第4章 女神覚醒 Ep5 幻覚(まぼろし)Part3
トア心配は的中してしまう。
リーンの心は散りジリに乱れ、瞳は宙を探る。
今、確実にリーンは何かに気付き始めていた。
そう・・・自らの真実を求める事に・・・
<リーン様はあの時以来、塞込まれたままだ・・・>
トアの視線は知らず宰相姫の方に向けられる。
会議が行われているというのに、リーンは何も言わずに視線を彷徨わせているようにしか観えない。
呆然とするリーンに皆が訝って首を傾げているのが判る。
<何れ・・・ご自分の手で。
間も無く知る事になられる・・・ワタクシが手を下さずとも・・・>
会議室の片隅で、副官補のトアはその時が訪れるのを知っていた。
「リーン!宰相姫っ!何を呆-っとしているの?
今は重要な質疑の最中なのですよ。お答えなさいっ」
痺れを切らせたようにユーリ皇太子姫の叱責が墜ちる。
<はっ!>
皇太子姫の声に漸く気付いたリーンが。
「ごめんなさい、姉様。・・・私・・・体調が悪いみたい・・・失礼します」
フラリと立ち上がったリーンは呟く様に答えて、そのまま退出してしまう。
「ま、待ちなさいリーン!待つのよ宰相姫!」
ユーリ皇太子姫の驚いた声がリーンの後ろから掛けられたのだが。
「ワタクシがお部屋までお送りします」
トアはリーンを伴う様に会議室から退出する。
「侍従長、リーンの元へ医師を向かわせる様に言いつけなさい」
トアの背後からユーリ姫の声がかけられた。
「ありがとうございます、ユーリ皇太子姫様・・・」
お辞儀したトアが、リーンを誘って会議室を後にした。
「鎮静剤を打っておきました。
暫く静養される事をお奨めします・・・」
白衣の侍従医が注射器を片付けて、ベットで横になっているリーンに言った。
「ありがとう、そうするわ」
リーンは医師に答えるなり顔を逸らしてしまう。
「侍従医様、御苦労様でした。後はワタクシが・・・」
リーンを横目で見たトアが医師をドアまで送り出し、リーンに聴こえぬ位小さな声で訊く。
「侍従医閣下、御容態は?」
心配気に尋ねるトアへ、医師は答える。
「どうやら・・・精神衰弱状態だな。
暫く様子を観て、もし何か異変が起きたら知らせるように。
今後の御容態次第では、入院も考えなくてはいけない」
侍従医は副官補に真剣に答えた。
「判りましたですの。万一の時は直ぐにお知らせします」
医師に答えたトアはベットで休む宰相姫を観て頷いた。
侍従医が部屋を後にした事が判ると、リーンが起き上がる。
「リーン様、起きられてはお身体に障ります。今少し御休みになられては?」
気付いたトアがリーンを気遣うと、
「ねぇ、トア。
私・・・私って、何者なの?
どうしてミハルの声が届いてくるの?
どうしてミハルの姿が見えるの?
