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魔鋼騎戦記フェアリア  作者: さば・ノーブ
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第5章 蒼空の魔砲師 Ep1 空へ Part3

眼前に居るのは確かにリーンの姿形はしていたが。


ミハルの瞳は失望で澱みきってしまった・・・

靴音が高い天井に木霊する。


王宮の謁見の広間に静寂の中、唯靴音だけが響いた。


「最敬礼!」


侍従長の声と共に居並ぶ者達が、頭を低く垂れて姿勢を正した。

現皇王が近衛武官を従えて玉座に身を沈ませると、


「陛下。

 オスマン派遣隊帰還者でございます」


侍従長の紹介が述べられ、暫しの沈黙が過ぎる。


「ご苦労であった・・・」


一言。

そのたった一言だけで、謁見が終わりを告げる。


頭を低くして畏まっている全ての参列者の耳に、再び靴音が聴こえた。


「直れ。これより皇太子姫殿下からお言葉を賜ります」


今度は皇室侍従補佐官から宣下が申し渡される。


漸く頭を上げた居並ぶ者達の前に、ユーリ皇太子姫が進み出る。


「派遣隊員の帰還、誠に目出度き事。

 ここにフェアリア政府を代表し、そなたら皆を評し叙勲します。

 お受け取りなさい、我が国の栄誉を担うべく戦いし勇士達よ」


ユーリが政務官に眼で合図すると、

勲章を捧げ持った数人の政務官が帰還者の胸に勲章を挿して廻った。


ユーリは政務官達が離れるのを待ちながら一人の士官に目を向けていた。

その士官はどこか虚ろな瞳で自分の斜め後方に立つ妹姫を見詰めているようだった。


<ミハル・・・許して。こんな仕打ちをする私達を・・・>


ユーリは今にも泣き出しそうな顔をした少女士官に心の中で謝った。


勲章を政務官達が帰還者達の胸に授けている光景を、記者や報道班員達がカメラに収めていた。

内外に喧伝する為、世界中の国から記者が詰め掛けていた。

フラッシュが焚かれる。

記者が一言一句書き留めている。


そう。

この謁見は、公式の式典として報道される事となっていたのだ。

つまり、フェアリア派遣隊帰還者たちはプロパガンダの生贄となっていたのだ。

国のメンツの為、国威高揚の為・・・利用されたのだ。


皆の胸に銀色に輝く勲章が着けられたのを確認した補佐官が、


「ユーリ皇太子姫殿下から、お言葉がございます」


厳かに言い放つと、一呼吸入れてからユーリが口を開いた。


「皆の働きにより、オスマンでの国際協力に成功した事は我が国の力を示し得た。

 また、我が国から逃亡した政治犯を処罰出来た事も大いに喜ばしい事であった。

 これを賞賛する事は、我が国民をして当然の事である」


皇太子姫が朗々と讃え、派遣隊の労をねぎらった。

そして、次の言葉で締め括るのだった。


「尚、嬉しき事には。

 派遣隊の帰還途上で()()にも、()()()()()()を悪漢から連れ戻す事に成功した。

 これも派遣隊の功労として讃えられるべき事です。

 これにより、リーン宰相姫捜索を終了したと宣言しました」


呆然とユーリの声を聞いていた少女士官の瞳から涙が一滴零れ落ちた。


「リーン宰相姫はこれこの通り、帰って参りました。

 国民に心配させてしまった事を、陳謝いたす所存。

 さあ、リーン宰相姫。皆に心配していただいたお詫びとお礼を!」


ユーリに促された()()()が進み出てきてドレスの裾を指で摘んで会釈する。


「ホントに、ごめんなさい」


耳に届いた声に、


<違う・・・違うよ。リーンはそんな言い方はしないから・・・>


涙を零す少女の瞳が悲しみに澱む。


「皆、リーンは少々疲れているようです。

 これにてオスマン派遣隊帰還者との謁見の儀を終えたいと思います」


ユーリが助け舟を出すが如く、会を閉じた。


それは、リーンの為とは名ばかりである事は帰還者達には判りきっていた。

解散する時になって、マモルが気にしていた事とは。

ミハルがずっと居る筈がない()()()の姿を求めて、

落ち着きなく辺りを見回していた事だけだった。





____________



挿絵(By みてみん)



