第4章 女神覚醒 Ep10 悪夢の島
神々の黄昏・・・
いつの世界でも人は神たる者の気まぐれに運命を惑わされてきた。
今一つの魂が終わりを迎える・・・希望を託して。
飛行戦艦は巨大隕石が落下した島へと向かう。
雲を纏う空飛ぶ戦艦・・・見た目は船と言うより円盤と呼ぶ方が正しいのかも知れない。
雲を纏っている姿は良くは見えないが、その規模は判る。
<下方の海に映る影の大きさから判断すると・・・何処かのお城並みだわ>
リーンの思った大きさの判断は当らずとも遠からず。
巨大な飛行機械にして神たる者の軍船。
空を圧して飛ぶ姿は雲に隠され地上からは見えないのであろう。
只、地上では突然の暴風に晒され家屋に逃げ込んだ人々が恐れ戦いているであろう。
リーン達を載せた飛行戦艦は彼の地へと向っている。
今、神の力に目覚めたリーンを護る二人の使徒が敵わずとも抗う。
「リーン様。こう呼べるのも最後かもしれません・・・ですの」
呟いたトアの体から金色の粒が舞い上がり始めた。
「辞めなさいっトア!自分を犠牲にするような真似は!」
リーンが手を指し伸ばしトアを引留め様と叫ぶ。
「いいえ、我が君。
ワタクシは犠牲だなんてこれっぽっちも思っていませんですの。
だって・・・リーン様の・・・いいえ。
人類全ての未来の為、礎になれるのですから・・・
ワタクシが犯した罪滅ぼしになるのであれば・・・亡くなった方にも申し訳出来る筈。
それが本当の願いだったのですの。
これがトーアの運命だったのですの」
身体を金色の光に包み、最期の術を放つ決心を固めた使徒トアの瞳は穏やかだった。
自らの罪を拭える事を喜んでいるかのように・・・
「トアっ!
お前っ、その技は。
我が身を捨て、光となって護る最終奥義!」
気付いたグランが目を見張る。
「自らの魂を以って、誰かに捧げる術・・・誰かの魂に光を与える術!」
グランが知るのは魂の消滅をさせても誰かに聖なる光を与え続ける魔法。
譬え自分の存在が失われたとしても術を受けた者の心を邪なる魂に貶めなくする究極の術。
「待てトア!早まるなっ!」
グランが呼び掛けた時には術は完成していた。
「トアぁっ!辞めてっ辞めてよぉっ!」
リーンが必死に呼びかけたが。
トアはもう金色の光に包まれ、涙を湛えた眼でリーンを見詰め返すだけだった。
「譬えこの身は滅び、魂までも喪ったとしても。
ワタクシの事をリーン様は憶えてくだされる・・・女神リーン様の心に残れる。
これ以上の幸せはございませんのですの・・・ワタクシにとって。
どうか・・・どうか、人の未来を奪わないでくださいませ。
どうか女神リーン様はもう一度人に戻られ、愛する人と仲睦まじくお暮らし下さい・・・の」
もう、リーンにも届かない声でトアは願った。
自分が東プロイセン王宮で犯した罪を死を以って償わんとするかの如く。
今、トーアの魂は消え去ろうとしていた。
「使徒トア・・・さあ。
今こそあなたと私の願いを果す時。
あなたが私の復讐に乗じ幾多の魂を欲した事の粛罪を果すのですの。
死した魂にお詫びするのがワタクシとあなたとの誓いだったではないですか。
その時がやっと訪れたのです・・・感謝しませんとリーン様に」
「如何にもトーア姫。
あの時は我もまだ悪魔だった。
人の魂を欲する魔族だと思っていたのだ、ルシファー様に浄化して頂けるまでは。
今となっては殺害してしまった者達にお詫びする事など望めぬ処だったが・・・
幸いな事に人の為に滅する事が出来る・・・感謝するぞトーア姫」
宿りし者と契約者は微笑みの瞬間を迎える。
「ならば!2人して往こう。
リーン様の心の中へ!
