第4章 女神覚醒 Ep6 ルーツ <自らの起源> Part4
「あの日・・・
リーンは闇に襲われた。
今ならこの意味が解るであろう。
そう、リーンは悪魔にその魂を奪われてしまったのだ。
我々はその時、成す術も無かった。
唯、リーンの肉体は死してはいなかった・・・魂を抜き去られた者は生ける屍と化す。
そなたも知ってしまっただろう?
悪魔は魂を喰らう事を。
リーンは魂を奪われた・・・だが、それは間違いだったのだ・・・奴等の。
その日、リーンは魔法石を胸に着けていた」
父王は乙女を指す。
胸に着けている魔法石を。
「魔法石を着けていたリーンは、身替りとなった・・・そなたの。
狙われたのは、そなたの方なのだ・・・奴等の言葉が本当ならば。
そう・・・奴等の求めたのは、私の娘リーンの魂ではない。
古来から受け継がれてきた血縁者たる、そなたの魂を奪おうとしていたのだ。
女王リインの魂を宿していた娘よ」
父王は乙女に向って認めた。
「私は皇父様の子では無いと?」
潤んだ瞳を向けて乙女が訊く。
「余の娘リーンの名を名乗る娘よ。
これが事実なのだ。
そなたが如何にして産まれ、幼き日を過してきたのかは解らぬが、
その魔法石が教えてくれた・・・
そう、誰もその魔法石を手にしても力を発揮出来ないというのに。
そなたがその石を手にした時にだけ出現するのだ・・・古来の魔法が。
それが何を意味しているのか、解らぬ方がおかしいであろう?」
胸元から輝く魔法石を取り出した乙女が呟く。
「私は皇父様の子ではないのですね。
私がこの石を授かって闘いに身を置いてきた事に、何の意味があったのですか?
どうして私を戦場へ送ったのです?」
父王に向けて疑問を投げ掛けた。
「そなたの中に伝説の魔女が宿っている事を告げられたのだ・・・神に。
その神が命じられたのだ、この国を救えるのはそなたしか居ないという事を。
伝説の魔女を目覚めさせるには戦いの場で己が瞳で、
人の業を知らねばならぬと。それが神の神託・・・」
父王は、壁に飾られた神話を模った絵に、眼を向けて話した。
「神が私に目覚めさせたかったのは、女王リインの魂だけ?
今、その魂は永遠の幸せを得て、もう私の中には存在しません。
・・・なのに・・・何故私はもっと強い力を得ているのです?
まるで神が宿ったかの様に・・・」
父王に訊き返す乙女は、己が手を見詰める。
「そなたの力は、未だ目覚めた訳ではないのかも知れぬ。
余には解らぬ事なのだ。
これから先、そなたの身に何が起ころうとしているのかは、誰にも解らぬ。
もし、解る者が居るとすれば・・・己が身で訊く事だ。
<始りの地>で。そなたが現れた<神の祠>で・・・」
父王は乙女に教える。
全ての始まりは<神の祠>から起きた事を。
そして乙女自らが赴き、知るべきなのだと。
「解りました・・・教えて下さい。私はその場所さえ覚えていないから」
乙女の求めに頷く父王が、最期に口にした事とは。
「そなたが何を成すべき者なのかは解らぬが。
これだけは言っておきたい・・・
我が娘リーンは、あの墓には居ない。
最初に言っておいたが、魂を奪われたのは事実。
そして、リーンは眠り続けておるのだ、未だに。
10年の歳月を経ても尚、彼らにその身を託したまま。
ヤポンから招いた夫妻は、リーンを未だに護っておるはずだ・・・
闇の力を使ってまでも・・・」
乙女は父王の言葉に目を見開いた。
その夫妻が誰の事を顕しているのかを、瞬時に悟ったから。
「我が政府が、ヤポンに技術援助を申し出た本当の理由は。
闇を祓い、リーンを助け出せる術師を余が欲したから。
魔法の機械を求めるのを口実に、東方の魔女を求めたのが偽らざる事実。
そして彼女がその求めに応じてくれた。
・・・そう、ミユキ・シマダ婦人が」
眼を見開く乙女は、その名に聞き覚えがあった。
「ミハル・・・あなたのお母様が・・・」
「そう。
彼女達がこの国へ訪れたのは10年前。
余が求めに応じて。
誰にも口外せず、人知れずリーンを救わんと手を差し伸べてくれた。
だが・・・どんな手を使ってでも取り戻す事は叶わなかった。
闇に囚われた魂を。
シマダ夫妻は知る限りの技術を使い、リーンを護り救おうと試みた。
ミユキ自身の力と、身体を使ってまで。
彼女は闇に冒され、みるみるうちに身体を壊していった。
そして・・・あの日・・・」
父王は遠くを見詰める様な瞳で言った。
「我が国を滅ぼさんと試みるロッソアの謀略と、
ヘスラー配下の反逆者達の手で・・・いや、闇の者達の手で、
夫妻もリーンも奪い去られてしまったのだ。
未だに還らぬ・・・あの日以来・・・」
それが何を意味しているというのか。
「闇の者達は、リーンの魂をその身に何故返さぬのか?
それとも既にその身は滅んでしまったのか・・・
それさえも解らぬ。
最早、諦めざるを得ないのかも知れぬ」
父王は3人の生還を半ば諦めている風でもあったが。
「もし、そなたが神なのであれば、教えて欲しいのだ。
我が娘リーンは既に死に絶えたのか・・・
リーンを護ってくれているシマダ夫妻がどうなったのかを・・・
それが余の唯一つの心配なのだ」
乙女に向って願いを託す父王は、一枚の古地図を取り出すと、乙女に手渡した。
「行かれるが良い、<神の祠>へ・・・
そして己が眼で見、知るのだ。
自らの宿命を・・・」
受け取った古地図に眼を落とし、乙女は頷く。
「父王様の仰られた話と、私がとある人から聞いた話は
少し食い違った処がありました。
その食い違いも、ここへ行けばどちらが正しいのか解るかもしれませんね。
この始りの地<神の祠>へ行けば・・・
私は行きます、この場所へ。
そして全てを知った後・・・決めます。
ここ・・・王宮へ戻るべきなのかを」
決然と瞳に力を込めて、父王に覚悟を示した。
そこは王宮から少し離れた国有地にあった。
昼尚暗い杜の中、岩肌に穿かれた鉄の門に描かれた神の紋章。
リーンだった金髪の乙女は、静かにそこで佇んでいた。
これから起きる過去の自分との決別を心に秘めて。
碧き魔法石を右手に握り締めて・・・
リーンが<始まりの地>へと辿り着いた。
それは絶望の始まり・・・心が<闇>へ堕ちる場所となる・・・
次回 罠 Part1
君はその光景に絶望を観る・・・そして・・・