「しくしく・・・シクシク・・・」


部屋に一人篭もり、誰にも見せられない心の内を曝け出す様に泣くミハル。

謁見の場にリーンの姿はなく、代わりに居たのはオスマンで救い出した別人。

しかも、その時命じられたのはリーンの捜索を打ち切るという事。

助け出したリーンを替え玉にしたユーリの考えがまるで判らないミハルは、

唯悲しく、唯もどかしく・・・唯、無性に涙が零れ落ちるのを停めれなかった。


「なんだよ・・・どうすれば泣き止んでくれるんだよ、ミハル姉は」


ドアの陰でポツリと呟くマモルがため息を吐く。


「ノックしても・・・

 ドアを開けても気付いてくれない程・・・自分の中に篭もっているのか。

 僕に・・・僕には力になってあげられないのだろうかミハル姉の・・・」


泣きじゃくる姉の姿に弟は只、力になれない事と慰める事も出来ない自分の不甲斐無さに嘆いた。


「友よ・・・そなたも・・・なのか。

 どうも・・・女の涙には弱くてな。

 声をかける事も憚られるようで・・・弱ったな」


ふわふわ毛玉が浮き上がってマモルの元に寄って来る。


「ああ、ルシちゃんもなのかい?

 神様でも、女の子の涙には手を焼くって事なの?」


マモルの前まで来た紅き毛玉が瞳を半ば瞑って肯定する。


「神だとて・・・弱い物はあるのだ、友よ。

 それがミハルの涙なら・・・尚更だ」


弟と毛玉は、いつも気丈に微笑むミハルがこうまで落ち込み泣くのを観たのは初めてだった。

だから、どうして良いのかさえも判らず、声も掛けられずにいるのだが。


「友よ。こうしていつまでもミハルをほっておいても埒が明かんぞ?

 何か名案はないのか?何か打開策はないのか?

 私はもうミハルの泣く姿を観ていたくはないのだが・・・どうだ?」


毛玉が神とは思えない程オロオロしてマモルに助けを求めてくる。

いつも尊大な態度を執って来ていた毛玉の動揺を観たマモルがクスっと笑えた。


「そうか・・・そうだね。

 ありがとうルシちゃん・・・教えてくれて。

 ミハル姉を元に戻せるのは、やっぱり()()()だよ、ルシファー」


マモルは毛玉に礼を述べ、


「それじゃあ、僕のお願いを聴いてくれないかな、ルシちゃん」


思いついた方法を神である者に授けた。


挿絵(By みてみん)



「ミハルねぇ!いつまで泣いてるのさ!」


突然耳元で大声が聴こえた。


「・・・あ、マモル?」


びっくりした顔でマモルを見上げたミハルの目に、マモルの姿と・・・


「ルシちゃん?」


紅き毛玉の姿が見て取れた。


「いい加減泣き止みなよ、ミハル姉。らしくないぞ!」


マモルに言われて漸く泣き止み立ち上がったミハルは、壁に寄り添い下を向く。


「ほらほら・・・また下を向いちゃって。

 泣き止んだんだから・・・ちゃんとこっち向いてよ」


マモルがミハルに頼むのだが。


「ほっといてよマモル。今は泣きたいだけなんだから・・・」


一向に顔を向けようとはしない。


「しょうがないなぁ・・・ルシちゃん。

 例の事、やってみて?」


マモルがふわふわ浮く毛玉に教えた方法の実践をお願いした。


「ふむ・・・いいのかマモル。

 この後どうなっても私は責任をとらないからな」


毛玉はマモルの胸元でそう答えると。


「ユニゾン・・・イン・・・」


同化の呪文を唱えた。


紅き毛玉がマモルに溶け込む。


「あっ?!マモルっ、ルシちゃんっ?」


驚いたミハルが停めようとした時には。


「ミハル・・・この姿で話せるとは思いもしなかったよ」


身体を乗っ取ったルシファーの声がマモルから聴こえて来た。


「わっ?!本当にルシちゃんなの?マモルは?」


ミハルはマモルの心配をしたのだが。

そのマモル・・・いいや。

今はルシファーに宿られたマモルの手がミハルを壁から引き離すと。


「わっ?!マモルなの?それともルシちゃん?」


びっくりした様に眼を見開き、じっと顔を見上げる。


「私だ、ミハル。ルシファーだ・・・嬉しいか?」


ぐいっと腕を掴まれ、引き寄せられたミハルが。


「ば・・・馬鹿っ、マモルの身体を使って言われても。

 う、嬉しいとか言えないじゃないの・・・」


急に迫られた様な気がしたミハルが動揺して口篭もると。


「ははぁん、さては。

 マモルの事を気にして誤魔化しているな。

 大丈夫だ。友は今、体の中で眠っているから」


そう言いながらマモルの身体を使って、ミハルを胸元に引き寄せる。


「わっ!わわっ?!ちょっとルシちゃんっ、近いっ近いよっ!」


もう、少し顔をあげれば唇と唇が触れそうな位に近付いていた。

真っ赤な頬になって、ミハルが聞く。


挿絵(By みてみん)