この力は何処から現われたというの?」
リーンは悲しげに尋ねる。
その質問は、トアの予測していたモノ。
遅かれ早かれリーンが気付き求めてくるだろうと思っていた事。
トアはこの時の為に用意されていた言葉を話す。
「リーン様。
今ワタクシが言える事は一つだけですの。
それは・・・姫が何者であるのか知る者ならばきっと教えはしないという事。
あなたが何者であるかを知る者ならば、訳を問われても教えはしないでしょう。
なぜなら・・・その訳こそ姫ご自身の手で探さねばならないからです」
トアの瞳が紅く輝く。
悲しみを湛えて・・・
リーンはトアの言葉に静かに頷いた。
「トア・・・あなたは私が何者なのかを知っているのね。
知っていて教えてくれないというのね・・・そう、解ったわ」
か細い声で答えたリーンに、光と闇を背負う魔法使いが一言添える。
「これだけは覚えておいて欲しいのですの。
ワタクシ、リーン様の副官補としてだけではなく。
魔法使いトアとしてだけでもなく・・・東プロイセンのトーアとして。
いいえ、あなたを慕うトアとして・・・護りたいのです。
あなた様を・・・ワタクシの女神様を・・・リーン姫の事を!」
光の魔法がトアの姿を聖なる姿へと変える。
魔法衣姿のトアがリーンの枕元で跪く。
しかし。
肝心のリーンはトアに向かずに上の空で呟いた。
「ミハル・・・私。
私こそ助けて欲しいのに・・・傍に来てよ・・・お願いよ」
トアの耳に聴こえるのは、愛しい者の名を呼び眠りに堕ちるリーンの声。
「ミハル・・・その者が逆に姫の危機を招くかもしれない。
だとすれば・・・ワタクシは・・・ミハルを消してでもあなたを護る。
あなたに災いを招く者を見過ごす訳にはいかない・・・譬え憎まれても」
トアは右手の宝珠を見詰めて心に誓うのだった。
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リーンが突然身体に変調を覚え、会議から退出した翌日の事だった。
ユーリは一枚の電報を掴んでリーンが訪れているとされる皇王の寝室へと駆け込んだのだった。
「リーン!大変よ、先遣隊が全滅したって報告が!」
国王の寝室へ飛び込んで来たユーリが、リーンを見つけて教えた。
「!?」
ユーリは、リーンが父王の傍に立ち尽くして、
自分の言った事に反応しない事をいぶかしむ。
「どうしたのリーン?ミハルの部隊が・・・」
ユーリが聞いていなかったのかと、繰り返そうとすると。
「ユーリ姉様。ミハルはきっと大丈夫ですから」
リーンがまるで知っていたかのように答えてくる。
「リーン?知っていたの・・・って。何故それを?」
ユーリがリーンの言葉に戸惑う。
「なぜ?現地からの報告は今の今、受けたというのに。
マジカの電報を最初に受け取ったのは私だというのに?」
眼を見開いてリーンに話したユーリは、リーンの表情が別の事で曇っている事に気付き、
「何があったというの、リーン」
その陰る表情の理由を訊く。
「それが本当なら・・・私は・・・」
父王に向ってリーンが尋ねる。
「私は一体・・・誰なの・・・お父様」
(ビクッ)
リーンの口から洩れた一言に、ユーリの身体が固くなる。
「・・・まさか・・・リーン・・・」
リーンを見詰めた眼が大きく見開かれ、
「どうして・・・その事を」
思わず訊いてしまった姉姫ユーリに、悲しげなリーンが振り向き尋ねる。
「ねぇユーリ姉様・・・私って本当に妹なの?
本当のリーンなの?」
悲しげな瞳は、涙が溢れんばかりに潤み、真実を求めている。
「リ・・・リーン・・・一体誰が・・・そんな事を・・・」
戸惑うユーリが後退り口篭もる。
「お願い姉様・・・私は一体誰なの?
私はリーン・フェアリアル・マーガネットなの?
一体・・・私って本当は誰なの?」
リーンの口から、か細い声が救いを求めた。
「リーン・・・何を言っているのよ、しっかりしなさい!
あなたはリーン。フェアリア第2皇女マーガネット・リーンなのよ!」
後退るユーリがリーンに言い返したが、その声は微かに震えていた。
リーンは潤む瞳でユーリを見詰め右手を差し出し、
「ユーリ・フェアリアル・マーガネット皇太子姫。
どうか本当の私を教えて。私は一体何者なのですか?
知っているなら教えて下さい・・・お願いだから」
溢れる涙を零し、哀願するリーンに、
ユーリは顔を強張らせ、首を振り続ける。
「いや・・・嫌よリーン。
それだけは言えない・・・私が言っては駄目なの。
幼きあなたを知る者は、喋ってはならないのだからっ!」
叫ぶ様にユーリはリーンに知らせてしまった。
そう・・・リーンが言った事が間違っていないという事を。
ミハルの姿が目に浮かんだ事で
自分に普通ではない力がある事に気付いたリーン。
魔獣グランがミハルの求めで自分に傅いていたとばかり思い込んでいたリーン。
しかし、自分の中にある何かに気付き、
自分が普通の人間では無い事に漸く気付いたリーン。
彼女は今、自分を知る為に動き出す・・・自分が一体何者であるのかを求めて。
オスマンとフェアリア。
遠く離れた国で、それぞれの者に転機が訪れようとしていた。
次回 Ep6 ルーツ<自らの起源> Part1
君達は運命に翻弄され続ける・・・そう、命ある限り・・・