第4章 女神覚醒 Ep7 罠 Part3
<バリフィス>と呼ばれた金髪の乙女。
彼女は自らを破滅神として認めてしまうのか?
バリフィスと呼ばれし娘は抗う。
「違う!断じて違う!!
人は自らを変えれる力を持っている。
人は幸せを求め続ける権利を持っている。
私は人に絶望を憶えた事なんてない!」
リーンの心は人に寄り添っていた。
「いいえ、バリフィス。あなたこそ間違っているわ。
あなたに人は何をしてきた・・・?
人はあなたを殺そうとしていたではないの?自らの欲望を満たす為に」
機械はフェアリアでの1年戦争で起きた事実を告げ、
「己が欲を満たす為に同じ人間を殺そうとする。
それこそが悪魔の所業というもの。
人こそが滅ぼされるべき本当の悪魔・・・あなたの言う悪しき者なのです」
人を断罪する。
「違う違う。確かに人は他人を殺し、己が欲を満たそうとする者も居る。
けれど人は人を愛し合う事で子孫を残し、存在し続けている。
いいえ、愛する事で真の平和をも手に入れられる。
絶望より希望の方が遥かに大きいのよ!」
機械に抗い首を振り、拒絶するリーンに、
「愛し合う?それは永遠のモノではない・・・一時的なモノ。
その場その場で変わる想いの一つでしかない」
機械は苛立ったかの様に、口調を変え始めた。
「違うわ!私は信じているもの。
愛は永遠に続くのだと・・・死んでも尚、一緒に居たいと願える人が居るということを。
その人に全てを捧げても良いと想えるから・・・私がそうである様に」
蒼い瞳は信じる力を顕すかの様に輝いていた。
「そうまで言い張るのなら・・・その愛とやらが無駄で無意味な事を教えてあげましょう」
リーンの前で、機械から何者かが現れた。
「えっ・・・まさか・・・嘘」
その姿にリーンは思わず呼んでしまう。
「ミハル?どうして?」
<どうして此処に居るの?>
喉まで出掛かった言葉を呑んで、
「あなたはミハルを見せて何をしようとしているの?
幻なんかを見せて、私の心を惑わす気なの?」
リーンがミハルの姿から眼を背けると、
「リーン・・・私よ。魔法で還らせて貰ったの・・・私、ミ ハ ル だよ?」
リーンの身体がビクンと跳ね上がり、
「え?・・・ミハルなの?本当に?」
背けた瞳をミハルの声に向けてしまう。
「うん・・・神が教えてくれたの。
リーンが迷っているって。
だから転送して貰ったの・・・ここに」
リーンの耳に愛しい者の声が届いたが。
<ミハルの声にしては・・・優しくない・・・>
「此処に来ればリーンに会えるって・・・だから。
だからお願いしたの・・・だって・・・私は・・・もう。
もう私は、望みを失ってしまっているから・・・」
寂しそうな、切なそうな。
そして・・・何かを憎んでいる様な声が、リーンの身体を震わせた。
「願いを失った?ミハル・・・どういう意味なの?」
漸く振り返ったリーンが観たミハルの姿に、声を呑んだ。
「だって・・・私。何もかも失ってしまったの・・・
前世の天使ミハエルさんも・・・友も・・・全て・・・そして純潔さえも・・・」
裸同然のボロボロのミハルが、前髪で片目を隠して立っていた。
「ミハルっ!?」
思わずリーンが手を指し伸ばすとミハルはその手を拒絶し、
「触らないで!私は穢されたの!
人にっ、闇に毒された人間にっ。
愛しいリーンにしか抱かれた事がなかったこの身体をっ、滅茶苦茶にされたのっ!
助けを求めても誰も救ってくれなかった。
誰も観て見ぬ振りをして私が穢され続けるのを喜んでいた・・・そう。
リーン、あなたも・・・でしょ?」
前髪で顔を半分隠したミハルが呪う様に紅く染まった瞳でリーンを睨む。
「でも・・・あの時。
確かにミハルが救いを求める様な顔をしていたのを見たけど・・・
グランはミハルを救いに往ったのよ?
