
「いいえ、私には良く判ります。
マリーンラルネットお嬢様は綺麗な心の持ち主だと。
何故なら、その魔法石が澱んではいませんから」
マリーンのネックレスに輝く、蒼き魔法石を指して微笑んだ。
「お前・・・このネックレスが魔法の石だと解るのか?」
ミハルに体を洗われながら紅き瞳で訳を訊く。
「ええ。私も魔法を使える者ですから。
こうみえてもそこ等に居る魔法使いより余程上手に扱えるのですよ?
魔砲の力が・・・神に授かりし力が・・・です」
瞳を見返した魔砲少女が幼き主に教える。
「そうなのか・・・道理で不思議な感覚を覚えたと思っていたんだ。
お前に会った時、このネックレスが騒いだんだ。
お前に寄り添うように・・・お前を求めるかのように・・・な」
ピクンとミハルの指が止まる。
ミハルの頬が紅く染まる。
「まるでお前を求めるように胸がときめいた。
そう感じたんだ、バルコニーで会った時に・・・」
((きゅんっ))
ミハルの胸もときめいたように締め付けられる。
ー ああ・・・早くこの手で抱きしめたい。
ミハルはこの時、役目を忘れそうになる自分に堪えるのがやっとだった。
「あはは・・・それは光栄です。
さ・・・て。どこか痒い処はございませんでしょうか?
髪の毛をお流ししても宜しゅうございますか?」
ミハルはマリーンから眼を離して手桶に湯を入れて訊く。
「待って・・・もうすこし。
もう少しだけ髪を洗って・・・痒い訳じゃないんだけど。
トーアお姉さまに洗って貰ったあの日を思い出しちゃって・・・お願い」
金髪に泡を浸けたままでマリーンがせがんだ。
その純真な心を顕すかのような綺麗な赤き瞳で。
ふっと息を吐いたミハルが、頷いてまた髪に手を伸ばして櫛付け始める。
「トーアお姉さま・・・お姉ちゃん。
逢いたいよぉ・・・ごめんなさいって言いたいよぉ・・・」
ぽろぽろ涙を零すマリーン令嬢の姿は、とても悪嬢とは言える筈も無く、
ミハルの手に甘える只の幼き少女としか見えなかった。
「ミハル・・・奴だ。こちらを伺っているぞ?」
毛玉がミハルにだけ聴こえる位の小声で教える。
「うん・・・さっきから覗いているようだね。
どうやら私の正体を見抜いたみたい・・・いよいよだね」
頷いたミハルが決闘を覚悟する。
「ああ、風呂から出たら。
多分挑んで来るだろう、マリーンを使って・・・」
毛玉が教えるのは分の悪い闘いになるという事。
「解っているよ、ルシちゃん。イザとなったらお願いします」
守護神たる堕神ルシファーに頼みながらも、
ミハルはこの少女を護り抜く事を新たに誓うのだった。
ミハルの手で心を取り戻そうとするマリーンと、蒼きリーンの魔法石を護って闘うと・・・