我が女神リーン様の御許へ!」
逆巻く炎を纏い、光の渦の中へと消え行くトア。
「辞めてぇっ!逝かないでトアあぁっ!」
リーンの絶叫が光に木霊する・・・
光の渦がやがて一つの小さな光点となり、
((ビュゥッ))
飛礫となってリーンの胸に飛び込んだ。
「ああ・・・トーア。解ったわ・・・あなたが私に何を求めているのかが」
使徒トアとトーア姫の想いがリーンの心に刻まれる。
「私は・・・私は必ず人の未来を奪わない。
決して亡びを振り撒かない・・・人類を滅ぼさないから」
胸を押えたリーンの手にペンダントが触れる。
蒼き光を放ち続けるペンダントを観たリーンの記憶が呼び覚まされる。
このペンダントを握って闘い続けたあの日からの思い出を。
蒼き光を放ち続けて仲間達と生き抜いた戦場を・・・そして。
<ミハル・・・私は決して諦めないわ。
だからミハルも諦めないで・・・強くなって。
強くなって私の元へ来て・・・連れ戻しに来て・・・お願いよ>
リーンは決断を下した。
最期まで諦めないと。
どんなに辛く苦しい決断だとしても間違っていないと。
「グラン・・・あなたにお願いがあるの」
ミハルの聖獣グランに決意を話す。
「私は眠りに就くわ・・・諦めない為に。
体は起きていたとしても、心は眠りに就くから・・・そう。
審判の神として捕えられても決して人を滅ぼす判断を下さない為に。
トアの光がある心の中でずっと待ち続けたいの・・・あの娘を」
黙って聴いていたグランが訊いた。
「あの娘・・・ミハルをですか?女神リーンとして?」
答えは一言。
「私は永遠にミハルの御主人様なの。
だから忠実なペットであるミハルは必ず私を探し出し、迎えに来るわ。
その時まで・・・私は心の中に居続けるの」
リーンは蒼きペンダントをグランに差し出す。
「これを・・・ミハルに届けて。
ミハルに届くように結界から弾き飛ばして・・・お願い」
最早決意を覆せないと考えたグランは、ペンダントを受け取り涙する。
「必ず・・・必ず結界から弾き出してみせましょう」
グランの答えに安心したかのように、リーンが微笑んだ。
「そのペンダントにはね、これまでの思い出が詰まっているの。
みんなとの約束。
ミハルとの愛。
そして・・・私の願いが・・・ね」
グランに向けて教えたリーンは、映像の変化に気付いた。
どんな魔法を使ったというのか。
モニターには黒い雲が渦巻いている不気味な島が映っていた。
「もう・・・時間が無いわ。
グランお願いね。
私はこれから永き眠りに就くから・・・ミハルに伝えて。
必ず迎えに来なさい・・・って」
グランはペンダントを押し抱き涙する。
<リーン様のご命令に背く事になるが。
我はミハルの元へは往けぬ。この結界は破れない・・・全力を以ってしても。
このペンダントを外界へ飛ばせ出せるのがやっと、だろう・・・>
目の前でリーンの体から徐々に力が抜けていくのが解る。
<ああ・・・我は何と罪深い聖獣なのか。
女神に背き、女神の願いにも添えられぬ。
ならば・・・せめて最期の願いを果せるように務めるのが使徒の働きという物。
ルシファーから授かったこの技を使い、リーン様を護るのみ!>
金色の石を握り締めたグランが胸に押し当てる。
その石が溶けるようにグランの体の中へと消えて行った。
目の前でリーンが倒れるように横になるのを・・・
((ファサッ))
逞しい人の手が受け止める。
「リーン様!暫くのご辛抱です。
必ずや・・・ミハルが迎えに来ます!今暫くの我慢ですっ!」
抱かかえたグランの叫びが結界に響く。
周りを囲んだ敵使徒が迫る。
リーンの腰に付けた短剣を抜き放つと、光の術を剣に授ける。
((ヴン))
剣が光を纏う剣と成る。
「さあ・・・斬られたい奴はどいつだ?」
鋭い瞳で廻りに近付く敵を睥睨する。
グランは手に持った碧きペンダントに力を込めて術を発動する。
<どうか・・・リーン様の願いを聴き遂げたまえ。
女神の願いを受け取りたまえ!>
((ビシュッ))
グランの放った最大魔法力を受けたペンダントが飛行戦艦から跳びぬけて行った。
「やったぞ・・・後は誰に拾われるか・・・だけだ」
力を放ち終えたグランがほくそ笑み。
「もう、何も思い残す事は無い!
一匹でも多く道連れにしてやるぞっ!」
剣を構えて走り出した・・・
碧きペンダントは想いを込めて飛び去る・・・
あの娘の元へと・・・届くようにと願いを込めて。
その島は黒き雲に覆われ、人を阻む。
悪しき島は眠りから目覚め動き出していた。
この世界に生きる人を滅ぼす為に。
人類を滅亡させ、違う人を創り出す為。
リーン・・・いや、女神バリフィスが決断を下さなくとも。
今や神たる者達の軍隊は人類滅亡を目指し攻撃の手を上げたのだった・・・
時に・・・
フェアリア皇国オスマン派遣隊が帰還の途に就いた・・・その日の事であった。
隕石が衝突したと言われる島。
そこに人は近づけなかった・・・古来より。
文明が進化した世界でも、悪魔の様な島に辿り着ける者など居はしなかった。
その島に・・・リーンは囚われる事になるのだった・・・
トアの希望を胸に秘め、グランの想いを身に纏い。
リーンは唯ひたすらに待ち望む・・・あの娘を。
次回 第4章女神覚醒 エピローグ
君は人類滅亡を食い止められるというのか?消滅を防げるというのか?
人類には希望はないのか?人類に光はないのか?
今、あの娘の力が必要だ・・・・人類消滅まで・・・あと180日