「ちょっと、()()()!近寄り過ぎっ!」


咄嗟に出た呼び名に体が反応した。

中で眠って居る筈の弟が。


「あ・・・?」


ビクッと身体を震わせたマモルの身体に、ミハルが大声で撥ねつける。


「馬鹿ぁっ!マモルもいるじゃないっ!ルシちゃんの意地悪ぅ!」


咄嗟に跳ねつけたミハルの魔法が炸裂した。


((どぉん))


風圧がマモルを吹き飛ばす。


「あ・・・?ああっ?!」


吹き飛んだ弟の姿を観たミハルは、自分の仕出かした事に慌てる。


「ぎゃあっ!マモルっ?ごめんなさぁいぃっ!」


吹き飛んだ弟に駆け寄ったミハルの謝った声が、遠くで聴こえたような気がしたのだが。

毛玉に身体を貸していたマモルの意識が遠のいた。少しだけ・・・




「大丈夫?マモル・・・ごめんね」


ミハルの声がすぐ傍で聴こえた。


「これはこれは・・・役得だったな、友よ」


毛玉の声も直ぐ傍で聴こえた。


((ぷに))


頭がなにか温かく柔らかい物の上に載せられている感覚がする。


「もうっ!ルシちゃんの所為だからね!((ぷんすか))」


挿絵(By みてみん)



マモルの耳にミハルの怒る声が聴こえて来る。

直ぐ頭の上で。


「・・・アレ。・・・これは?」


柔らく温かい物の上で、マモルは眼を開いた。


「良い匂い・・・って?まさかっ?!」


眼を見開く・・・事も出来ず。

ミハルの膝枕で横になっているマモルが真っ赤になって固まった。


「マモル・・・ごめんね。痛かったでしょう・・・それに。

 それに、心配してくれていたんだよね・・・ありがとう」


膝枕をしてくれながら、姉が髪を撫でてくれる。


それはずっと昔、まだ幼かった頃の出来事。

泣き止まない自分を宥めようと膝枕の上で、今と同じ様に髪を撫でてくれた姉を思い出した。


「ああ。あの時と同じみたいだな」


声に洩れた思い出は、優しい声で還って来る。


「そうね、マモルも泣き止まなかったから。

 今の私と同じ様に・・・ね」


マモルが見上げるとそこには。


「やっぱり・・・姉さんには泣き顔は似合わないよ。

 微笑んでくれる方がずっと好きだよ、僕達は」


いつの間にか毛玉が傍まで戻ってきていた。


「ミハル、友の言う通りだぞ。

 そなたに泣き顔は似合わない。

 そなたの笑みこそ我らの望み・・・希望なのだ」


ルシファーが真面目な声で頼んでくる。


「ミハル・・・泣くのはまだ早い。

 諦められるのか?諦める事なんて出来る訳がないじゃないか!

 希望がない訳じゃない・・・そうだろ?」


毛玉の声が諭す。


「そうだよ、ミハル姉。もう一度ユーリ殿下にリーン様の捜索を願い出ようよ」


マモルが促す。

2人が交々(こもごも)ミハルを力付けようと声を掛けた。


「うん・・・そうだね。

 私・・・もう諦めかけていたのかもしれない。

 でも、2人のおかげで気が付いたわ・・・ありがとう。

 諦めちゃあ駄目なんだよね。

 諦めちゃったら、そこでもう終っちゃうんだもんね!

 私が諦めたりしたらリーンは帰って来れないんだよね!」


どうやらミハルは気付いたようだと感じた毛玉と弟は同時に言った。


「そう!それでこそ。

 魔法の砲手ガンナー、ミハルだよ・・・な!」


2人に励まされたミハルがすっくと立ち上がった。





 


2人の姉弟にとって今、涙はいらなかった。

必要なのは諦めない勇気。


ミハルはユーリに直談判してでもリーン捜索を願い出ようと考えたのだが。


宮殿のバルコニーに人影を観た時、思い出すのはあの夜の事だった。

始まりの地、エンカウンターの城で一人夜空を見上げていた人の事を思い出すミハル。


次回 蒼空の魔砲師 Ep1 空へ Part4

君はあの夜の事を思い出す・・・願いを伝える為に

・・・人類消滅まで・・・アト 177 日

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