グランはミハルを救えなかったというの?」
リーンが魔獣だったグランをミハルの元へ向わせた事を教えると。
「魔獣・・・そうなんだね。
確かに巨大な魔獣だったわ・・・とても私には受けきれない程の・・・
リーンが送って来たのね、あの魔獣を・・・酷い。
リーンがあの魔獣を私に送り、私を穢させたのね・・・酷すぎる・・・」
ミハルは両手で顔を覆い、泣き出すと。
「恨めしい・・・信じていたのに・・・リーンの事を。
きっとリーンなら救ってくれると思っていたのに。
あんな巨大な魔獣で私を穢す様に命じたのね・・・酷い・・・酷い・・・」
泣き崩れたミハルが最期に言った。
「もうリーンなんて信じない。
私を魔獣のおもちゃにして・・・人間共と同じ獣だわ。
怨んでやる・・・憎んでやるっ。
私の魂を返して!肉体と共に!
魔獣に穢され殺された私を返して!」
憎しみの紅き瞳をリーンに向けてミハルが叫んだ。
「う・・・嘘よ。
私はそんな事を命じていない。
ミハルはグランが救うモノだとばかり・・・」
ミハルの言葉に動揺するリーンに、機械が告げる。
「これがバリフィスの言う、愛という物なのですか?
一つの間違いで、脆くも崩れ去る他愛も無い想いではないですか。
これでもあなたは信じるというのですか?・・・愛という愚かな幻想を」
機械に言われるまでも無く、リーンは力なくうな垂れ、
「ミハル・・・死んでしまったというの?
もう、魂だけの存在となってしまったと言うの?」
紅き瞳で睨み続けるミハルの姿に手を指し伸ばし、
「ミハルが穢され堕ちてしまった・・・この世界。
そんな世界なんて私には必要ない・・・
愛する者の居ない世界なんて・・・もう、どうでもいい・・・」
力なく瞳を閉じた。
「ミハル・・・ごめんなさい。
私はあなたを救えなかった・・・どんなに辛く苦しかった事でしょうね。
謝っても赦して貰えないわよね・・・だとしたら、どうすれば許してくれる?
・・・・何をあなたは・・・望むの?」
リーンの口から愛しき者へ謝罪の言葉が洩れる。
「望み・・・そうね。
バリフィス神として務めを果たしなさいよ。
全てを消し去りなさい・・・私が殺された様に滅ぼしてしまいなさい・・・人間共を」
ミハルの口から呪いの言葉が告げられる。
「滅ぼすの?人を・・・この世界を?」
リーンの瞳が力なく開く。
「私が・・・この世界を・・・滅ぼす!」
その瞳の色は、紅黒く澱んでいた・・・
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「リーン様は闇へ堕ちたのか?」
グランの瞳が曇る。
「では何故、神の力を発動されない?」
疑問が過ぎる。
「結論は一つ・・・完全に破滅神とは成られてはいない・・・
只、闇の力に囚われてしまったというだけ。
まだ希望はあると言う事だ・・・」
グランが呟いた。
白き聖獣の姿となって現われたグランが。
白獅子グランは<神の祠>と呼ばれる結界を前にして考えていた。
「では・・・リーン様は何処へ行かれたか?」
そう。
その祠があった処には只、苔むした洞窟がぽっかりと開いているだけだった。
「リーン様の足跡は此処とは違う場所で途切れていた。
この本当の祠には来ては居なかったという事か。
闇の者に先手を打たれてしまった・・・」
リーンを残し、ミハルの元へ向った事を後悔したグランは、
「今となってはリーン様に何と申し訳したら良いのやら。
このグランが余計な事を申し上げてしまった為に・・・
リーン様は本当の自分を探して罠に嵌められてしまった・・・
ミハルにもどう詫びていいのか・・・」
周りの気配を探る聖獣グランは、ここに至る途中で感じた邪な残気に感付いていた。
「もし、リーン様が闇の者の手に堕ちたとすれば。
間違いなく堕とされてしまう・・・ミハエル様のように・・・」
気配を感じるが、肝心の手がかりを探しあぐねて、グランは天に縋ろうとする。
「神よ、全能なる神よ。どうか御子をお守り下さい。
どうかリーン様をお助けする者に力を御貸し下さい」
平伏するグランが本当の<神の祠>に願いを祈る。
((サァーッ))
風も無いのに草木が流れた。
「聖なる獅子よ。
お前が探すのは神子たる者の事か?」
突然、祠の中からグランに声が投げ掛けられた・・・
リーンは遂に堕ちてしまったのか・・・?
そしてリーンの前に現れた者の正体は?
闇は遂に手にしてしまったのか?
裁きの神の力を・・・?
次回 罠 Part4
君は愛しき人の危機に手を拱くというのか?